第6話 氷の世界

 氷の世界




「お集まりの誇り高い同志諸君。再び永遠に続くパズルを解き明かしましょう。人類浄化計画そうラストバタリオンを開始しなければならない。


 わが宿敵なる悪魔をこの地上から除去しなければ邪悪な魔物たちを除去しなければならない。我々こそが地上の支配者としての永遠を掴むのだ。


 支配される者たちは支配される喜びの中でその世界を終わらせるのだ。



 それこそが神と人間の立場なのだ。そうだ。その通りだ。我らこそが神なのだ。神が支配される者達に裁きを授けるのだ。それこそがラストバタリオンなのだ。


 支配される者は古いにしえのエデンの園で我らの開祖が起こした罪を永久に償うことになるのだ。


 それにこそ我らの崇高なる使命なのだ。より高度な文明に我ら人類がたどり着くために我が成し遂げることこそが使命であり我らこそが神であることを証明せねばならない。


 我らこそが神でなければならない。我らは悪魔ではないのだ。神なのだ。我ら神こそが崇高なる教えを支配される者達に伝えるのだ。


 それこそが神による人類の浄化なのだ」


 金髪の若い女性、少女にも見える女性が右手の拳を上げて演説をしている。演説そのもの酔っている。赤い軍服を着た女性の兵士が何百人も整列している。それぞれ赤い軍帽を被っている。



 今ここでおまえたちの中からまた新たなる八人の戦士を選ぶ。八人の戦士は八つの頭を持つ神の船に乗る。八つの頭のそれぞれを操る。史上最強の軍艦、バトルシップ。そして我ら全てがこのバトルシップに続いて戦いにでる。そう人類浄化ラストバタリオンの始まりだ」


 歓声があがった。金色の刺繍が施されている八つのボタンの軍服を着せられている。腰にはサーベルだろうか、剣をもっている。そ歓声は建物の中に鳴り響き続けた。




「アンナ」


「何だ」


「これでいいのでしょうか」


「良い、上出来だ」


 男が金髪の少女に話しかけた。


「あれが神の意思の龍、ドラゴンだ。我らこそが地上を支配すべきとの神の意思。あれこそが神の本当の意思。真理を持つ」


 アンナは静かに目を閉じた。


 再び氷の下の工場の中に電流の様な火花が起きた。カギ十字の紋章のある軍服を着た兵隊の隊列の上にホログラフの青い映像が起きた。


 幾つものビスが打たれた鉄の体を持った八つの頭を持った龍が現れた。それは生き物なのだろうか、機械なのだろうか。そのどちらなのか。


 想像したこともない物体だった。


 龍の一頭が威嚇いかくするように雄たけびとともに口を開けた。蒸気が上がり口の奥から鈍く光る金属製の砲がせり出してきた。


 八つの頭の根元の銀色の明らかに金属性と思われる胴体の脇に飛行機の様な三角形の翼を備えている。


 翼も銀色だが真珠の様な輝き方だ。背後に八つのロケットエンジンの噴射口がある。巨大な排気口からの熱で空気がめらめらとゆれてる。


 胴体の横に金属製の巨大な折りたたみ式の翼が見える。


 人工の飛行機のごとく見えるがその前部でうごめいている八つの龍の頭と金属の様に光る金色の鱗の生えた八つの長い首は生き物そのものである。


 八つの龍のそれぞれの目は赤く輝き、それぞれの頭は辺りを睥睨へいげいするように鋭い目線を放っていた。


 アンナが再び呟いた。


「あれがバトルシップドラゴンだ」


 青い瞳の少女だった。








(流行作家錯乱か)


 朝刊の社回面に小さく記事が載った。三島 由紀夫を気取った大学教授にして流行作家とその私兵「国防義勇軍二十一世紀」十名が市谷にある自衛隊駐屯基地に侵入して凡そ五分間演説をしたが、その声は全く聞こえなかったとある。


