第7話 卑弥呼とスサノウ



「栃木ママ、ニッコーから聞いたよ」


「あら、そうデートしたんだってニッコーと」


「あの子、男には手が早いから先生もちょっかいだされたでしょ」


「いや、そんな」


「いいのよ。自由恋愛なんだから」


「スサいやスサノウは。今日はでているのかな」


「スサノウ、スサノウって年がら年中。本当妬やけちゃう」


「妬やける」


「そ、この前ミユキからメール来て、このごろ先生がミユキの処に来てくれないって泣いてたわよ」


「ミユキママが」


「そ、ミユキ、あの子ったら本当にやきもちやきなんだから」


「そうだ。そこだ何故あいつらは何故ニッコーさんに本当の女にしてもらわないんだろう」


「先生も分かるでしょう。ノンケじゃないんだから」


「分かる、分かるって」


「好きなのよ。好きなのがいるわけよミユキみたいなのを」


「ミユキみたいなの」


「だからグレーゾーンよ。女でも男でもない、どちらでもないグレーゾーンを好きな男がいるわけ。その気でなくともノンケの子達でも、いわゆるニューハーフの女が好きな連中がいるの。需要があるのよ。たけやーさおだけって、タマタマだけをとっちゃった子が好きなのが」


「そうか。そうだよな。本当に女になっちゃったらオカマが好きな男は好きになれないもんな」


大西 博隆が薄い水割りを傾けた。


「スサノウは今日来ないわよ。忙しいの。あの子は」


「パズルだろ」


「そ、はで、だから先生あたしたちだけでパズルしません」


「あたしたちだけで」


「そ、パズル。あたしの場合グレーゾーンでなくてありあり、タマタマもさおもありで正真正銘のオカマだからね。先生あたしと深く楽しいパズルしない」


「あ、いや今度にしておく」


「もう」




「スサノウもう何処にも行かないで」


「姉じゃ、僕もそうしたい」


「いや。出来たみたい」


「出来たみたいって」


「赤ちゃん」


「そうですか」


「あたし産むわよ」


「どうぞ」


「どうぞって。スサノウの子よ」


「そうです。いや違う」


「違うって何よ。あたしが他ほかの子としてるみたいじゃない」


「子供が生まれるんじゃない」


「え」


「黒い石が生まれる」


「黒い石」




「そう貴女あなたは黒い石を生む」


「黒い石」


一糸纏まとわぬ裸の山本 久美子がスサノウに尋ねた。小柄だが鍛え上げられたスサノウの後ろ姿が見える。


「黒い石の精霊です」


「黒い石の精霊」


「そう、貴女、姉じゃ、姉じゃが産んだ子供です」


「子供」


「あたし子供なんか産んだ覚えないもん」


「確かに。何度も産んだ」


「え」


「いいんです」


「何よ。いつも」


「いつも」


「そうよ。スサノウっていつもいつも。自分勝手にいなくなったり」


「そうだよね」


 スサノウが苦笑いをした。




ベッドから裸のスサノウが出て行った。その姿をシーツを纏まとっただけの裸の山本 久美子が呆然と見つめていた。




 


「エンジンの内側をコーティングしているんです」


「エンジンを」


「ある種の鉱石の粉を吹き付けているんですよ」


「ある種の鉱石」


「ええ、最初は黒曜石かと思ったんですが」


「違うのか」


「ええ」


トヨシキ自動車社長室で豊敷 勇社長が技術役員の中西 栄作から報告を受けている。


「で、結局その鉱石は分析出来たのか」


「いえ、ただし」


「ただし何かね」


「JMの技術部門はブラックコーティングと呼んでいる」


「ブラック」


「そうブラック」


「それと中西君、いや、中西技術役員、やつらは何故JMの車をデトロイトで作らず上海で作るのかね」


「それが分からないんです。まあ中国人社会に技術ノウハウを残したいとの資本もとの中国の国策かとも判断出来ますが、周辺の産業つまり下請けの関係を考えるとコスト的にもデトロイトの方がベターかとも思いますが」


「そうだろうな」


「実は妙な噂が。これは社長に言うべき内容なのか違うのか。これは一人のトヨシキマンとして考えたのですが」


「何だ。報告連絡相談そして改善だよ。言ってくれ。中西君」


「妙な噂と言うのは実は」


「実は」


「だから何だ」


「車、上海三千をデザインしたのはドイツ人ではないかと」


「ドイツ人、ありうるな。ベンツかBMWの出身者か」


「いや、そういう意味ではないのです」


「ポルシェかフォルクスワーゲンか」


「ですから」


「まどろっこしいなあ。だから何だよ。中西」


「ヒットラーだと言う」


「ヒっ」


トヨシキ自動車社長にして豊敷家六代目豊敷 勇が天井を見上げた。


















男達の反乱




 山崎 繁治三十六歳は有名私立大学を卒業して財閥系の都市銀行に勤務している。二十代で海外勤務も経験しそのキャリアは順風満帆である。


 この春先から子会社のノンバンクへの出向もきまっており、その子会社で部長の肩書きを用意されていた。


 家庭生活も順調で大学時代から交際していた女性、片岡 法子と三年前に華燭の典を上げた。


 子宝に恵まれないのが残念だが人生これ以上を望むのは贅沢であると山崎は考えていた。今でも何時の状態でも妻法子を愛していた。


 人間万事塞翁おうが馬である。この言葉をいつも山崎はかみしていた。


 山崎に異変が起きたのは春先とは言えまだ肌寒い三月のある日だった。


 布団の中から妻の法子がいつもの様に山崎に告げた。


「しげちゃん、ゴミお願いね」


 フラッシュが光った様な眩暈がした。山崎は法子の寝床に体を向けた。やおら布団越しに法子を蹴った。「な、何よ」髪を乱した法子が起き上がってきた。山崎はいきなり法子の顔面を殴打した。法子が左に傾いた。再度山崎は妻の法子を殴った。


 法子の鼻と唇から血が流れてきた。「だ、だから何よ。何で怒っているのよ」


 殴られながら法子は山崎の顔を見た。いつもの夫の目つきではなかった。今まで見たことのない夫の表情だった。殺されると感じた法子が台所の方に逃げようとした。纏まとわりついた毛布で足を滑らした。上から山崎が乗ってきた。法子の意識が薄れてきた。殴打は続いた。鼻の骨が折れるのを法子が感じた。それは法子が生きている時に感じた最後の感覚だった。


