第2話 300度あることは301度ある
「さて、帰るか・・・」
この気持ちは何度味わっても慣れるものではなかった。こうして告白させたのはもう一度や二度ではない。その度にこうして断ってはなんとなく心が痛んだ。放課後呼び出されて告白されるのももう何度目だろうか。そして断って、誰かに嫌な思いをさせるのは何度目だろうか。
今回の高梨さんだってそうだ。別に彼女の容姿が気に入らなかったわけでもないし、フィーリングが合わなかったわけでもない。寧ろ彼女は一年生の中だけでなく、全学年通しても可愛らしいと言っても過言ではないレベルの容姿だった。
それでも、可愛らしい後輩から好意を持たれて、想いを打ち明けられてもなお心が揺れなかったのは、園宮さんのことが常に頭の中から離れなかったというだけの事であった。単に園宮さんのことが好きで、園宮さん以外の事は考えられなかったという結論に辿り着いた。そして、それは同時に俺の中にある疑問を生んだ。
「ん、待てよ。じゃあもしかして園宮さんにも好きな人がいるんじゃ...」
それは一度冷静に考えてみれば至極単純な話だった。俺が園宮さん以外の女子からの告白を断る理由、それは即ち園宮
あくまで憶測にすぎなかった妄想は、
そして真実など一つも分からないというのに、疑念が真実かのようにすり替わり、思考が一方的にネガティヴになっていったのを自身でも感じ取っていた。
翌日、膨らんだ妄想の重みに勝手に耐えられなくなった俺は、再び園宮さんを呼び出した。昨日と同じ屋上へ。ではなくそこへと続く階段へ。直接彼女の口から真実を知るために。この自分で勝手に背負ってしまった重みから解放されるために。
「泉崎君、話って何?毎日毎日飽きないわね。」
「ごめんね園宮さん、今日はちょっと聞きたいことがあって。」
「へえ、珍しいわね。泉崎君が好きです以外の言葉を口にするなんて。それに私に聞きたいことがあるなんてね。まあいいけど。で、何?」
普段と違う俺の態度に最初は不意を突かれたような表情だったが、すぐに普段通りのいたって冷静な表情へと戻っていく。
「園宮さん、いきなりなんだけど...もしかして、俺以外に好きな人とか、彼氏とかいたりする?」
「は?何言ってんの?別にいないけど。てかなに‶俺以外〟って。普通にキモいんだけど。なんで私があんたのことを好きな前提みたいに話されなきゃならないのよ。」
「え、あ、ごめん。それは他意はなくて...でもよかったよ。安心した。」
「安心?なんで?別に彼氏がいないから=あなたと付き合おうとはならないのだけれど。というかそもそも必要ないし。」
どうやら俺の発言全てが彼女にとって地雷だったらしい。顔色こそ最初からほとんど変わっていないが、明らかに怒りの感情がこみ上げてきていることが、園宮さんの言葉の端々から伝わってくる。早くこんな無意味なやり取りから解放されたいという気持ちが前面に出ている。残された時間は少ないだろう。ええいこうなっては
「園宮さん、お、俺と、お、お、お付き合いを」
「なんで?」
「え?」
想像とは異なる意外な答えが返ってきた。てっきりいつものように「嫌です」の一言で片づけられると思っていたからだ。
予想に反した返答に、一瞬脳内が真っ白になる。
「なんで私が泉崎君とお付き合いしなければならないのかと聞いているの。泉崎君と付き合うことで、一体私になんのメリットがあるのかしら?」
「それは...その...」
「すぐ答えられないということは、自分からありませんといっているようなものね。じゃあ付き合ってっていうのはおかしくない?そもそもすぐに答えが出てこない、男としての自分の価値を見出せず、相手にアピールできないような人を好きになれる訳がないじゃない。」
確かに園宮さんの言うとおりだ。じっと僕を見つめて離さない彼女の漆黒の瞳は、僕を何か奥底を見透かされているかのような感覚に陥れる。
「泉崎君。何度も何度も告白するのは勝手だし、別にあなたのことをストーカーとして警察に通報する気もないけれど、もう少し考えて行動したら?感情に任せて相手を振り回すのは、ひどく幼稚な行為だと思うから。じゃあ。」
そう言い残すと園宮さんは表情一つ変えることなく階段を下りて行った。悔しくて悔しくて涙が頬を伝うのを必死で堪えた。目と鼻の間が熱くなって痛むのがわかる。
何も言い返せなかったのは、彼女が言っていたことに一つも間違いがなかったからだ。周りは俺をイケメンだイケメンだと囃し立てる。だけど俺自身は自分に自信がなくて、だけど園宮さんのことが好きで、頭から離れなくて、一緒にいたくて、その一新で告白していただけだった。園宮自身の気持ちも考えることもなく。ただ独りよがりに。
俺の内にこみ上げてくるのは悔しさと無力感と、そして改めて園宮さんに対する想いだった。あれほどまでに散々な物言いをされてもなお、やはり彼女のことを嫌いになることはなかった。寧ろ彼女への想いが本物であることを再確認した。
結局この時俺にできたことといえば、遠ざかる彼女の後ろ姿を、やがて消えゆくまでただ眺めていることだけだった。螺旋状の階段に、一人取り残される。誰もいなくなった階段をただ何となく見つめていると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
こうして俺の301回目の告白もまた、失敗に終わったのだった。
絶対ヒロイン諦めないマンと絶対フラグへし折り彼女 雨川 流 @towa9mmgazette
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