 その横に公安庁長官が心臓発作で死亡したとの記事が小さくあった。休日のゴルフへ行く際との内容だった。




「島津くん。これは挑戦だろうか」


「でしょうな」


 飛山 安鈴首相が私設秘書の島津 信弘に質問した。


「何故分かる」


「首相。スサノウですよ。奴らの狙いはエバをおびき寄せようとしていることですよ」


「お袋をか」


「そうです、間違いなくエバ様が標的です」


「少しややこしいな」


「ええ、ややこしいです。あそこ、エバはわが党ならずこの飛山 安鈴の最大のスポンサーなのだから」


「そりゃそうです。飛山首相、エバ様は飛山 安鈴様のお母様なのだから」


「お袋か、あの人は何を考えているか、さっぱり分からないから」ため息をつきながら飛山が天井を見つめた。


「首相、山本 六十八はこの場合、山本さんしかないでしょう」


「六十八ね」


「そ、山本 六十八さん」


「でも、あの人は結局例のおかしくなっちゃった作家」


「大西 博隆」


「そう、大西の後援者なんだろう」


「ええ」


「てことはスサノウの手下でお袋の敵ということだ。何れにせよ、何がしたいのだ。何の為にやるのだ」


「パズルです」


「パズル


「そう、聖書パズル」


「聖書パズル」


 島津の言葉に飛山は天井を見つめたままだった。




「諸君、パズルを解かねばならない。これは国難なのだ。この国、そう大和やまとは永久にこの地上から消え去ってしまう。敵の目的はそこなのだ。それを我々は阻止せねばならない」


 映像の黄色の軍服を着た大西が演説している。明らかに声がかすれている。


「南さん、大西さんいっちゃってますよね」


「だなあ。完全にいっちゃっている」


「でも、ああいう風にいっちゃうってのも案外幸せかもな」


「幸せ」


「そ、幸せ」


「何か人事みたいにいいますよね。南先輩って」


「そりゃそうだろう」


「南さん、でも現実を見なければ現実」


「現実」


 二人が立つ床は透明だった。アクリルの様な透明なボードの上に二人、国分寺大学文学部准教授南 一輝と助手橋本 哲夫が立っていた。


「南さん、しっかりして下さいよ」


「ああ」


「パズルは既に始まっているんですよ」


「そうだ、確かに始まっている」




「女の子になりたい男の子達、集まれ」


 画面の中で大柄な「女性」が右手を上げて叫んだ。毒々しいメイクに金髪のウイッグを被っている。売れっ子のヘアメイク、「美の伝道師ニッコー」だった。


「ニッコーさん、近頃の男の子達って私達女の子から見るとものたりないっていうか」


「女の子達って、よく言うわよね、あんたもう三十じゃない来年、もうババアよ。ババア」


「ひどい、どうしてそんなむごいことを二ッコーさんって言えるのかしら」


 局アナの榎本 沙希が口を尖らせた。


「ババアはババアよ。でもババアは幸せよお、天然の女なんだから、ねえ栃木ママ」


 画面はいきなり審査員席の栃木ママに変わった髪をアップにしていかにも値のはりそうな着物を着ている。瞬くを風が起こりそうな付け睫をつけている。頬を桃色のチークで染めている。尋常ではない物凄いメイクだった。