 川崎市H区在住の白石 恵子二十三歳が夫の白石 憲太郎三十一歳に声をかけた。


「ケン、今日燃えないゴミだからいつもの処に出しておいて、ビニールに入れてドアの前においてあるから」


 今年の春に生まれたばかりの息子栄治に母乳を与えていた。満ち足りた表情だった。


 白石 憲太郎がいきなり振り向いた。高校時代からやっているソフトボールでつかう木製のバットを力任せに恵子の頭にあびせた。息子栄治が泣き叫んだ。


 殺人は一発の衝撃で完成した。




 インドネシア共和国首都ジャカルタで三十一歳の男が新妻を殴り殺した。




 アメリカ合衆国テキサス州で夫が妻を銃で撃ち殺した。




 ドイツ、フランス、フィリピンのマニラで、いや世界の都市、町で夫達が自分の妻を殺した。


 僅か一週間で同時多発的に一万件に上る夫による妻殺害が起こった。


 初めは誰も気にしなかった。夫によるDVドメスティックバイオレンス、家庭内暴力の延長によって引き起こされた惨劇として理解された。


 しかし事態はどうやらそうではなかった。惨劇は全世界的に続いたのだ。そして全く動機がないこと。原因が分からないことが共通事項だった。


 学識経験者、評論家、文化人類学者、精神科医などがありとあらゆる分析を試みた。


不況により精神的に追い詰められた男性による近親者への暴力と理解しようとも考えられたが、説明がつかなかった。経済的に恵まれていた者も衝動的に殺害していたのだった。


 殺人を起こした夫に妻殺害の動機を問いただしても全く要領を得なかった。


 木下 恵一三十二歳が妻の晴美三十歳と遅い朝食を食べていた。トーストとインスタントの味噌汁、昨晩夜食用にと晴美が買ったコンビニ弁当があった。料理が苦手な晴美流の朝食だった。そんな晴美を恵一は愛していた。美しい妻だった。


 恵一の耳の中、いや頭の中に声が響いた。


(エバの原罪を裁け)


 確かにそう声は聞こえた。東京検察庁の調書にもしっかりとそう書かれていた。




 


「お袋への挑戦だな」


「そうでしょう」


「相手はスサノウか」


「スサノウ、奴はそんなまどろっこしいことはしないです」


「では誰がこのようなことを引き起こしているのかね」


総理大臣飛山 安鈴が官房長官に確認を入れている。 


「分かりません。全く分かりません」


官房長官は途方に暮れた。


「君に尋ねた自分が愚かだった」


長身の飛山が体を折るように椅子に腰掛けた。そして天を仰いだ。


「スサノウではない、お袋でもない、では誰だ」


部屋の隅に置かれている椅子に襤褸切れを纏まとった老人が座っていた。両手で杖を突いている。白髪交じりの長髪を伸ばし放題にして無精ひげを蓄えている。


「老師、山本老師」


「飛山さん、いやエバの愛すべきご子息。あれはスサノウではない。エバでもない」


「お袋はヒットラーを蘇らせてスサノウを撃つのではないですか」


「それは陽動」


「陽動」


「陽動作戦、いわば攪乱かくらんですな」


「なぜ」


「恐らく時間稼ぎです」


「何故時間を稼がねばならない」


「まだ弱いからです」


「弱い」


「そう、弱くもろい」


「誰がですか。誰が弱くもろいのですか」


「ネオチャイニーズアミーですよ」


「ネオチャイニーズアミー」


「そうです。確かにエバの下にからんでいるのは間違いない」


「お袋は知っているのですか」


「泳がせているのかも知れない」


「泳がせる」


「総理、松本と言う男をご存知ですか」


「知っているとも、お袋の会社エバグループの責任者だ。兄貴の後援会長でもある」


「あやつが黒幕だ」


「しかし」


「気をつけるがいい」


「気をつける」


「何れにせよパズルは再開しています」


ふと目を逸らすと椅子には山本がいなかった。




「スサノウ、今度の敵はだれなの。またエバなの」


「違う」


「じゃあ誰なの」


 




「これは結婚制度そのものが人類史上で既に耐用年数が尽きたということではいでしょうか。即ち男女が生殖可能な状態になればお互いに異性のパートナーを見つけて家庭と言う巣を作り子孫を繁栄させる。動物もそうですが、しかし動物は食物連鎖と言う自然界の掟がある。つねにその存続の危機がある。しかし人類は医学、科学の発展によりこの地球と言う星に増殖し過ぎた。確かに旧約聖書では神は産めよ増やせよ。地上に満ち溢あふれよと述べた。しかし既に人類は増殖し過ぎた。満ち溢あふれすぎた」


 テレビ画面で中年男性が自説をとうとうと述べている。国分寺大学医学部教授中里 栄三郎だった。


「それが今回の一連の夫による妻の殺害行為と結びつくのですか」


 女性の司会者が中里に尋ねた。


「それは分かりません。しかし容疑者の中にはエバの原罪を裁けと神が告げたと言う者がいるらしい。エデンの園、ありとあらゆる苦役の無い理想郷エデンに人類の始祖アダムとイブ、エバとも言いますが、二人は一緒にエデンの園に住んでいた。しかし神はエデンの園にある知恵の木の実を食べることを禁じた。それなのにアダムから生まれたエバが神の教えに背いた」


「確か知恵の木に悪魔の蛇がいて、その蛇にそそのかされたのですね」


「そう、悪魔とは無限の欲望を意味します。果てしなき欲望。神の教えとはすなわち戒律かいりつです。戒律かいりつと欲望は相反します。自分は無宗教の人間ですが、人類の科学文明は発展し過ぎた。進みすぎた文明が戒律をもつことの意味を忘れさせてきた」


「しかし文明の発展が人類を解放してきたのではないですか」


「確かにその通りです。しかし人類は増えすぎた。二十世紀の初頭の人類の数は僅か十三億人にしか過ぎない。現在の中国の人口です。しかし二十一世紀になって六十七億となった。僅か百年の間に五倍以上です。その百年間に帝国主義と言う国家のエゴイズムによる世界戦争がおきて悲劇が繰り返された。その悲劇は現在もアフガン、イラクと続いている。このエゴイズムですが話をエデンの園に戻しますが知恵の実を食べたエバは自分が実は裸であることに気が付いた。


