第5話 わが奴婢大西
勃起したペニスの先端が閉じあわされた皺しわで彩られている肛門をこじ開けようとしている。コンドームを付けた先端に透明のカウパー腺液が少し溜まっている。
「稲垣だったな」
「そ、稲垣 足穂」
「少年愛の美学」
「三島が絶賛していた」
「案外君もインテリだね」
「インテリ、インテリってテリヤキのこと。じゃないわよね。マックの照り焼きバーガーかしら」
ミユキと呼ばれた「女」はいかなる場合も冗談を絶やさない人物らしかった。そのミユキが白いシーツのベッドの上でうつぶせになって大西の前で腰を浮かせて両足を大きく開いた。
股間には睾丸を取り去ったペニスだけが勃起していた。先端から透明な液体が流れている。
背後から人工的につくられた不自然な位な大きさの乳房がたわわにゆれているのが見える。
大西の亀頭の先端がミユキの肛門をこじ開けた。
ミユキが歯を食いしばった。「うっ」とうめき声を上げた。
大西が更にコンドームを装着したペニスを深くミユキの肛門に入れていく。深く深く直腸の中に挿入していく。
狭い直腸の感触を大西は感じた。
ミユキが顔をゆがめ喘あえいだ。前立腺のポイントを挿入されたペニスが刺激したようだった。
大西が腰を前後に動かしていく。射精の瞬間が大西に訪れた。
それを見透かしたようにミユキがくるりと体位を正常位に変えた。
その顔はミユキではなかった。遥かに美しい顔がそこにあった。
スサノウ
スサノウ、大西が忘れもしない。スサノウの小柄な体が大西に組み敷かれていた。ペニスはスサノウの肛門に深く挿入されたままだった。
目の前が白くなった。
「わが奴婢大西よ」
声が聞こえた。大西の意識が飛んだ。目の前に牧場が見えた。
みすぼらしい服を着た三人の子供がいた。そばかすのある子供が見えた。
どうやら外国人の子供の様だった。三人が驚く様な目つきでこちらを見ている。
「遠い異国の町で火の粉が上がるでしょう。その火は太陽より明るい。そして火の粉を落とした国の都に龍が現れる。龍は大きな二つの塔を破壊するだろう。子供たちの泣き声のみが残る」
言葉は何語なのだらうか。聞き慣れない言語を喋っているのが自分自身だと大西が気づいた。目の前がまた白くなった。白い景色は更に色を変えた。白は紫に色を変えた。紫の中にまばゆい光が起きた。
自分の体が空中に浮いている。再び真っ白になった。そして目が覚めた。
シャワーの音が聞こえる。ミユキが白いバスタオルで体を巻きながら出てきた。髪も白いバスタオルで巻かれていた。
「ねえ、センセ。ニッコーさんって知ってる」
「日光、栃木の」
「違うわよ、ほらテレビによく出ている」
「すまん、あまりテレビを見ないもんで」
「ヘアメイクのオネエよ。変身コーナーでえ、ほら朝のワイドショーのコーナー」
「だからテレビ見ないんだ、あんまり」
「そっか。とにかくね、そのニッコーさんが普通の男の子をね、ヘアメイクで女の子に変身させる訳。そこまではありそうな企画なんだけど、その変身した子、つまり男の子、女装っ子って言うんだけど本当に女の子にしちゃうんだって」
「しちゃうって、だからミユキママ、いわゆるニューハーフなんだろ。英語で言うTVだろう、トランスなんとか」
「違うの。本物の女」
「性転換手術か」
「違うやりかたで本当に完全な女になるのよ」
「馬鹿な、ありえない」
「本当よ」
「学生たちが言ってたな。何かほら、都市伝説だな。結局。流言飛語」
「流言飛語。都市伝説。難しいわね」
「しかし何故本物の女になったって分かる」
「いいわ、見せてあげる。今あ、調度いい時間だもん」
ミユキがホテルのテレビを付けた。ありふれた洗剤のコマーシャルが流れた後、司会者が叫んだ「ニッコーさんの僕、女の子になりたい」