「そうよ、ニッコー、あたしなんかババアだかジジイだか。わかんないだから」


「でました栃木ママ、竹屋、さお竹えって玉無しじいさん」


「アハハ」アシスタントとしてニッコーのそばにいたお笑いタレントの男が素っ頓狂な声を出した。


「あら、あたし全部ありありなのよ、さおだけじゃないのよ。玉もありありなの。あたしって下半身で毎晩一人ビリヤードやってんだから」


 栃木ママの反応にスタジオ内に爆笑がわいた。


「このコーナーは流通からから投資まで、世界からいいものだけの総合投資商社エバグループの提供でええす」


 局アナ榎本 沙希が続けると、セットの右の方からおずおずと大人しそうな少年が出てきた。


「あら、可愛い」ニッコーが叫んだ。


「草食系男子というか、単なる草ね」


「てか、でも食べちゃいたい」


「もののけの栃木ママが感想言ってます」


「だれがもののけよ」


 ニッコーと栃木ママのやり取りにスタジオ内が更にドっと沸いた。


「はい、一番の方、お名前はなんと言うんですか」


「飛山 恵一です」


「お幾つ」


「十九」


「学生さんですか」


「はい、国分寺大学経済学部の一年です」


「飛山って総理大臣と同じ苗字よね」


「はい、自分、息子です」


「嘘」


 局アナの榎本 沙希が呟いた。


「本当よ、本当」


 冷静にニッコーがカメラを見据えた。


「総理、見てますか、ご子息の恵一君ですよお。今からこの恵一君を本当の女の子にしてみせますから」




 映像はそこで消えた。


 公安警察特別会議室のモニターを眺めながら長居 重三郎第一課長が目を閉じた。


 公安のはえ抜きのやり手だった。


「映像は流れたのか」


「いえ、即座に局内のセンサーが反応して国民の前には一切流れておりません。お笑いの素人オーディションの映像に瞬時に切り替わっております」


「エバの目的は何かね」


「まだ何も」


「何か要求をしてくるのだろうか」 


 長居 重三郎は思案した。この国が既にある勢力によって完全に支配されている。その勢力は全く分からない。国民の誰一人として知らない。知ったところで誰も口には出せない。


 今この場所で部下の新藤 謙作に告げることすら出来ないのだ。いや考えることすらも危険なのかもしれない。


 他人の思考すら「彼奴」は盗みみることが出来る。


 彼奴が何人いて、その正体がどうなっていて、その本部がどこにあるか。何一つ分からないのだ。


 当初は外国の勢力とも考えた。CIA或いは旧ソ連系KGB上がりのロシアンマフィア、北朝鮮、中国共産党。ありとあらゆる団体、国家を想定した。


 しかしそのどれもがあたらない。とてつもない力を持っている。そして何の証拠も残さない。


 ただ一つ間違いないのは自分の上司、公安警察長官を心臓発作に見せかけて殺害したのは彼奴なのだ。長官がマンションの前で心臓を抑えて倒れた時に一番先に長官のもとに行ったのは自分だ。そして長居 重三郎は己が目でその現場の上空。

 空中に浮かぶ金髪の外人の少女を見た。それは確かに空中に浮いて存在していた。しかし誰にも言えない。あんなことをやってのけるのはとんでもない組織の手先でしかない。それが噂されているエバだ。


 しかし自分で見たそんな現実を現実として受け入ることが出来ないのだ。人間が空中に浮かぶことはあり得ない。それがあるなら全ての理論が成り立たない。


 東京大学法学部を優秀な成績で卒業してキャリア官僚で人生経験を積む長居 重三郎にはそのことを信じることが困難なことだった。自ら人生、存在を否定することなのだ。


 現実にはある。その現実が何故自分の前に広がるのかが分からなかった。


「パズルですよ」

 新藤 謙作がポツリとつぶやいた。


「え」


 長居 重三郎が新藤 謙作の顔を見た。新藤は何事も無かった様に頭を下げた。


「失礼します」


 そう言残して長居 重三郎の机から立ち去った。






「全ては創造と破壊だ。我々は金儲けをしようとしているのではない。金、即ち利益。これは泡沫うたかたに過ぎない。バブルだよ。バブル。実に虚しく響く。そこには何もない。昭和元禄の名残なごりの馬鹿馬鹿しい祭りに過ぎない。我々はそれを求めている訳ではない。IT企業の馬鹿な若造が六本木ヒルズに住み、ブリキ細工のつまらない外車を自慢している。あれと同じだ。全く文化がない。いや文明がない。あの連中の中の太った男、ホリ何とか言う男を見たかね。ぶくぶくと太った男の醜い姿を見たかね」


 松本 雄二が会議室の真ん中に陣取ってとうとうと演説をぶっている。


 額から汗をながしている。明らかな肥満体であった。他人の容姿を言えた身分ではないはずだった。


 しかし誰も松本 雄二の話を笑わなかった真剣な表情で松本 雄二の話を聞き入っていた。そのはずだった。

 松本 雄二は東京証券取引市場一部上場企業として正に順風満帆であるエバグループの代表取締役社長である。更に最近アメリカ最大の自動車会社JMの買収を決定したのもこの松本 雄二であった。