 そして神の教え、戒律かいりつを破ったエバは知恵の実をアダムにも食べさせた。そして二人は神の怒りを買い。エデンを追われた。失楽園です。そしてエバはカインとアベルと言う兄弟を産んだ。カインは畑仕事、アベルは羊飼いとなった。しかしカインの羊はアベルの畑の実を食べてしまう。怒ったカインはアベルを殺してしまう。ここに人類史上初めての殺人事件、戦争が起こります。カインはその罪の為、永久に罪の為にさすらう。


そうです、即ちカインの罪も元はと言えばエバがエデンの園で起こした罪、知恵の実を食べたと言う原罪から引き起こされている」


「しかしエバが知恵の実を食べなければ人類は発展しなかったんじゃないですか」


 中里の横で黙って聞いていた女性ジャーナリスト遠藤 綾子が口を挟んだ。


「そうです。その通りです。先ほど述べた様に知恵の木を食べた時にエバは自分が裸であることに木が付いた。これはセックスを意味します。性行為です。性行為によってアベルとカインは生まれている。しかしアダムは神が己の姿を真似て土から作った。そしてエバはアダムの助骨から生まれた。


このことは何を意味すると考えますか」


「え」


女性司会者が一瞬詰まった。


「アダムは神のクローンであり、エバはアダムのクローンと言うことです」


「嘘」


中里の説明に思わず遠藤 綾子が絶句した。








「加員坊ちゃま、いや失礼しました飛山議員」


「いいよ、まっちゃん。いや失礼。松本 雄二社長閣下とでも呼べばいいのかな」


「止してくださいよ。飛山議員」


エバグループ社長室で飛山 加員民衆党衆議院議員と松本 雄二エバグループ社長がウイスキーの水割りを飲みながら談笑している。


「社長、松本 雄二エバグループ社長。あなたの次の一手は何かね」


「次の一手」


「そう、次に一手だ」


バニーガールの格好をさせたコンパニオンに酒を告がせながら飛山 加員が訊ねた。


「坊ちゃまは何だと思います」


「エバグループは世界最大の企業になりつつある。現在の総資産でも三十兆ドル以上だろう。アメリカ最大のJMを買収して海水を動力とした完全な無公害車は大成功を収めた。他社が開発したエコカーなんてものじゃない。莫大な利益を上げて国家に納税しまたアメリカ経済さえも救ったと言える」


「しかし世間ではエバの原罪を裁けと告げられて夫が妻を殺す事件が多発した」


「ありゃ、お宅らエバグループとは関係ない話だろう」


「あれは自作自演ですよ。単なる遊び」


「え」


飛山 加員が絶句した。


「いや、遊びと言うより実験です。実験」


「馬鹿な、あれが実験なのか」


「そうです。我々が神となる実験です」


「冗談だろう、よしんばそれをやっているとして俺にそのことを松本 雄二エバグループ社長が話す筈がない」


「加員坊ちゃま、ではお聞きしたい。この話を信じることが出来ますか。我々が神となる実験をしていることが」


「いや正直に言って信ずることが出来ない。あり得ない話だ」


「そう、あり得ない。人が誰も信ずることが出来ないことは秘密でもなんでもない。ただ実現出来るものが神となる」


「もっと詳しく話してくれ」


「パルスですよ。即ち電気信号」


「電気信号」


「それはある特定の極めて少数の人間にしか出来なかった」


「少数の」


「そう。極めて少数の人間の脳から別の人間の脳に信号。即ちある意思を伝えて別の人間の行動を操作することが出来る」


「まさか」


「人間を支配することが完全に可能となるのです。それによってある特定の少数の人間のみが利益を得ることが出来る。しかしそうはならなかった」


「よく分からないんだが」


「先ほど極めて少数の人間だけが電気信号を発すると申し上げましたが、実は人間も可能なことなのです。例えば恋愛。強い恋愛感情を抱くと強い電気信号が脳から発せられる」


 松本がバニーガールの方を見た。いきなりバニーガールが頭のウサギの耳飾りを外して黒い衣装を脱ぎだした。黒の網タイツを脱ぎ捨てて全裸になった。あふれんばかりの乳房が現れた。黒い陰毛の奥に貝のように閉じあわされた性器が窺がえた。いつの間にかズボンと下着を脱ぎ捨てた松本が裸の女の腰を自分の両手で 支えながら勃起ぼっきしたペニスを背後から挿入した。


「松本。おまえ何してるんだ。いい加減にしろ」


顔の上に右手を広げながら飛山 加員が吐き捨てた。


「ぼ、坊ちゃま。だ、だから実験ですよ。今自分の脳から信号を送ったのです。この女に」


 松本は腰を動かしながら不敵に笑った。




「中国女性解放党結党」


「中国いよいよ多党化か、共産党の一党独裁の終焉か」


 新聞の見出しにそんな文字が躍った。記事の内容によると中国共産党の事実上の一党独裁であるの社会体制、人民会議で野党として全員党員が女性である党が結成されたとある。また結党精神である党綱領が度肝を抜いた。








一、 中国女性解放党(以下党)は中国国家の発展の為にある。


二、 党は女性を資本主義的労働から解放し男性の庇護のもとに戻す。


三、 党は女性を健全なる男性の所有物としての地位に引き上げる。


四、 党は女性を男性の為の性の快楽を与える事に徹する。




「馬鹿な」ワイドショーでコメンテターを勤めるフェミニストである遠藤 綾子が呟いた。


「一体この政党は何を言いたいんでしょうか、また何故この党が中国で発生したのでしょうか」


 司会者の男性が困惑顔で番組の中で遠藤 綾子に訊ねた。


「さっぱり分かりません」


「日本にも早速中国女性解放党日本支部事務所が出来たとの話ができております」女性アシスタントが間に入った。


 画面が変わり御茶ノ水駅前のビルにある中国女性解放党日本支部、日本女性解放党結成準備室の看板が見えた。


 二十代の若い女性が幾人も出てきた。どうみてもタレントの様な二十代の女性が男性レポーターの質問に答えた。


「私達日本女性解放党は現在の不況下の中で女性の社会的進出と言う美辞麗句で男性から仕事を奪い、結果社会をこのような不況にまねいた事を反省し女性を家庭に戻しかつ男性の所有物としての輝かしくかつ麗しい地位に引き上げるのが目的です」


