思惑

yukoji

思惑

「新婚生活も早二ヶ月、大輝さん的にはどんな感じなんですかぁ?」

 微笑みながら、舞は白ワインを流し込んだ。

 「楽しいよ。美咲の料理はおいしいし、部屋もいつも綺麗だし」

 「このこの~美咲ぃ~、ちゃあんと主婦やってんじゃんよ~」

 「専業主婦だし、それくらいはやっとかないと。それに、大輝と結婚した事の方が奇跡みたいなもんだし」 

 ─奇跡なんかじゃないけどね─

 「二人の出会い方がそうだったもんね~」

 「もしあの占いがなかったら、たしかに大輝とこんな風にはなってなかったかも」

 昨年の一〇月、美咲は舞に紹介されたよく当たるという占い師に運勢を見てもらった。すると、二〇二〇年一月に運命の出会いがあり、そのまますぐに結婚、ジューンブライドになるだろうと言い渡され、事実その通りになった。

 「まぁ、確かにドラマみたいだったよな。駅構内でぶつかって、コーヒーをシャツに掛けちゃうなんて。事実は小説より奇なりってのは本当だったな」

 大輝は微笑んだ。

 「うん。大輝はそれまでの人と違って、私の事を本気で理解してくれるし、優しくしてくれるし、遺産の話をしても、全く態度が変わらなかったから……。男性不審だったけど、この人は本当に運命の人なんじゃないかって思ったんだ」

 「あぁ~いいなぁ~羨ましいなぁ~。私も早く結婚して、こんな綺麗なマンションに住みたいわ~」

 「きっと大丈夫ですよ。舞さんは美人だし、僕たちみたいなパターンもあるんだからいつか運命の出会いがありますよ」

 「そうだと良いんですけどね~」

 「ってかちょっと暑くない? エアコンの温度下げてもいい?」

 ─あと三時間もすれば終わる。こんな嘘っぱちの、全部が終わる─


 三人は談笑を続けた。気づけば時計の針は午前一時を回っていた。

 そろそろ頃合いだ。二人きりになったら実行しなければ。全ては仕込み通り上手く回っている。これだけ酒を飲んでいるから気付かれることもないだろう。予定通り動ける。失敗はしない。次に二人きりになった時、その時が……。

 「俺、ちょっとトイレ行って来る」と、大輝は千鳥足で部屋を出た。

 ─今だ─

 「あ~お酒無くなっちゃった。美咲はなに飲む~私入れてくるよ」

 「コークハイで」

 「あいよ~」舞はそう言って台所に向かった。物陰の裏で、隠し持っていた睡眠薬をコークハイに混ぜ入れようとした。その時、締めっぱなしにしていた部屋に生暖かい風が入り込み、ガンッ、ガンッと鈍い音が聞こえた。ベランダを見ると、美咲が欄干の向こう側からこちらを見詰めていた。

 「お生憎さま」

 美咲はにっこりと笑った。そして、自身を支えていた両の手をパッと離した。

 ほどなくして、バシャンという耳障りな音が室内に潜り込んだ。

 舞は急いでベランダに行き地上を確認した。暗くてハッキリとは見えないが、美咲がうつ伏せに倒れている事は判った。

 「なにしてんだ? あれ、美咲は?」と、戻ってきた大輝が言った。

 「大輝! 良く分からないけど、美咲、自分から自殺してくれたみたい!」

 「本当か!?」

 大輝は嬉々として舞の隣に行き、倒れ伏せている美咲を確認した。

 二人は歓喜の笑みを浮かべた。


 天野美咲の死体左こめかみに打撲の跡を発見した警察は天野大輝と桑野舞を殺人容疑で取り調べたが、二人の証言に食い違いはなく、自殺としての捜査も進めていた。しかし、事件から一週間後に入った電話によって事態は急変した。

 天野美咲は探偵を使い、二人が裏で繋がっている事を突き止めていた。死の危険が自分に迫っていると感じた美咲は、万が一の事を考えて証拠写真とボイスレコーダーの録音、そして自身の日記を探偵事務所に預けていた。

 日記には、立川駅で大輝と舞が喫茶店に入っていくところを目撃してしまった事、殺人計画と疑われる二人の会話録音が残っている事、占い師が偽の占いをしていた事などがつらつらと書かれていた。



 ─下を向いて、手を顔の前に入れて破損を防いで、内臓破裂で死ななくちゃ。打撲跡とあの証拠があれば、きっと警察は殺人事件にしてくれる。

 ─別にあいつらに騙されてた事はどうだっていいんだ。どこを切り取っても私の人生に良い事なんてなかったんだから。

─あぁ……。死ぬ時って、本当に走馬灯が流れるんだな。

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