「いいか、わが社の次の目的は既存のエネルギー、石油即ちガソリンを全く使わない車だ。正に完全なる永久機関を持つ自動車だ」


「おおっ」


 会議室がどっと沸いた。


「石油エネルギーではない。電気でもハイブリットなどと言う中途半端なおもちゃでもない」


 松本 雄二の台詞に役員達がざわめきだした。


「水だ」


「水」役員達の声がこだました。ざわめきは頂点に達した。


「水、水で動力を動かす」


「しかし」役員の一人が呟いた。


「ただの水ではない」


「ただの水ではない」


「命の水だ」


「命の水」


「そう無限にこの地上に存在する命の水」


「命の水」


「そう、海水」


「か、海水」


「そうだ海水をエネルギーとする動力機関を持つ新時代の自動車をわが社の研究陣は発明したのだ」


 驚いた役員の内、数人が思わず立ち上がった。






「安鈴かい」


 スマホから聞き覚えのある声がする。


「かあさん」


「その声なら元気そうだね」


「ええ、まあ。あの例の献金の件だけど騒がれてしまって、検察の方は何とか手をうったけどマスコミが」


「いいのよ、どうでもそんなことは。それより松本から連絡は入っているのかしら」


「ええ、車のことでしょ」


 内閣総理大臣飛山 安鈴とその母親飛山 恵羽のスマホのやりとりは音声として正確に長居 重三郎公安調警察第一課長の耳にこだました。


「いったい何のことだ。車って」


 そばでレシーバーを片方の耳につけている新藤 謙作尋ねた。


「ですから海水エンジン車ですよ」


「聞いたよ、それは。しかしそんなもん動くのか」


「詳細は不明ですが海水は血液にも似た存在でしてエネルギーが全くないとは言えない訳で、現実にこの地球も海水と言う命で生きている訳なのですから、そもそも生命は海水の中でミネラルとして生まれて」


「そんなことを聞いているんじゃない」


 長居 重三郎がいらだった。




 勢いよくベールが剥がされた。ピンク色に輝くオープンタイプのスポーツカーが現れた。


「ごらん下さい、未来への旅立ち、無限のエネルギーであなたを未来に導く夢の夢の、正に夢のドリームカー。上海三千です」


 英語と広東語でのアナウンスが会場に響いた。そこは上海モーターショーの会場だった。


「今皆様は歴史の証人となります。わがJMが愛すべき皆様の祖国、偉大なる中華人民共和国の皆様に贈る夢の未来、海水エネルギーで動く上海三千の姿を皆様のお目にそして記憶に焼き付けて下さい」


 会場の興奮は最高潮に達した。フラッシュが沸き起こった。四人の長身のミニスカートの中国人女性が空中に浮いていた。何かワイヤーで空中に浮かばせているのだろうと誰もが思った。


 浮かび上がらせるワイヤーはどこにも無かった。ショーを彩る中国人女性達は実際に空中に浮いていたのだった。そのことには誰も気が付かなかった。

 そして莫大な利益がエバグループにもたらされた。一時は倒産の騒ぎさえ起こったアメリカ最大の自動車メーカーJMは中国資本の日系企業エバグループに買収されることによって奇跡の復活を成し遂げた。


 世界中の雑誌を松本 雄二が飾った。


「JMを、いや米国を救ったミスターマツモトを我々はこれからこう呼ぶミスターミラクル」


 上海三千は全て中国の工場で生産された。アメリカのデトロイトでは何故か生産されなかった。そして莫大な富を稼いだ中国人が寄せる波の様に最早存在意味を失ったアメリカのデトロイトに移住しだした。誰もそれを訝しがらなかった。




「山本 六十八さん、例の車の開発資金、そもそも研究資金は何処から出ているんだろうか」


「お母様ではないですか」


「お袋」


「そ、エバさん」


「馬鹿な」


「いえ、冗談です。資金はチャイナファンドです」


「チャイナファンドは分かるとしてそのチャイナファンドってのは」


「別名ヒットラーファンドです」


「ヒットラー」


「もともとは第二次世界大戦でナチスが集めた黄金宝石、ありとあらゆる財産を元にドイツの金融機関が作ったファンドです、チャイナファンドは表向きに過ぎない。現実には実際のファンドの内の数パーセントに過ぎないと言われている」