「しかしそれはせっかく戦後女性と靴下は強くなったという社会風潮に反するのではないですか、また具体的な党是はありますか」


「女性を強くするために党是はあります。まず女性の参政権の禁止です。また女性を一切の労務からの解放をかがげております。また女性の高校、大学入学の禁止です」


「え」


 中年男性レポーターが絶句したままとなった。




「驚異女性解放党、背後に巨大産業グループのエバ」


 マスコミ各誌に同様の文字が躍った。




 遠藤 綾子が再びワイドショーで口を開いた。


「とても不健全で全く女性の人権を無視した馬鹿げた話です。彼らいや彼女達の言葉に従うと女性は政治家か売春婦にしかなれない。あとは家庭の主婦しかなれないことになります」


「そうですね、女性の参政権を禁じておきながら自分達は選挙に立候補するんですから」司会者が応えた。


「そうなりますね確かに」


「しかし女性の敵は女性と一般的に申したりもするんですが、一部マスコミには背後に巨大な企業グループがいるとも言われてますし男性の中には拍手喝采をする者もいると」


「不謹慎です、全く特に売春禁止法を廃止するなんてとても納得出来ない。女性を全く人間とは思っていない証拠です」


遠藤 綾子が吐き捨てた。


「そこで遠藤さん、本日は先ほどVTRでインタビューに答えていた方、お名前を飛山 めぐみさんと言う女性の方なんですが現在女性解放党党首と言う肩書きの方がスタジオにお見えになっております」


「飛山さんと仰ると現在の総理大臣と同じ苗字ですよね」


「はい自分は娘です」


「え」


司会の男性が絶句した。


「お父様はこの党の事をどう思っているの」


遠藤 綾子が躊躇無く切り込んだ。凄い形相だった。


「あの、父とは関係ないですから」


「でもあなたの言っていることや、やっていることは全く女性の利益にならないことで単なるカルト集団なんじゃないの」


「いえそれは先生の考えで私達とは違います」


「でも結局女性が男性の慰み物としか考えないと言うことでしょう。あなた女に学問は必要ないと思っているのでしょ」


「はい、女性に学問は必要ありません愛があれば男性を愛すると言う気持ちがあればいいのです。それに女性が男性の慰み物ということが悪いんでしょうか。本来女性は男性を慰めるものじゃないのでしょうか。男性は慰めてもらいたいものじゃないのでしょうか」


「あんた馬鹿じゃないの」


「はい馬鹿です、先生。男性の為に馬鹿になりたい」


 飛山 めぐみの応対に遠藤 綾子は言葉を失った。


 スタジオの奥でいかついサングラスの男性がいた。ジーンズ姿の大男だった。金髪染めた髪をに後ろに束ねたニッコーだった。ニッコーがつぶやいた。


「いいわよ。実に」




「お袋やるなあ」


「総理でも彼女達が政治勢力になるでしょうか」


飛山 安鈴あべる内閣総理大臣に秘書が質問した。


「案外なるんじゃないの。これだけ不況だもん、失業率だって五パーセント以上ある。女性が社会進出を全て辞める、即ちパートを含む全ての就労を辞めて家庭に戻れば男性の雇用率は劇的に上がる」


「しかし女性の就労が無くなればGDPが下がるのではないでしょうか」


「だが購買力としては同じだよ。今はデフレの生産過剰と労働過剰なのだ。案外いいアイデアじゃないのか」


「でも党首ってのが総理のお嬢さんだとは」


「俺に娘なんかいないよ。息子しかいない」


「え」


秘書が絶句した。




「再度お尋ねします。女性の参政権を否定しようというのは異常です。狂っているとしか思えない」


「狂っている。狂っていると思うなら狂っているんじゃないですか。あなたが」


遠藤 綾子に飛山 めぐみが切り返した。


「まあまあ、遠藤さん、あんたも感情的にならないで話をつめないと」


著名な男性司会者が金曜深夜の民放の討論番組で激論する二人の間に入った。


「女性を蔑視する、蔑視すると遠藤さんは言うけれど、結局女性が社会進出したって結局女性が男性となるだけではないですか、それってとっても変なんじゃないんですか」


「どこが変なのよ、ところで、あなた、最近男に抱いてもらってます」


「はあ。あんた何。何言ってんのよ。変態じゃないの。結局あんたはセックスの事しか考えることしかない色魔じゃないの」


「そうよ色摩よ。でも質問に答えてよ。結局、先生も男に相手してくれないから自分で慰めているだけなんだ。オナニーしてんだ」


「く、狂っている。絶対おかしいわよ。あんた、完全にいっちゃているわ」


「行きますよ。イクイク。遠藤さんは未だ、イったことがないんだ」


 飛山 めぐみの過激な発言にテレビのクルーから笑いがおきた。


「性的なこと。セックスのことと今あなた達女性解放党なるカルト集団がやろうとしていることとは別なんじゃないの」


「別」


「そう、別。あなた達は女性を男性の所有物となることによって人間の尊厳を失わせることによって貶おとしめて、男性優位の社会を作ろうとしている。それって結局あんたの不利益になるのよ。あなた自身が死ぬことになるのよ」


「でも男性の殆ど多くの人たちにとってそれってとても都合がいいことなんじゃないのかしら。結局男性の利益が女性の利益なのじゃないのかしら」


 飛山 めぐみは美しかった。左右対称の顔立ち、大きな濡れた瞳と意思の強そうな眉毛とラメによって光るルージュの唇から過激な発言は繰り返された。


「では訊きます飛山 めぐみさん、あなたにとって幸せって何かしら」


「挿入されることよ。殿方の太いペニスを」


「ば、馬鹿じゃないの。あんたアダルトビデオにでも出なさいよ」


「いいわよ、出るわよ。ついでにあんたも出たら遠藤 綾子さん。もっともあんたじゃ男の人は誰もヌけないわよね」


 爆笑がスタジオに起きた。完全な飛山 めぐみの勝利だった。








「女性解放党飛山 めぐみ党首主演イメージビデオエデンの東、発売記念キャンペーン握手会」


 秋葉原の電気店に垂れ幕が掛かった。徹夜でならんだ少年達がいた。マスコミはこの話題一辺倒だった。総理大臣の娘と噂される美少女が過激なアダルトビデオに出演する。


そしてその美少女が女性解放党なる過激な男性優位社会を作ろうという政党の党首である。当初殆どのマスコミはこの連中を無視した。しかしその女性解放党が実は一党独裁であるはずの中国共産党が支配する社会で発生し日本に伝播して結党されたと言う奇妙かつ理解不能な現実、とにかく全く理解不能な状態だった。何故、何故現職の総理大臣の娘がこのような行動をするのか。誰も理解をするものがいなかった。