横にいた女性アシスタントが「ではニッコーさんよろしくお願いします」と言うと紫色のドレスを着たいかつい明らかに女装している男性が現れた。綺麗にメイクを決めてはいるがどうみても典型的なオネエでしかなかった。
「こんにちは美の伝道師こと、ニッコーです。今週は先週の続きですね。では先週の僕、坊やの写真」
白黒の少年の写真が画面に広がった。
「あ」
「ど、どしたの」
大西の声にミユキが尋ねた。
その写真はケンジだった。
「南先輩、南先輩」
「何だ」
「何だじゃないっしょ」
「また例の、じいさん来てますよ」
「例のじいさんじゃないだろ、山本さんだろ」
窓の外に黒みがかった濃い紫色のベントレーアルナージが見えた。中から羽織袴に帽子をかぶった小柄な老人が下りてくる。
「コスプレすかねえ」
「やべえ、本当に六十八のじいさん」
「だから言ったっしょ」
「そ、制服のお金の分、ええと、幾らかはかったんだっけ、十着で十万かける十だから百万にデザイン費が別途三十万ですから百三十万を寄付して頂いたお大尽様の例のじいさん。六十八さんだろ。参ったな」
「参ったじゃないっしょ、一応この大学の創設者の曾孫らしいですよ」
国分寺大学文学部講師控え室の長椅子での仮眠から立ち上がった南 一輝准教授を文学部助手の橋本 哲夫がなじった。
「でもなあ。今いち、そのお。俺も腰が引けちゃうんだよなあ。あの六十八じいさんの話には」
「ああ、これは、これは御両氏」
小柄な老人が二人の背後に現れた。
「これは山本翁」二人の声が揃った。
「いやあ、南先生。国難ですぞ」黒い帽子を脱ぎながら山本 六十八が切り出した。
「国難」
「そう、国難、いよいよ危急存亡の危機がまいりましたな」
「はあ」南が口を開けた。
「例のネオチャイニーズアミーがいよいよ動きだしました」
「ネオチャイニーズアミーですか。でもあれは単なる噂で根拠が」
「しかし南先生、あなたはあれに乗ったでしょう」
「あれ」
「そ、あれ、亀です。松木はあれを飛鳥と呼んでいたらしい」
「ええ、しかしですなあ。ありゃ何か集団幻覚か何かで」
「あはは、確かに博学な本学准教授の南先生がそうおっしゃるのは理解出来ますな、しかし現実には存在している、そしてスサノウも現実に存在している」
「スサノウも」
「そ、スサノウも」
「藤原 スサノウですか」
「藤原。この学校ではそう名乗っていたそうですね」
「ええ、確かにいましたよ。女みたいな可愛い顔してましたけど。でもどっかにいなくなっちゃったみたいです。この頃見かけませんしねえ、南准教授」
橋本 哲夫が口を挟んだ。
「山本翁はご存知なんじゃないですか、スサノウの行方を。スサノウはどこに行ったんですか」
「南准教授、スサノウはどこにも行っていない」
「どこにも」
「そ、どこにもいかず、存在しているのです」
「存在している。スサノウとは南先生、あなたかも知れない、或いは橋本さん、あなたかも知れない」
「ご冗談を」
「冗談ですか」
「いや、すいません、母校の大先輩であられ、かつ創立者の曾孫にあたる山本翁に対してついぞんざいな口をきいて」
「いや、宜しいですよ。まあ今日は小難しい話はこれくらいにして。息抜きに行きましょう」
「はあ」
「おい、川口」
携帯に山本が囁いた。
「どこに行くんですか」
三人を後部座席に乗せたベントレーで山本が南の質問に答えた。
「吉原」
「え、でも国難でしょ」
「国難ですな。再び敵が現れる」
「敵」
「敵って何すか」
「だから敵」
「敵」
「敵が、上海に」
「何故分かるんですか上海って」
「我々の出先がある。息のかかった兵隊がいる。すなわち情報機関があります、上海に」
「上海に」
「そ、そうです。奴らは何らかのやり方でクローンを蘇らせた」
「クローン」
「クローン」
「んなこたあ、ありえない」
「いやありえるのです、もともとクローンこそが全ての命の源、黒い石からのことですから」