「それを、何故、お袋、いやエバグループが集めたのかね」


「それは逆に首相、飛山 安鈴首相、いやエバの御子息である飛山 安鈴さんにお聞きしたい」


「それは」


「それは」


「それはゲームだからだろう。山本 六十八さん。あなたは私の答えを最初から知っているはずだ」


「いや、つまらない腹の探りあいでした」


「いや、いいんです山本さん、もう本題に入りましょう」


「どうぞ、エバの望みはスサノウですか」


「そうです、ご明察ですな。わが宿敵スサノウはどこに行ったのですか」


「どこにも」


「どこにも」


「ええ何処いずこにもいっていません。今ここにいるかもしれない。飛山首相、あなたこそがスサノウではないのですか」


 右手を頭の上の方に抱えながら飛山 安鈴総理が笑い出した。


「そりゃいい。そりゃいい。でも確かにそうかもしれない確かにそうかも。エバとスサノウは血のつながった姉と弟だ、姉と弟の関係を母と息子の関係にしたとしても」


「そう、仕立てて息子を内閣総理大臣にして母親はその国の最大の企業のオーナーとして君臨し世界制覇をする。誰にも気がつかれず」


 山本 六十八の目は笑っていなかった。


「しかし飛山さん、話はそこまでですよ。そこまで」


「そこまで」


「そうそれは我々が許さない。歴史を悪魔の手に委ねる」


「悪魔ね」


 ピカっと光が包んだ。二人の周りの景色が全て消えた。飛山 安鈴と山本 六十八は何もない空中に浮かんでいた。


「条件は何かねエバの息子よ」


 山本 六十八がうろたえずに空中に浮かんでいる飛山 安鈴に尋ねた。


「神ですよ」


「神」


「そう、母がエデンの園で犯した過ちを消して欲しい」


「過ち」


「そう原罪」


「原罪、すると飛山さん、あなたはカインを知っていますな」


「そうカイン、永久に罪を、罪をつぐわねばならないカインです」


「ではアベルはどこにいるのですか」


「アベルは既にこの世にいない」


 再び光った。元の首相官邸のゲストルームに飛山 安鈴総理と山本 六十八は何事も無かった様に座っていた。


「総理、今日はお目にかかれて幸いでした。お忙しい中、こんな爺さんの為に貴重なお時間を割いていただいて」


「何の、これしき後援会の会長に対して時間を割くのは政治家の第一の仕事です」




「微糖。あれ、この前まで九十円だったのに」


 木村 小梅こうめが自動販売機の前に立っていた。缶コーヒーを飲みたいらしい。自動販売機は街での価格と同じ百三十円になっていた。


「エバだよ」


 背後から声がした。


「藤原君」


 木村 小梅の背後に藤原 スサノウが立っていた。


「何処行ってたの。クーミー気が狂いそうだって言ってた」


「あ、そうどこにも行っていない。とにかくこの学校スポンサーがついて全部エバグループの自動販売機に変わったんだよ」


「それでかあって。じゃないの。なんで今まで姿を隠していたわけ、それと山本君とやっていた劇団」


「スーパーボーイズ」


「そ、スーパーボーイズ、SPB」


「SPBはね、ちょっと休み」


「休みって」


「パズル」


「パズルって何よ」


「パズルてか戦争ですね。戦争」


「そうだよ小梅ちゃん。戦争、スサノウに聞いても無理だよ」


 別の声がスサノウの背後から聞こえた。


「山本君」


「そう、山本でええええす」


 藤原 スサノウ同様小柄な山本 ノブがおどけた。


「山本君。ねえ大西先生のこと、聞いた」


「聞いた、自衛隊の駐屯地でいっちゃったってんでしょ」


「ゼミどうなるんでしょうか」


 大学生の藤原 スサノウが笑いながら木村 小梅に聞いた。


「知らないわよ」


 木村 小梅がむくれた。




「クードラ」


 体育館の床に声が響いた。白いユニフォームの選手達が水平に鉄製の剣を突き出した。甘い少女達の汗の匂いが国分寺大学体育館に立ち込めた。真ん中のユニフォームの選手が微かに出口の方にマスクを被った頭を傾げた。


「アルト、小休止」


 フェンシングのユニフォーム姿の女性が声をかけた。山本 久美子だった。


「スサノウ」


「クーミー、スサノウって最悪、ついでに山本君も、山本君て、クーミーと同じ苗字なのに」


「あの、それって関係ないかと」


 木村 小梅こうめと山本 ノブのやり取りにスサノウが苦笑いをした。


 その光景を山本 久美子が呆然と眺めていた。

 大きな長い睫毛に飾られた両方の目には涙があった。






「もっと力を抜くんだ」


「せ、先生」


「いいよ。それで」


「あ」


 白い肉体が背後から貫かれている。


「スサ」


「先生」


 背後から大西 博隆が自らの屹立したペニスでスサノウの肛門を貫いている。徐々にエクスタシーが訪れた。猛烈な射精欲が湧き出てきた。命の怒濤が全身を貫いた。大西 博隆の精液が雀の直腸の奥に放たれた。大西のエクスタシーは頂点に達した。