 たった一人の男以外は。


 そう、その男はスサノウだった。




「姉じゃ、お体はどうですか、大分、目だってきたようですが」


「うん、初めてだからね妊娠って、でもつわりもないし案外平気よ」


「初めてかあ。本当は初めてじゃないんだけれどな」


「聞いたわよ。山本 六十八のおじさんに、あたしって永遠に生きる女なんだって」


「そうですよ」


「そしてスサノウ君も同じで私が卑弥呼なんでしょ」


「そう」


「で、あたしがスサノウ君の本当はお姉さんで」


「そ」


「でも姉と弟がこんなことしていいのかしら」


「いいも悪いもない」


「近親相姦じゃん」


「確かに」


 スサノウがマンションの窓を開けた。


「スサノウ君、でも、あたし可愛いい赤ちゃん産むね」


 膨らんだおなかをさすりながら山本 久美子が言った。


 


 秋葉原に若い男性が群がった。大勢の警備員がロープで群集を整列された。会場の奥から女性司会者が現れた。


 「皆さん、お待たせ致しました。女性解放党党首飛山 めぐみさんの登場です」


 飛山 めぐみが会場に現れた。殆どビキニの水着様な衣装で首に犬の首輪に似た物をしている。色違いの衣装を着た美少女二人を連れている。それぞれ別の色の首輪をしている。ウオーっという歓声が会場に起こった。興奮は頂点に達した。


「飛山 めぐみさん、その首輪はどういう意味なのですか」


「男性達のペットになりたいって意味なんです」


「抜けるう」


「萌え」


太く、けたたましいと男性の歓声が上がった。


「今日はお仲間とご一緒のようですが」


「ええ、握手会と言うことなんですが、余りにもお客様が集まって頂いたようなので直前に握手会から私達のデビューインサート、あ、インサートじゃなくてコンサートかをやりたいと思います。あたし達のホームページにアクセスして頂ければあたし達上海シスターズのデビュー曲が無料でダウンロード出来ます」


「そうですか、分かりました。では会場の皆さん上海シスターズで曲は」


「エデンです」


 飛山 めぐみがエレキギターを持ちながら女性司会者に答えた。もう一人がベースギターを抱えた。残りの一人がドラムスについた。曲が始まった。うなる様なギターサウンドが連なった。


 抱いて。抱いて、もっと抱いて


 欲しい。欲しい。あなたのシンボル。


 入れて。入れて。入れて欲しい。あなたのシンボル。


 殺せ。殺せ。女を殺せ。殺せ。殺せ。女を殺せ。


 戻せ。戻せ。女を戻せ。


 戻せ。戻せ。女を戻せ。


 戻せ。戻せ。エデンに戻せ。


 齧かじるな。齧かじるな


 知恵の実を齧かじるな。


 倒せ。倒せ。そやつを倒せ。


 倒せ。倒せ。そやつを倒せ。


 倒せ。倒せ。スサノウを倒せ。


 殺せ。殺せ。スサノウを殺せ。


 


 物凄いシャウトだった。そして驚愕すべき演奏テクニックと迫力のヴォーカルだった。完璧なメタルロックで女性とは思えないほどの迫力に会場の興奮の坩堝に 包まれた。そしていきなり飛山 めぐみがはいていたビキニのショーツを脱ぎ捨てて観客に投げつけた。残り二人も同じくショーツを投げ捨てた。気がつくと舞台に上海シスターズと全く同じ格好の美少女達が何十人も立っていた。それぞれの少女達が自分の穿いていたショーツを脱ぎ捨て観客に投げた。観客の間で激しい奪い合いがおきた。警備員すら止められなかった。


 するといきなり会場に爆音が響いた三人の上海シスターズが空中に浮かんだ。会場の一番奥で立っていた男を飛山 めぐみが見つけた。そして不敵に笑顔を作った。男はスサノウだった。


 


「スサノウ。現れたなエバが」


山本 六十八むとはちが切り出した。


「そうですね。でも上手ですね」


「上手、何が」


「歌ですよ」


「のんきな奴だ」


「でも」


「でも。何だ」


「まだ奴らは隠している」


「隠している」


「大蛇おろちですよ」


「うむ」


「時空の何処かに隠している。それを破壊せねば」


「しかしそれは難しい。じゃが今は隠しておかねばならない理由がある」


「分かっています。黒い石」


「そうだ。黒い石だ。卑弥呼ひみこが産む黒い石をエバは産むことが出来ない。エデンの園でエバは間違いを犯した」


「間違い」


「そう、間違いだ。知恵の実を食べた。知恵の実はエバから黒い石を産む能力を奪い去った。そしてエバはエデンの園から追われた」


「そうだったんですか」


「何だ。知らなかったのか。そんなことも知らなくてよくスサノウが勤まるな」


 山本 六十八むとはちが笑った。


「山本さん。今エバがエデンの園を追われたとおっしゃいましたよね」


「ああ」


「てことは、アダムは残ったのですか」


「そう。暫く残った。そして別の女がアダムから生まれた」


「それは」


「そう。卑弥呼だ」


「そうか。そうだったのか。何のことは無い。エバは亭主を妹に取られたのか」


「そうだ。そして卑弥呼はアダムの子供を身ごもった。そうスサノウを生んだのだ。月で」


「月で」


「そうだ。主ぬしこそが黒い石なのだ」


山本の言葉にスサノウが天を仰いだ。




上海シスターズの人気は爆発した。一連のパフォーマンスは動画サイトで繰り返し、繰り返しアクセスされた。女性解放党のホームページには何千万件とアクセスがあり、夥しいダウンロードがなされた。識者の中には猥褻な売名行為の破廉恥な女性達との評価もなされたが若者を中心とするいわゆるアキバ系オタク連中には絶大なる支持を受けた。各メディアに連日の様に上海シスターズは現れた。写真集、DVD、雑誌インタビューとひっぱりだこになった。特に愛らしい美少女の飛山 めぐみへは絶賛の嵐がおきた。男尊女卑ではない、本来の女性の本音を言っていると賞賛する文化人さえ現れた。




「女性を労務から解放せよ」


女性解放党が奇妙なスローガンを掲げた。自虐的な言い回しに嫌悪感が漂うはずだった。しかし事体は別の方向に流れた。五%を超える失業率にあえぐ日本経済にとってこの奇妙かつ異様なスローガンが受けに受けた。職場から女性を家庭に戻し労働を男性のみに授ける。