「あのお」
「何でしょうか」
「俺、全く分からないんですが」
「これはこれは先ほどいい、異な事を名門国分寺大学の新進気鋭の論客である、南准教授が理解出来ないとは」
「いや、お恥ずかしい話ですが」
「ま、とりあえず、国難はそれくらいで、今日は女難」
「女難」
「好きでしょ、吉原」
「だ、大好き」
橋本 哲夫がつぶやいた。
公安調査庁
長官 豊田 善行
名刺にはこう書いてあった。
「ターゲットはこの男ね」
金髪の少女が片言の日本語で切り出した。
「そうだ、この浦安の大型マンションに住んでいる。しかしエバ。日本語上手くなったな」
「自動翻訳機を自分の脳にインストールした」
「インストール」
「そんなことより決行の時期は」
「エバの気持ち次第だ」
「いつでもいい、今すぐでもやる」
「そうか」
小柄な男がエバに言葉に満足そうに頷いた。
長身の若者が立っていた。色白の東洋系である。
その横に全く同じ顔で同じ背丈の若者がいた。そしてその横にも全く同じ顔の若者が立っていた。三人とも全裸だった。
陰毛に覆われたペニスが亀頭をむき出して股間に下がっていた。
三人の若者は口を結んで直立していた。
「漢族なのか」
「そうです」
「この映像そのものが作り物の可能性はないのかね」
「ありえます」
「ありえる。しかし、では何故こんな映像を作らねばならない」
朝鮮民主人民共和国の将軍キムが絶句した。
「恐れながらキム最高同志申し上げます。恐らくは示威行為でしょう。奴らの」
「示威。誰に対してだ」
「恐れながら申し上げます。キム最高同志。党に対してです」
「党」
「そう、中国共産党」
朝鮮労働党対外情報調査部責任者パクが眉毛一つ動かさず将軍キムの質問に答えた。
「クローン兵です。表向きはチベット及び新疆ウイグル地域の治安維持、並びに国内暴動を抑え込む為の兵士として上海で製作されたものです。研究は八十九年の天安門事件前後から続けられていました。今回ほぼ、完成したらしいのです」
「完成、クローンとは言え人間だろう、人間が人間を作ることなんか出来る訳ないだろう。安物のハリウッドの映画じゃないか。フランケンシュタインじゃないか」
「恐れながら申し上げます。偉大なる将軍閣下キム最高同志。全く正しいご指摘です。そうです。奴らがヒントとしたのはそのフランケンシュタインです」
「ば、馬鹿な」
キムが笑い出した。パクもつられて笑顔を作った。
しかし二人はすぐ真顔に戻った。
「で、上海の誰が作っているのか」
「ヒットラーを蘇らせようとした機関です。上海の」
「ヒットラーを蘇らせようとした」
「中国共産党がか」
朝鮮民主主義共和国最高責任者キム将軍が執務室の椅子に座りなおして黙った。そして再び口を開いた。
「そうか。例の話の続きなのか」
「そうです」
パクの言葉にキムは黙ったままだった。
「先生久しぶりですね」美しい女が大西 博隆に切り出した。
「ケンジ君は」
吉祥寺井の頭公園入り口の喫茶店恵田(えでん)のカウンターの中にケンジはいなかった。
美貌を誇る女性がいた。
「あら、ミユキママから聞いていないんですの」
「聞いてないって。おたくはミユキママをご存知なのかね」
「新宿の二丁目でしょ、狭い街だもん。ミユキママ、伝説の栃木ママの弟子ですよ」
「栃木ママの弟子」
女性が微笑んだ。本当に美しい女だった。
大西 博隆の前でカリタ製のナイスカットミルでコーヒーの豆を引き出した。
「君はもしかしてケンジ君なのかね」
「だったらどうします」
「いや別に。どうしもしない。しかし変わるもんだな。ニッコーさんだったな」
「もうケンジじゃない。メグミです。ニッコーさんは最高ですよ。神ですよ。神、自分の姿も隠せるものじゃないし、そうって答えておきます」
「メグミ、本当に女になったんだね。でもどうやって」
「だからニッコーさんです」