 大西の眩い光に包まれた。


 髪の長い外国人の女が立っていた。大西は知っていた。聖母マリアであった。


 マリアは大西に語り始めた。


「大きな街、世界一奢り高ぶった国の大きな街の二つの塔に龍がぶつかる」


「龍が」


「そう、とても恐ろしい龍が二つの塔を破壊しつくす、夥しい数の無辜の民が炎につつまれるだろう」気がつくと大西はみすぼらしい格好をしている子供であった。三人の子供のうちの一人として聖母マリアの話を聞いていたのだった。


 マリアは続けた。


「龍と戦う神の子を見つけなさい」


 眩い光が聖母マリアをつつんだ。きらめく光の中で大西、西洋人の子供の大西は気を失った。




「せ、先生」


 前に大西ゼミの山本 久美子がたっていた。


「うん」


 山本 久美子はその大きな瞳を開いて大西に尋ねた。


「今日のコンパ、南口の気楽でしたよね。六時半にお迎えに行きますから、あたしが」


「山本君が」


「あ、はい」


「スサノウ君は。ど、どうした」


「スサノウ君」


「あ、ああ」


「スサノウ君ならさっきあたしと飛んだ。えーと飛んだ様な気持ちがした」


「何を言ってるんだ。君は」


「あ、はい」


 大西は国分寺大学キャンパスのベンチに自分が腰掛けているのに気がついた。


 前にたたずんでいる山本 久美子はタレントでもつとまりそうな美少女だった。そして大西は気がついた。髪の毛、黒髪の山本 久美子ではあったが、その顔立ちは正に先ほど夢に見た聖母マリアそのものであった。




「南さん、決起するって本当ですか」


「ああ、本当だ。俺の心の中で三島がそう叫んでいる」


「三島って」


「み、三島 由紀夫だ」


「小説家のですか」


「おまえ、三島 由紀夫も知らねえのか」


「知ってますけど、何か」


「何かって。オギヤハギか」


「で、その三島 由紀夫が何かしたんですか」


「楯の会だ」


「楯の」


「日本をだな、正しい国にする、即ちマッカサー憲法を改正し自衛隊を国軍とし、真の独立をはかるのだ。それこそが三島 由紀夫の言っていた文化防衛につながる。市ヶ谷の自衛隊駐屯地で先生が演説をしたのをご存知ないのかね」