 このことは日本の労働環境を一変した。緩やかに経済が回復してくるのが実感出来た。


 女性蔑視だ。男尊女卑だ。封建的だとの論調がフェミニズムを標榜する識者から上がった。しかしその論調も経済復興の前に消し去られた。






圧倒的に労働コストの安い中国経済に押し捲られ先進国の中で唯一デフレ不況であった我が国の経済がゆっくりと復興してきたのであった。いたるところに溢れていたホームレスの姿が徐々に減ってきたのがその証左だった。人々は実感したのだった。


 女性が社会進出することは結局女性自身の首を絞めることになるということを。


 文部科学省は全ての女子大を廃止した。


 婚姻も重婚罪が廃止され男性は複数の女性と婚姻することが合法化される法律も提案された。むろん反対多数で否決されたが画期的な提案と受け止められた。意外なほど世論は好意的だった。


そしてエバグループはその参加のエバ薬品工業から画期的な薬を開発して販売した。


その薬は「アダムの林檎」と名付けられた。そして生産が追いつかない位の人気を博した。アダムの林檎は女性向けの薬品だった。それは男性のみを妊娠すると言う効用の薬だった。




「総理、このまま行くのでしょうか」


「行くって、何が」


「ですから女性解放党ですよ。今度の衆議院選挙で間違いなく第一党になりますよ」


「第一党ね、すると我党は野党になるのかね」


「総理、そんな悠長な」


私設秘書の島津 信弘の言葉に飛山 安鈴あべる総理大臣は眉一つ動かさなかった。


「島津君。君は女性解放党の解放管理ってのは男性が女性を解放するのか女性が人類を解放するのか、一体どちらだと思うかね」


「それは」


「お袋が人類を解放すると言う意味だよ」


「え」


「だから女性解放党」


「上海シスターズ」


「そう上海シスターズも全部、お袋エバの手先だ」


「しかし」


「そうだ、しかしだ」


「スサノウ」


「スサノウが許さない、必ずスサノウが反撃にでる」


 飛山 安鈴あべるが首相官邸でため息をついた。




「中国で完全なる人間のクローン完成」


 朝刊各誌にスクープが踊った。記事の内容によると上海にある有限公司が人間の細胞から新たなる人間を作り出したとある。また牛のクローンとは違い、クローンは元の人間をも凌しのぐ知力、体力を保持している。また男性から女性を作りだすことが可能でこれはまさに旧約聖書のアダムからエバを作り出したことに値するとある。またこのクローンの第一号はアダムと呼ばれているとある。


「やりおったな」


 山本 六十八むとはちが新聞を置いた。


「山本さん、見せて下さい」


 スサノウが呟いた。


「エバめ、あの強欲な女め、何故諦めない。何故己が罪を認めない」


「息子ですよ、カイン。あのカインが永久にさまよっている限り母親は戦い続ける」


「女は弱し、されど母は強しか」


「さて、どうする、スサノウ」


「もう一度齧かじらせる」


「齧かじらせる」


「そう」


「齧かじらせるって何をだ」


「エバに知恵の実を再度齧かじらせなければならない」


「知恵の実か」




 上海シスターズ公演「オールナイトでぶっ飛ばせ」


 黒山の人だかりだった。武道館公演にも関わらず入場料は僅か千円でインターネットのくじ引きで当たった客限定のコンサートが開かれた。上海シスターズは出す曲、出す曲全てがダウンロード一位となった。各マスメディアで上海シスターズが出ない日は無かった。


 そこは小さな会場だった。上海シスターズが公演をやるにしては。


その小さな会場の隅に鋭い目つきの青年たちがいた。


シャウトを繰り返す飛山 めぐみを物凄い形相で青年達が見つめていた。


青年の背後に会場には似つかわしくない小柄な中年男性がいた。大西 博隆だった。


 大西 博隆が青年に目配せした。青年がいきなり空中に浮いた。右手に日本刀が銀色に輝いた。


「天誅てんちゅう」


 青年が叫びながら飛山 めぐみに飛び掛った。


そして飛山 めぐみを頭から切りつけた。噴水のように血しぶきが上がった。一撃で飛山 めぐみは絶命した。そして青年と大西 博隆は忽然と会場から姿を消した。




「えらいことになったな」


 南 一輝が橋本 哲夫に切り出した。国分寺駅前の居酒屋「気楽」のカウンター顔が真っ赤だ。相当ウーロンハイを飲んだらしい。


「南先輩、でも、どうせ、またクローンの飛山 めぐみが出てきますよ」


「そうだ、しかし大西さんの目的もクローンの出現を狙っているのだ」


「そうだろうな、エバの陰謀を公おおやけにするのが目的なんだな」


「ハッシー、何れにせよ、俺は大西さんのやり方には賛成出来ない。どう言う理屈を組み立てようがテロはいかん。テロは」


「テロって言ったって相手はクローンでしょ、人間じゃないじゃないすか」


「ハッシー、お前。気は確かか。その言い方クローンだって人間なんだ」


「しかしクローンってのはですね。要するに人工的に人間が作り出したもので」


「ハッシー。貴様の言い方は実に実に不愉快だ」


「南先輩」


 橋本 哲夫が涙目になった。


「悪かったよ、興奮して」


 南 一輝が橋本 哲夫の肩をたたいた。




 飛山 めぐみのクローンは出てこなかった。しかし上海シスターズはメインボーカル飛山 めぐみの部分のみを映像でヴァーチャル化して残りの上海シスターズで暫く公演を続けた。




ある公演で映像の飛山 めぐみがシャウトして曲の演奏を終わった後、ゆっくりと話し出した。


「皆さーん、めぐみです。今回の事でお騒がせして大変申し訳ありません。でも安心して下さい。今日から私の双子の妹ななみがめぐみに代わって上海シスターズをひっぱりますんで、そこんところ宜しく」と絶叫した。ヴァーチャル映像の画像から飛山 めぐみと寸分と変わらない飛山 ななみがその姿を現した。そして全く同じ声で再びシャウトし始めた。