「クローンか」
「せ、先生。何故クローンだって分かるんですか」
「パズルだからさ」
大西 博隆が短くなったショートホープの先端をガラス製の灰皿にこすり付けた。
「先生、大西先生なら本当は分かっているはずじゃないですか」
「スサノウの事か」
ケンジは答えなかった。
「スサノウにはどうやったら会えるかな」
「もう会ってますよ」
「え」
大西 博隆が真顔になった。余程スサノウの事が気になるらしい。
「え、先生ったら、この前スサノウを抱いたでしょ」
「え」
「ミユキママのこと」
「何のこった」
「いいですよ、とぼけなくったって。ミユキママってとっても綺麗だし、可愛いし。あたし憧れてるんです」
「メグミさん、君ってケンジ」
ふふっとケンジに良く似たメグミ。いやケンジなのだろうか、恵田のカウンターの中でメグミが笑った。
「先生、こちらへどうぞ」メグミがカウンターの奥の木製のドアを開けて大西 博隆を誘った。
恵田のドアの奥に無造作に紫色のカーテンがかけてあった。カーテンの奥の隠し扉を開けると見慣れた新宿二丁目のゲイバー「栃木ママの世界」だった。
「せ、先生」
歌舞伎の隈取の様なメイクをした和服で女装した中年男性が声を上げた。
「ひ、ひさしぶり、ぶりぶりぶりっ子」
栃木ママの横で長身の女装した男性が続けた。
「こら、メグミ、あんたはお呼びでないの。先生のお目当ては私、この栃木ママ。昔、兵隊さん、今変態さん。元自衛隊の戦車兵で仲間の戦車をバックから撃っちゃったと言う武勇伝をもつ、六十一式戦車のオカマを掘ったと言うこの二丁目の伝説。この栃木ママなのよお」
「あら、そうだったわよねえ」
二人の掛け合いに大西 博隆は圧倒された。いつの間にかメグミは栃木ママの隣にいた。
「今日は一人」
「ああ、そうだ」
「スサちゃんならもう、直ぐ来るわよ。それまであたしでつないでおいてね」
「いいよ。ママ、気にしなくったって。確かに私のお目当てはママ、栃木ママなんだから」
「でしょ、でしょ」
「先生、久しぶりですね」
カウンター奥のレースのカーテンから小柄な「女の子」が現れた。金髪の髪を逆毛立て盛ってアップにしている。唇は鮮やかなラメが光るピンクのルージュで彩られている。そして姿態はブルーのドレスで飾っていた。目が大きい。異様な美しさだった。あたりの空気を変えるオーラを放っていた。
「スサノウのおなりい」
栃木ママが叫んだ。雀すずめの背丈はめぐみの肩までしかない。
「スサノウ」
大西 博隆がつぶやいた。
「先生、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「スサノウ、いや、君こそが本当のスサノウだ。今までどこに行っていたんだ」
「あら、その言い方。先生、ぜえったい。絶対、スサノウに惚れている」
「メグミ、アンタは黙ってな」
栃木ママが真面目な表情を浮かべた。それは明らかに男性の表情だった。
「上海ですよ。先生」
「上海だって」
スサノウの台詞に大西 博隆が身を乗り出した。
「ええ、先生。国難ですから」
「国難」
「船は何時到着するのかね。またあの船に乗るのかね」
「船、ああ、亀の事ですね」
「ああ、亀」
「先生。もう乗っていますよ」
「何。乗っている」
女装した正面にいるスサノウが目を閉じた。スサノウの体が光った。まばゆい光がスサノウを包んだ。大西 博隆はそのまばゆさに耐えかねて目を閉じた。
ふと目を開けるとそこは見慣れた国分寺大学の学生ラウンジだった。ピアノが置いてある。ピアノの前にぼろきれの様な粗末な黒い服をまとっている老人が現れた。明らかに八十は過ぎている真っ白い長髪で存在そのものが襤褸ぼろ切れの様なたたずまいだった。
「奴婢、大西」
皺だらけの唇から大西の名前が呼ばれた。
「山本さん」
「そうだ」