「知ってますが、しかしその時は生れてなかったもので。何か」


「そのオギヤハギの台詞やめろ」


「はあ」


 国分寺大学文学部助准教授南 一輝と同じく国分寺大学文学部助手の橋本 哲夫が国分寺駅前居酒屋「気楽」でチュウハイを傾けている。


「それより橋本、今日のコンパには山本 久美子も来るんだろう」


「そりゃそうですよ。大西ゼミですから」


「そ、そっか」


「南先輩、やっぱり山本 久美子狙いですか。今回のコンパは」


「分かる、しかしハッシー橋本はストレートだねえ。いつも」


「分かりますよ。南さんとは昨日今日の付き合いじゃないんだから」


「そっか、しかし大西教授も山本 久美子狙いじゃないだろうな」


「違う、違いますよ」


 と橋本 哲夫が右手をあごにあてて同性愛、ゲイのサインを出して見せた。


「あ、やっぱり」


「例の美少年。藤原と出来てるって」


「藤原って、あの藤原 スサノウ」


「そ、そうなんですよ」


「でも、俺も藤原とだったらやれそうだな」


「まあ」


「ありゃ、ありゃ女より綺麗だよ。確かに」


「南さん、南さんの座っているテーブルの前の方もう持ち上がってますよ」


「ぶ、馬鹿野郎。でもやりてえ」


「どっちと、山本 久美子か藤原の」


「やっぱ、山本 久美子」




「な、何。あの馬鹿二人。南とハッシーじゃない。何、あいつらも参加するの」


 近藤 まゆが山本 久美子に居酒屋気楽の扉を開けながら呟いた。


「近藤君に山本君」


 既に酔いが回っている南 一輝が右手を上げながら二人を呼んだ。


「幻滅。さ、最悪」


 近藤まゆが山本 久美子の方を見つめた。山本 久美子は笑っていた。


 背後から大西 博隆が堰を切った様に二人を押し分けて気楽に入って来た。


「藤原君は来ているかね」


「あ、いや。うちらも今来たばかりですから」


 近藤 まゆが笑顔で大西教授に告げた。


「ねえ、久美子お、大西教授ってやっぱり噂どおり藤原君のこと好きなのかなあ、いわゆるボーイズラブってやつ」


「ボーイズラブって馬鹿ねえ藤原君はともかく、大西教授って多分五十は超えているわよ」


「でも、独身でしょ。一度も結婚したことないって」


「そうなんだ」


 興味なさそうに山本 久美子が応えた。気楽の奥で橋本がまだ右手を振っていた。


「おーい。こっちだあ」






 国防文化防衛論


                             


 南 一輝


 


 国家とは何であろう。


 文字通り国、家と言う二つの文字が集合して成立した字である。




 そもそも国家とは同舟、同じ船のことである。まずは同じ種類、同族同士の血縁によって同じ種族が再生され同じ方向、無論、その同族の中には異端も存在することをこの論の中で認めねばならないが。


 同じ方向に舵を取り文明文化を進めて真の人類の解放、即ち究極の幸福に至る理想社会の建設が目的である。


 貧困、迫害、差別の無い真の自由を手にすると言う目的地、そう旧約聖書に記されているエデンの園こそが国家の究極の目的地である。


 我が国を含む全ての国家が本来同じく同じ方向を目指して共に手を携えて進むのが本来の姿であろうかと考える。しかしそれは理想論以上の夢想論にしか過ぎない。


 無総論に反論するのは簡単である、海を隔てて航海を続ける我が国の隣国である朝鮮民主主義人民共和国は核を含む暴力と言う生命財産を抹消させる兵器で我が同胞、国家民族を恐怖させている現実が今、正に存在している。