 エバの原罪を許せ


 許せ。許せ。原罪を許せ。


 殺せ。殺せ。神を殺せ。


 殺せ。殺せ。神を殺せ。


 歌え。歌え。エデンの歌を。


 殺せ。殺せ。殺せ。スサノウを。


 いつもの様に会場は興奮の坩堝につつまれた。




「総理、飛山総理、総理は、お嬢さんは二人いらっしゃるのですか」


 私設秘書の島津 信弘飛山 安鈴あべる内閣総理大臣に尋ねた。


「だから、娘は一人もいないよ」


 飛山が面倒くさそうに答えた。




黒い塊が雲の中から現れた。巨大な塊だった。それは東京湾から上空に現れた。人々は空を見上げてパニック状態になった。徐々にその形が確認された。八つの金色の竜の頭を持ち飛行機の様に翼を持っていた。生き物とも飛行機とも言える奇妙な巨大な物体だった。


 そこから若い女性が降りてきた。明らかに空中に浮いている。紛れもない上海シスターズだった。飛山 ななみがいる。


 彼女達は衣装をはだける様に胸元から何かを取り出した。小さな紙切れが空中に舞いだした。それは一万円札だった。地上の人々は狂喜乱舞した。何億。いや何十億円の紙幣が地上に舞い降りてきた。


 人々は狂喜乱舞した。至る所であさましく一万円札を拾う姿が見られた。




「一体これは何なのだ。お袋は何をやりたいのか」


飛山 加員かいん民衆党衆議院議員が愛人の三橋 孝子につぶやいた。


「先生、子供手当てなんじゃないですか」


「ば、馬鹿を言うな」


 孝子の台詞に飛山 加員かいんが気色ばんだ。


「でも、これって一番良い景気刺激策だと思いますけど」


 銀座の店に出る前は有名私立大学で経済学を専攻していた三橋 孝子は赤いルージュを塗った唇を尖らせた。


「えーい、煩い」荒々しく飛山 加員かいんが三橋 孝子を組み敷こうとした。


「先生、出来るの。まだあそこふにゃふにゃじゃない」


「大丈夫だ。薬、バイアグラを飲んだから」


「本当に」


三橋 孝子が下卑た笑いを浮かべた。




「総理。母君からの政治献金に対する国民の怒りをこのような形で収めよう。あるいは収拾しようとして、あの空中からの一万円散布を母君の飛山 恵羽えば氏がなさったという一部報道がなされていますが、そこはどうお考えでありますか」


 国会で野党議員からの質問に飛山 安鈴あべる内閣総理大臣がたじろいだ。


「確認を急がせましたが、そのような事実は全くございません」


「しかしあの撒かれた紙幣、一説によると八十億円だともいわれていますが、今の日本経済界においてあれだけの紙幣を撒けるのはあなたの、つまり総理のご実家であるエバグループしかありえないではありませんか」