「スサノウのパズルまだ解けていないんですね」
「解けない」
老いた山本のそばにスサノウがいる。化粧を落とし長い髪を後ろにしばっている。
ピアノ、自動ピアノの鍵盤からショパンのノクターンが流れ出した。
「エバと戦うのですね」
「そうだ。大西。国難だ」
山本が応えた。
「国難、国難ってずっと言われ続けているんですが」
「上海で完成したのだ」
「上海で」
「そうだ」
「何がですか」
大西が言葉を繋ごうとするとまた光が辺りを包んだ。気が付くと山本もスサノウもピアノも忽然と消えていた。
「大西教授、それは私から説明しましょう」
そこは国分寺大学文学部の講師控え室だった。真顔で南 一輝が切り出した。いつものおどけた表情はなかった。
「南君」
「最初から僕が説明しましょう」
南の横には橋本 哲夫がちょこなんと座っていた。
「ペキンで完璧なクローンが完成しています」
「クローン」
「クローンです。牛ではありません。正真正銘の完璧な人間のクローンです」
「馬鹿な」
「馬鹿な、いや馬鹿なと言う感想も全くその通りです。確かに常識では理解出来ない。人間が人間を創造するなどと神をも恐れぬ所業が出来るはずがない。先生はそのようにご判断なさるのでしょう」
「そうそう」
横の橋本 哲夫が相槌を打った。
「聖書です。旧約聖書、あれには実は本当のことが書いてある」
南 一輝が真顔で大西に説明する。
「聖書が」
「そう聖書です」
「そんな」
「神は自らの姿に似せて人間、アダムを作りたもうたとある。あれは本当のことです」
「つまり人間は神のクローンであると」
「そうです。我々は神のクローンなのです」
「我々が神のクローンとして、それはいいでしょう。では神とは一体何なのですか」
「大西教授、そのおっしゃり方はまるで神学論を開始する様ですよ。でもお答え致しましょう。神とは全能です」
「全能」
「南先輩、全能って何か。全国農業なんとかの略すか」
橋本 哲夫が口を挟んだ。
「うーん。これは難しい。極めて」
「宇宙人かね」
「それはテレビの見すぎです」
「では何なのだ」
「全ての源です。全ての命、全ての原点にして全宇宙のエネルギーの源です。そしてそれこそが皆が口にする神かもしれない」
「神はいるのですか」
「大西教授はどう思われますか」
「あ、いや」
大西が口ごもった。
「息子達よ。神は存在する」
背後から声がした。いつの間にか部屋に山本 六十八が入ってきた。
「山本翁」
いきなりの山本 六十八の出現に大西が驚いた。
「大西教授、無論ご存知ですね。このお方を本学の創業者の曾孫にあたる山本 六十八さんです。篤志家であり、かつ我々の団体の援助をしていただいている」
「我々の団体を援助ですか。何れにせよ、とにかく初めまして国分寺大学文学部の大西です。一度もお目にかかったことはないですが、お顔はお写真で何回か拝見させていただいております」
名刺をだしながら大西が山本 六十八に頭を下げた。
「いやいや、お噂はかねがね伺っております大西教授、大層ご活躍だそうで」
「山本さん、あの先ほど私のことを息子よとか仰ってましたが。あの」
「あ、いや、これは失礼。またやってしまった。ついつい悪い癖が。年寄りなもんですから、自分より若い人を見るとつい」
「息子と呼ばれる」
「誠にご無礼でした」
「いや、本当に自分は山本 六十八さんの息子なのではないのですか」
突飛な大西の受け答えに山本 六十八は黙った。
「大西教授。なんか変ですよ。いつもと違いますよ」
気まずい間を打ち砕くように南 一輝が語気を強めた。
「僕たちは本当に山本 六十八さんの息子。クローンかも知れない」
「一体、何を言い出すんですか大西教授」
「何ってクローン」
「いや、良いんですよ。その通りですから」
山本 六十八の以外な言葉に南が目をつぶった。そして答えた。
