四、ピュグマリオン

なんにも見ないでつくれるのね?」

 彩に渡すレプリカは、四分の一等身でることにした。原型を星取ほしどりし縮尺しゅくしゃくを計算すべきだが、直之には、この作品を手本無しで寸分すんぶんたがわず複製する自信があった。

「自分の造った彫刻に恋することってあるの?」

「何故、そんなことをく?」

 直之は親指でクレーをのばしながら、彩に質問を返した。

「彫刻しているというより、恋人と見詰みつめあっているみたいだから」

「キプロスの王様は、何故なぜ、彫刻の女性に恋したんだと思う?」

「色白の人が好きだったんでしょう?」

「いや、無口な人が好きだったんだ」

 直之が笑いながら言うと、彩はバツが悪そうに口をつぐんだ。

 タダで作品をもらうのは申し訳ない、せめて仕事を手伝うと言って、彩は毎夕刻まいゆうこく、直之のアトリエに来た。手伝いといっても、二人分のコーヒーをれ、直之の仕事をそばで見ながらおしゃべりをするだけだ。だが、彼女を追い返すつもりはない。近くに居て欲しいと、直之は思う。

 山間やまあいの小さな町で育った、と彩は言った。

山国やまぐによ。空の半分をお山が隠しているわ」

 雲山うんざんつらなりを見ながら、高校を卒業するまで其処そこで暮らした。大学に通うために街に出て、カノンのママの家に居候いそうろうしている。

「孤児なの。しかも私生児よ」

 母親は彩を産んですぐに、父親も彩を籍に入れる前に他界した。だからカノンのママは父親の妹だが、法的には自分の叔母おばではないらしい、と彩は笑った。

 旧家だった父親の実家は、彩の両親の結婚に乗り気ではなかったようだ。

「母の母、つまり祖母が外国人だったから」

 彩は、ロシア南西部の地名を口にした。

「私は母に似ていないらしいの。祖母に似ているっていわれるわ」

 しかし、直之は、彩の顔立ちからを感じることはなかった。職業柄、様々な民族のかたちを見慣れているからかもしれない。

「ねえ、私の裸、何処どこで見たの?」

 彩の目は塑像そぞうに向けられている。

「顔だけじゃないのよ。頭の天辺てっぺんから爪先まで、そっくり同じなの」

「服を着ていても彫刻家ならその人のプロポーションくらいは想像できる。もっとも、僕は服を着た君さえ見た覚えがなかったけど」

 この形象を何時何処で得たのか、記憶の走査そうさと推理は彫刻が完成したときから続いていた。彩の出現は謎解きのヒントにはならず、かえって推理を混乱させている。

「これから、彫刻家の視線には気を付けるわ」

 直之が女像と彩に視線を交互させると、彩は、両腕で胸をおおった。

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