第29話 水渦轟々

 協心術を振るう少女の声が、戦場と化した山中にこだまする。


「さあ優護!敵は?」


 勝ち気な笑顔で言葉を投げる銀の少女に、優護が即座に反応する。


「あの2人と俺以外!何回倒しても湧いて来る、きっとテレスみたいに元になる能力者か何かの核があるタイプだと思う!」

「――了解!」


 交わした言葉はそれだけだった。

 聞きたいことはお互いに沢山あるが、現状の最優先事項はそれではない。そのことを理解している少年の言葉にフィエリがニッと笑うと、直後にそれは起きた。


 優護、レオノ、ナタリーの3人の隙間を縫うようにして水刃が走る。まるで海面から突き出したサメの背ビレを巨大にしたようなそれは、瞬く間に泥の人形を切り刻み、巻き込んで彼らから遠ざける。一瞬にして4人の周囲から敵を排除してなお、水刃は勢い衰えず大きさを増していく。


 轟々と唸りを上げるそれは、友人を助けるという義侠が9割と、ほんの僅かな鬱憤晴らしを込めた大渦。

 あの時は、まるで役に立てなかったから。雑魚掃除で調子に乗って、最終盤ではあっという間に協心術を利用された。その思いが少女の中にはずっと燻っていたのだ。当然周囲の誰もそんなことは思っていない。彼女は彼女のベストを尽くし、街に暮らす人々を守っていた。ただフィエリ・リールだけがそれを認めない。


 自分は強大な協心術を扱えるのだから、という義務感ともまた違う。そう、単純に悔しかったのだ。自分はもっとやれるのだと、自分に期待してくれる人に示したい。だからこれに込めるは鬱憤晴らし。救世主の少年も、希望の青年も差し置いてその異能を発揮する。


「まとめてぶっ飛ばしてあげる!」


 その宣言の直後、直前まで4人を囲んでいた渦が爆発する。

 360度、全方向へ向けて放たれた水飛沫の一つ一つが弾丸であり刃。字義通り瞬く間に泥人形を殲滅すると、再生が起こる前にそれらは飛沫の一つに至るまでが宙に浮かび上がり巨大な水塊を成す。そこから少女達の頭上を除いたドーナツ型の環に変形すると、刹那の間をおいて本命の破壊が降る。


 直径にして100mの巨大な水環が、協心術により変形を許されないまま猛スピードで高空から地面へと叩きつけられる。それと共に生じる爆風、轟音、破片もまた、フィエリが張った水のドームが受け止め流す。


「これはまた……凄まじいですね、私の腕力ではとてもとても」


 土煙が晴れた後、レオノが思わずといった様子で呟く。破壊の後に残されたのは、彼らの立つ地面だけ。それだけがクレーターと称して過言ではないこの破壊跡の中で柱のようにそびえ立つ。

 その言葉に満足したのか、上機嫌そうな口ぶりで協心術者の銀髪ツインテ少女は報告をする。


「そう?ありがと。今地面を穿った時に変な手応えがあったから、多分その核とやらだと思うわよ」


 少女の言葉を裏付けるように、辺りは静まり返っていた。もはや泥が人の形を成すことはなく、山中に仕掛けられていた何者かによる悪趣味なトラップは完全に破壊されたのであろう。