「そうですか。そうなんですか大西さん」
「え」南 一輝の横で黙っていた橋本 哲夫が南の方を向いた。
「山本翁、スサノウは何の為に来ているのですか」
「何の為に、何の為でもなく大西さんがお目当てのスサノウは来ています。この国分寺大学キャンパスの五百メートル上空に亀とともにいます。そしてスサノウは再びこの部屋に来る」
「自衛隊の沢木 松見統幕も一緒ですか」
「ええ、一緒です。彼もスサノウの奴婢ですから」
「スサノウは南さん達に国防軍を作って欲しいと願っています。奴婢の国防軍」
「奴婢の国防軍。いったい何の為に」
小柄な山本 六十八がそばの椅子に座りなおして葉巻をくわえた。
「パズルを解くためです」
葉巻の煙を燻らせながら山本 六十八がつぶやいた。
「パズル」
「左様、パズルを解かねばない」
その時、背後でドアが開いた。そこに小柄で長髪の色白な少年が現れた。異様な程の美貌だった。紛れもない雀でありスサノウだった。
「再開だ」
スサノウが静かに言った。
「スサノウ、君はケンジ君なのか雀なのか」
大西が絶句した。
スサノウは応えなかった。ただ一言つぶやいた。
「国難ですぜ」
「国難って」
「ですから大西先生、何れにせよ国難ですよ」
ニヤリとスサノウが笑った。
「俺は待った。待ち続けた。しかし貴様たちは立ち上がらなかった。新しい政権になっても貴様たちは立ち上がらなかった。相変わらずアメリカのポチでしかなかった。犬の法律に過ぎないマッカサーに押し付けられた憲法を唯々諾々と守っているに過ぎない。お前たちは犬に過ぎない。そして犬であるおまえたちは最早われわれの頭ごなしに中国と手を結ぶ。いいか、よく聞けえ。貴様たち、いやしくも諸君は武士だろう、武士ならばなぜ自分たちを否定する憲法を守るんだ。憲法が守っているのは貴様たちではないアメリカだ、そして中国共産党だ」
制服姿の男が絶叫している。頭の日章旗のハチマキに「七生報国」と書いてある。ほほはこけているが明らかにその男は大西 博隆だった。国分寺大学文学部教授であった。
売れっ子の小説家にして大学教授の大西 博隆が自衛隊市谷駐屯地のバルコニーで絶叫している。空にヘリコプターがホバリングしている。爆音で声が聞こえない。
「馬鹿野郎」
「変態」
「三島かぶれ」
「ホモ」
怒鳴り声が制服姿、数百人ほど集まっただろうかバルコニーの下に集まる自衛官の中から起こった。
「いいか、俺たちはきさまたちに本当の日本人と言うものをみせてやる」
青い制服姿の大西が続けた。声がかすれている。右手の拡声器で声がハウリングした。
「いま、おまえたちに俺たちの本当の凄さを見せてやる」
大西は拡声器を下へ投げつけた。バギッと音がしてコンクリートにねずみ色の拡声器がたたきつけられた。
そして大西は右手を上空に上げて目を閉じた。
ゆっくりと上から引っ張られる様に大西の体がまっすぐと上に引っ張り上げられて行った。そして雲の中に消えた。
「うおっ」
怒声ともうなり声とも呼べない声が数百人の自衛官から起こった。そのまままっすぐに更に上空に大西の体は吸い上げられていく。俄かに天が曇った。いきなり暗くなり上空からにわか雨が振り出した。ピカっと雷がなり上空の雲の中から黒い大きな物体が現れた。それは空中に浮かぶ黒い巨大な軍艦だった。
明らかにその存在が歯向かう敵を破壊し葬りさる意思をもっている。センサーらしき無数の針金の様な細い棒が緑色の船体の表面に生えている。そしてその無数の 針金が影を作り緑色の船体を黒くみせているのだった。そしてその姿はあたかも巨大なハリネズミが敵意を持って身構えている様に見える。
数千本にも及ぶ針金の様なアンテナらしきものが全体に生えている。今まで誰も見たことない物体が新宿市谷の雨の上空に現れた。
稲光はその物体のアンテナから放たれている。何度も何度もピカっと稲光が放たれた。放たれる度にどよめきが起こった。