 全ての国家が同じ方向に進んでいれば、即ち同じ方向に海上を航海していれば全ての船、国家は同じ理想社会にやがては辿り着くのだ。


 それが人類の歴史の帰結なのである。しかしながらか、かの国の「偉大なる指導者」はそうは思わない。




「ブラボー」


 したたかに酔った橋本 哲夫が南 一輝の朗読に歓声をあげた。


「素晴らしいね南君」


 大西教授が同意した。


「いやいや。ほんの書き出しですから」照れくさそうに南が頭をかきながら何杯目かのウーロンハイを飲み干した。


「審査委員の自分としては弟子の論文に一票を入れるのは大いに問題だが、いいものはいい。書き出しとしては最高だよ」


「本当ですね」


 南の横で藤原 スサノウが続けた。


「あれ、スサノウいたの」


 山本 久美子がつぶやいた。誰も藤原 スサノウが気楽に来ていることに気づいていなかった。それは大西 博隆も同じだった。


「最初からいましたよ」


 スサノウの言葉に近藤 まゆが呟いた。「不思議、ぜ、ぜえったい不思議。スサノウ君って」




「メシア スサノウの元に集え。愛国少年少女たち」


「集え国分寺大学の学徒よ」


 プラカードにはそう書いてあった。


「ねえ、何でうちらがこんなことしなければならないわけ」


 口を尖らせながら近藤 まゆが山本 久美子に呟いた。


「南が単位これでくれるって言うもん。しょうがないじゃん」


「でもお、なんか惨めじゃん」


「あのう」


 長身の若者が声をかけて来た。


「え」


 近藤 まゆと山本 久美子が顔を見合わせた。


 長身の美男だった。いわゆるイケメンに二人が顔を見合わせた。


「あのう、南先生の大学の生徒さんでらっしゃいますよね」


「ええ、そうですが」


「沢木の処の轟が来たと連絡してくれませんか。南先生の携帯伺っていなかったものでして」


 優に百九十を超える巨体の男である。そして精巧な顔立ちの小顔だった。


 髪を短く刈り上げている。その姿は完全な八頭身に見える。


 年の頃なら二十五六だろうか。近藤 まゆが下を向いた


「ねえ、まゆ、タイプ」


 山本 久美子が尋ねた。


「うん、ストライク」


 近藤 まゆが呟いた。


「と、轟」


 スーツ姿の男が右手を上げた。


「せ、先生。南先生」


 轟が南 一輝に応えた。


「轟、うちの大学のおねえちゃんたち可愛いだろう」


 自衛官の轟 一義は口を閉じたままだった。


「まあ、研究室に行こう。話はそこで聞く。二人も一緒について来いよ。なあ轟まだ独身だったな。近藤 まゆと山本 久美子ってんだが、どっちにする」


「あ、いや」


 国分寺駅北口の改札の前で轟 一義の顔が少し崩れた。意外なほど女性的な顔だちだった。それはまさしく沢木 松見統幕の部屋で直立不動の姿勢をしていた美青年だった。


 その顔は仇夢と全く同じ顔つきだった。




「アメリカのJMは復活したね、これで我が国はアメリカに莫大な貸しを作ることが出来た訳だね。しかし海水エンジンなんて。想像もつかなかったよ。松本社長」


 太った男が椅子に腰を下ろしながら話しかけた。目の前に銀色に輝く「上海三千」がそのボディを見せていた。


「坊ちゃま。あ、いや飛山先生、全て会長であるお母様、エバ様のご発案です」


「しかし分からんな、石油より明らかに豊富にある海水を人類は何万年も目の前に知りながら何故海水をエネルギーに変えることをしなかったのだろう」


「先生、非常に素晴らしいご質問です。実はずっと前から人類は気が付いていたのです」


「ほう」


「しかし一般大衆には知らせる訳にはいかなかった」


「何故」


「富ですよ」


 訝いぶかしがる飛山 加員民衆党衆議院議員の前で松本 雄二エバグループ社長は続けた。


「富とは独占してこそ価値がある。石油ですよ、石油こそが二十世紀の富でした。しかし石油を採掘するには資本がいる。


 富がいる。富を持った者にしか石油は採掘出来ない。富を独占する者は石油エネルギーを一般大衆に消費させて自動車に代表される文明の利器を生産させて更なる富をつかんだ。つまり一般大衆を豊かにして更に富を一部の富める者が独占した。しかし海水は違う。誰でも汲むことが出来る。つまり海水がエネルギーと言う富を生み出してはいけないのです」


「なるほど」


「石油を基礎として行われる資本主義社会の中で時として商品は生産過剰になってしまう。その場合は文明の利器である機械の消耗戦と人間の消耗戦の公共事業を為政者は意図的に起こす必要がある。そう公共事業」


「戦争かね」


「そう戦争を起こした」


「なるほどな。そして富める側にいる為政者である俺のお袋は永久に栄えるんだな」


「はい、永久に、このエバグループは未来永劫永久に不滅です」


「分かった。しかしお袋は元気なのか。最近声しか聞かないがテレビ電話でもいい。顔くらいこの可愛い息子に見せろって」


「はい」


「弟の奴は政権交代って奴で総理になりやがって、綺麗事言ったところで全部お袋の金じゃねえか」


 せかせかとエバグループ本社社長室を飛山 加員はそうつぶやきながら出て行った。




「ニッコーさんの本業はメイク、メイキャップ。つまり美容。美顔術でしたな」


「はい。左様で」


「例の男を女に作り変えるって話」


「先生、大西先生も女の子になりたい訳」


 疾走する上海三千ロードスターの助手席で大西 博隆がニッコーに質問をしている。


 ナイキのキャップを被りサングラスをかけた素顔のニッコーはいかつい中年男性にしか見えない。


「いや違う。自分が女になるなんて気持ちはない。ただし若くなって見たいと言う欲望と言うか。そんな願望はあるな」


「そ、先生も人の子だわ」


「人の子、しかし山本 六十八さんは自分を息子だと言った。六十八さんの子供」


「山本 六十八さんの」


「そうです。六十八さんは人じゃないんじゃないか」


「人じゃない、じゃあなんですか」


 ハンドルを切りながらニッコーが冷ややかに応えた。


「神なんじゃないかと」


「神」


「そう、神。スサノウも山本 六十八さんも我々人間ではない神の存在なのではないですか、そしてニッコーさん貴方も神の世界の住人ではないかと」


「素敵、とても素敵」


「ニッコーさん、教えて欲しい。どうしたら例のこと、男を女に変えることが出来るんだ」


 ニッコーがブレーキを踏んだ。更に左手でサイドブレーキを引いてその右手を上空に垂直に上げた。右手の指先の上に月が輝いていた。


「月」


「そ、月」


「月に何か」


「あるわ、黒い石」


「黒い石」











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