 つばを飛ばしながら野党議員が息巻いた。


「どのようなお説を下敷きにしてそのようなご議論を展開なさるのか、先生のご判断の真意を測りかねておりますが」


「馬鹿なことを言ってもらっては困る。総理、あれは国家転覆を考えているある組織がエバグループと結託してやっているのではありませんか」


「国家転覆とは異なことを」


「総理芝居がかっていますな。総理は一体この日本をどうしようとなさっているのですか」


「どうしようと、そりゃ先生。国家を良くし国民の幸福に資するのが政治家の務めではありませんか」


 汗を拭きながら飛山 安鈴あべる内閣総理大臣が答えた。




「結局奴らの戦い方なのか。これが」


「そうでしょうな。そうとしかいいようがない」


南 一輝の問いかけに杖の先に顎あごをのせながら山本 六十八むとはちが答えた。苦々しい表情である。


「で、どうする」


「先制攻撃でしょう」


「しかし、どこを攻撃するのだ」


「それは」


「俺が答えてやろう」


「スサノウ」


南 一輝が振り返るとスサノウが立っていた。


「時の海だ」


「時の海」


「そうだ時の海だ。時の海から時空の間はざまにあるドラゴンを破壊するのだ」


「ドラゴン」


「そうだ。八や岐またの大蛇おろちだ」


「しかし、どうやって八や岐またの大蛇おろちを破壊するのだ」


「その件に関しては自分が説明申し上げましょう」


 スサノウの背後から軍服姿の男が現れた。元自衛隊沢木 松見 統幕だった。憲法違反の自衛隊の行動を論文として発表して物議をかもし出した人物だった。


「沢木さん」


いつの間にか大西 博隆が疲れきった表情で現れた。


「どうやら役者は揃ったようですな」


沢木 は芝居がかった笑みを浮かべた。


「だな」


スサノウが相槌を打った。


「沢木統幕。何をおやりになりますか」


「月を砕きます」


 沢木 松見 元統幕の顔は真剣だった。真一文字に口を閉じている。


「月を」意外な表情を大西 博隆が浮かべた。


「時の海を」














「ネオチャイニーズだったな」


「はい」


「人民解放軍の末裔か。例の毛沢東の秘密機関が研究していたものか」


「関連はあると思います。戦前のナチスがやっていた研究と同じものがそのルーツです」


国分寺大学文学部第一研究室の応接セットで南 一輝と長身の轟 一義が対峙している。轟は背筋をピッと伸ばしていた。


南 一輝の隣で大西 博隆国分寺大学文学部国文科主任教授が目を閉じている。そして目を開けて応接の卓のお茶に手を伸ばしながら口を開いた。


「結局クローン。クローンだな、あなたの上司の沢木さんの推理では」


「そうです」


「何体位完成しているのだろう」


「既に百体」


「百体」


南がつぶやいた。


「うーん」


轟 一義の台詞に大西 博隆が絶句した。


「既にマザーは完成しているはずです。ですからクローンの量産は可能な筈です。上海の工場で量産は始まっています」


「轟君、どうしてまだ現代技術的に不可能とされている人間のクローンが中国で可能となったか、おかしいではないか。そんなに断言できるなんて」


「現代の技術では確かに不可能です。しかし」


「しかし」


「古代には完成していた」


「古代に」


「そう、遥かに文明が進んでいた古代。古代からあった技術を現代に蘇らしただけです」


「古代の技術を蘇らせた。なぜそう、断言できるんだ」


南 一輝が質問した。今日は酔っていなかった。


「自分もクーだからです。中国製の、それも古代技術の」


「中国製、クー、古代技術の」


「古代技術のクローンです」


「なんと」


国分寺大学文学部研究室応接間のソファで大西 博隆が再び絶句した。


研究室の窓から国分寺大学のキャンパスが見える。上空がいきなり暗くなった。そして稲光がなった。


「今の時期に稲光なんかあるかよ」


のんきに南 一輝が呟いた。


「沢木です」


「沢木さん?」


轟の言葉に大西 博隆が聞き返した。


「既に完成しています」


「完成って例の」


「別のマザーです」


「マザー」大西 博隆と南 一輝の声がハモった。


「マザー飛鳥、人口子宮を持つ勾玉まがたまです、この国分寺大学の五百メートル上空で待機しています」


「マガタマって」


うろたえる南 一輝に轟がまゆひとつ動かさずに答えた。


「今からお二人に乗ってもらいます」


「なんで」


南 一輝が間抜けな顔で尋ねた。


「でも、どうやって上空。そんな高くまで行くのかね」


大西 博隆の声に後ろから声がした。


その時長い髪を後ろに縛った白い袴を着た少年が研究室のドアを開けながら入ってきた。


「藤原」


「大西先生、僕を抱いた夢を見たね」


「あ、いや」


大西 博隆の顔が赤くなった。


「僕が、高天原たかまがはらでもエデンの園でも。どこへでも連れて行きます」


スサノウが真顔で話した。すると場面が変わった。南 一輝も大西 博隆も自分の下遥か下に国分寺大学のキャンパスを見た。


「す、すげえな、嘘じゃないな」


「竹コプターですよ」


空中で驚く南 一輝にスサノウが答えた。


そして上空に金属製の巨大な物体が現れた。明らかに金属製で鈍く光っている。中央に丸い入り口の様な物が見えた。


「ようこそマザーシップ飛鳥へ」開いた扉の奥で沢木 松見が口を開いた。背筋を伸ばして鼠色の軍服を着ている。


「飛鳥って」


大西 博隆が答えた。


「飛鳥って豪華船のことじゃないんだ」


横で南 一輝が呆然としていた。


「スサノウがいつもお世話になっています」


「あ、はい」


沢木 松見の言葉に国分寺大学教授大西 博隆にはそう答えるのが精一杯だった。


「これは一体何ですか」


震えながら南 一輝が沢木 松見に尋ねた。


「先ずはご質問ですな。当然でしょう。今まさに理解不能な状況。当然の反応です。これがいわゆる世間で言われているUFO。未確認飛行物体と言う奴ですな。オリジナルは別の処にありますが、まあこれはレプリカみたいなもんで確かに性能は若干オリジナルに比べると劣ります」


したり顔で沢木 松見が南 一輝の方を向いた。横にいつの間にかスサノウがいた。その背丈は沢木の肩の高さしかなかった。


再び間を置いて沢木 松見が口を開いた。


「だ、誰が作ったんですか」


南 一輝の声が裏返った。


「足立区の鹿浜に部品工場があります。倒産した自動車部品の孫請け会社の工場ですな。根本となる部品は自衛隊の整備工場からも集めました。それにしても足立区のパートのおばちゃん達は最高ですな。本当に良く働く。あの複雑な機械をここまで組み立てるんですから。


まあ推進装置を含む主要部分はスサノウが持ってきた古代技術が核になってますが、とにかく飛鳥は足立区のおばちゃんたちの汗の結晶ですな古代技術を核とした」


「こ、古代技術を核とした」


南 一輝が絶句した。


「この偉大なる船。自分たちで語るのもなんですが。元々はスサノウが持ってきたもの。繰り返しますが古代技術。黒い石をベースに作ってあるのですが。いずれにせよ飛鳥は乗り物とも武器とも言える。しかしここにいるスサノウに言わせるとこれは墓であると」


「墓あ」


南 一輝が過剰なほどの反応をした。まるで舞台俳優のごとくであった。


「そう、墓。まあ従来の墓地にある墓ではなく、概念としては塚ですな、スサノウは墓でなく亀だとも言っている」


「亀」


南 一輝が更に驚いた。横で大西 博隆が口を開けながら呆然としたままだ。


「そう、塚、もっと説明すれば要するに古墳ですよ。古墳」


沢木 松見統幕はぶっきら棒に続けた。


「古墳って、あの古墳、最初は勾玉といわれましたがあ」


大西 博隆がやっと我に返って尋ねた。大学教授とは思えぬ大西 博隆の言葉ににやりとスサノウが反応した。


「まあ、こんな処で話すのも何ですから、どうですか。一杯やりませんか」


沢木 松見が左のドアを開けた。大西 博隆と南 一輝が沢木 松見とスサノウに続いた。ドアを開けてみるとそこは見慣れた国分寺駅前の居酒屋「気楽」だった。


「スサノウ君たちどこへ行ってたの。あれ大西先生と南先生も一緒」


庄司 則香が不思議そうに尋ねた。テーブルに食べ残した手羽先があった。横に顔を赤らめた山本 久美子が眠そうに座っていた。


「あの取り合えず、まずビール。ジョッキで三つ、藤原は」


「あ、僕は飲まないからウーロン茶」


南 一輝の言葉にスサノウが答えた。


「そっ」


いつの間にか薄茶のジャケットに着替えた沢木 松見が横に座って居た。


「いやあ、自分の娘みたいなこんな若いお嬢さん達と飲むなんて何年ぶりだろうか」


誰、このおじさんと言う庄司 則香と山本 久美子の視線に答えるように大西 博隆が口を開いた。


「沢木さん、あの轟さんの知り合い」


「轟さんってあの背が高い超イケメンの人ですかあ」


「轟にお嬢さん達は会いましたか」


「あれ、轟さん何処に行ったのかな」


呆然としながら南 一輝が呟いた。


トイレからだろうか近藤 まゆが携帯を片手に戻ってきた。いつもの宴が再開した。


沢木 松見は何の違和感もなくその輪にいた。


スサノウが微かす笑んだ。


スサノウに誘われるようにトイレと書かれたドアを開けるとそこは栃木ママの世界だった。新宿二丁目の店のカウンターがそこにあった。


「あら、今日は御揃いで」


酒やけでしわがれた明らかに女装姿の「栃木ママ」がそこにいた。


カウンターの三人しか入れない店の奥から金髪のウイッグつけた小柄な美少女が現れた。


いつのまにか女装したスサノウだった。


「先生、いつもの思いっきり薄い水割りですよね。ほかの人は普通の水割りと焼酎のお湯わりね。雀ちゃんお願いね」


「はいママ」と雀と呼ばれたスサノウが返事をした。


大西 博隆は店の奥の雀を愛おしそうに見ていた。









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