映像は直ぐにインターネットで流された。その光景は全世界の人類に瞬時に伝わった。
無論作り物であると誰もが信じた。贋物にせものの宇宙人解剖フィルムの類たぐいとして誰も空中に浮かぶ軍服姿の男の映像など信じなかった。何年か前に水道橋の駅前で空中に浮かんだ少年の話と同じだった。
「どうする」
「どうすると言われましても」
黒い背広の男が椅子に深く座る初老の男性の前で困惑している。
「スサノウの仲間なのか例の」
内閣総理大臣飛山 安鈴が防衛大臣岩館 文治に質問した。
「まずは間違いないところでしょう」
「ふーん」
飛山はことの他冷静だった。まるで人事ひとごとの様に事態を楽しむかのようににやりとほほえんでいる。不気味なほどの冷静さが漂っていた。その冷静さがどこから来るのか単なる強がりなのか、一緒に働いている岩館には理解できなかった。
「総理」
「何だ」
「大統領には何て報告しましょう」
「いいよ。どうせ向こうから何か言ってくるでしょ」
「随分派手にやったね」
南 一輝が橋本 哲夫切り出した。
「そうだね」橋本がテレビの画面を見ながら答えた。大西の映像が臨時ニュースで繰り返し流れている。
どうゆう訳か大西 博隆が空中に浮いた映像はカットされている。
「三島シンパの俺としてはこの役は俺がやりたかったんだけどなあ」
「しかし南准教授、大西教授は三島研究で第一人者ですよ、この大役は大西のおっさんでしょ」
「しかし決めやがったなあ」
「そうすね」
「しかしハッシー、もう俺達ここには居れないな」
「そうすね、おれのスマホがさっきからなりっぱなしだもん」
国分寺大学文学部の電話もなりっぱなしである。大学の入り口には報道陣が詰め掛けていた。困惑する学生たちが騒ぎ始めている。
「いこか」
「ですね」
南 一輝と橋本 哲夫がドアを開けていずこかに出かけた。
それは見たことのない文字で書かれた手紙だった。胸元の老眼鏡を手に取り山本 六十八が声を上げて読み始めた。
親愛なるわが娘へ
この手紙をおまえが読んでいると言うことはおまえが蘇ったと言うことだと思う。
母は大変喜んでいる。そして母の使命を伝えることが出来ると言う幸福しあわせを今味わっているのだ。
そう、おまえは私なのだ。母なのだ。自分自身、過去なのだろうか未来なのだろうか、時空を越えて自分は母として、そして娘であるおまえに手紙を書いている。そして母は娘へ時空を超えて自分自身からのメッセージを母から娘に伝えているのだ。
母は神になる。
神にならなければならないのだ。人類の浄化を神である母がしなければならないのだ。おまえは母の為に働かねばならないのだ。
しかし娘の前にその母の正しい使命を邪魔する者が現れる。
娘であるおまえは戦わねばならないのだ。その邪悪な名前を娘であるおまえに教えよう。
その名は
SUSANO
これこそが娘が戦わねばならない敵なのだ。
敵は娘であるおまえが戦わねばならない最強の敵だ。恐らく母も娘も普通に戦えばこの敵に敗れ去るであろう、それほどこの敵は強い。そう頭のいい娘なら既におわかりだろうが、この敵は悪魔なのだ。悪魔を倒せるのは神しかいない。母が神であることを証明するために娘はこの敵と戦わねばならないのだ。戦いは絶望的な戦いなる。
おまえは決して諦め嘆く必要がない。娘には大いなる味方がいるのだ。その味方の名前は
EVA はは
そうだ母なる私の名前だ。神となれる名だ。
この名前を心に刻むがいい。そして決して希望を失うな。
希望。それは世界で一番素敵な言葉だ。
山本 六十八は椅子に深く座りなおした。そして大きくため息をついた。そして呟いた。
「長い戦いになるな」
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