 三者三様、フィエリ以外の面々はそれぞれ疑問が頭の上に浮かんでいるが、まずはそのまま言葉を放る少女に視線を向ける。


「さっきも言ったけど改めて、私の名前はフィエリ・リール。こことも、そこの優護の世界ともまた違う世界の住人よ。色々あって手伝わせてもらうわ、よろしくね」


 黒いローブを纏った少女は、花が咲くように笑った。



     *



「フン、更に異なる世界からの来客とはな。……が、しかし存在としての規模はまだ小さいな。これではとても救世主などとは呼べんだろうに」


 頬杖を突いたまま、この世界唯一の神であるダウラが少しだけ眉を吊り上げ闖入者に興味を示す。


「まあ良い。まだあの救世主に倒れられるわけにもいかんのでな」

「……どういうこと?さっさと排除できるのならそれに越したことはないと思うけど」

「管理者共を縛るのに在れば便利なのでな……なに、時期が来ればお前にもいずれわかる。我が伴侶よ」

「……そう」


 伴侶だのと呼ぶ割に、全てを話そうとはしない回りくどいダウラの態度がみさおへストレスをわずかに与える。そんな風に思考を彼へ割くことにすら苛立ちを覚え、どうにも彼と意気投合するのは無理だと彼女は改めて認識する。


「それで?貴方はいつになったらに出られるのかしら」

「そうだな。完全な状態で、となるとまだ時間は欲しいところだが……。、救世主だの希望だのと大層な肩書きをぶら下げている人間の排除くらい、問題なく行えるだろうよ」



     *



「なるほどなるほど、大権赦官に"反転"による暴走ねぇ……。しかもスメラルドさんが言うには神さまが元凶って、また規模の大きな話になってるわね」


 ナタリーの孤児院へ向かう道すがら、一通りの自己紹介とこれまでの情報を共有したフィエリが感想を呟く。それに真っ先に言葉を返すのは黒髪の少年だ。


「なるほどってお前、そんなことも聞かずに飛び込んできたのかよ?」

「何よ、ありがたかったでしょう?この世界の様子を見てたアメティストさんのお節介に感謝しなさいよね」


 どんな危険が待ち受けているとも知れない世界へ、なんの情報もなく飛び込んできたらしい少女に優護が驚き半分、呆れ半分といった調子で応えると、そのままフィエリも切り返す。そして彼女の言う通り、水の協心術による"点"ではない"面"での制圧力は確かに彼らの窮地を救っているのもあり、切り返された優護は言葉に詰まる。

 そんな2人の様子を見て次に口を開くのは金髪の青年だ。


「ええ、本当にありがとうございました。貴女の勇気と異世界の管理者の心配りに感謝を。それから考えなしに飛び出していくのは、きっと優護も同じかと」

「うぐっ……」

「ふふ、気にしないでレオノさん。もともと私が借りを返したかったんだもの」


 楽し気に続く会話に、もう一人がおずおずと加わっていく。


「あ、あのぉ……協心術を使う為に世界間を繋いだままにしているとのことでしたけれど、何か間違って反転した他の赦官が向こうに行くようなことはないのでしょうか?」

「大丈夫です!来るときに開けたあの空間のヒビは私の妹か、妹が許可したものしか通れないので」


 ナタリーの疑問にフィエリが答えると、優護は先日自分たちの世界に彼女たちが来た時も同様の方法で協心術を使用していたことを思い出す。つまりアチラでは今もサラが協心術を使用しつつ、テレストラの面倒を見てくれているという訳だ。


「それで、シスターの孤児院ってのは結構まだ遠かったり?」

「いえ、もう少し歩けば見えてくるところです。……気休め程度かもしれませんが、どうかそこで1度お休みください。私を入れても8人しかいないところです、非常時の備えにはまだ余裕がありますから」


 フィエリへ行った説明会は、当然そのままナタリーへの説明も兼ねていた。

 このままならあと3日後には世界が滅ぶと聞いて、その瞬間には視界がグラついたものだが、すぐに思考を落ち着かせる。そうはさせまいと奮闘している人たちが眼前にいるのだ。

 この事情を知っていると知らないとでは天地の差。知ることは、知ってしまうことは時に恐怖を植え付ける。自らの手には負えない事態なら尚更だ。だがそこにまた、それに抗う存在がいるのだと知ることが出来たのは大きかった。


「休憩はありがたいですけど……本当にいいんですか?そのあとまた孤児院を"秘密"にして私たちと一緒にくるって」

「ええ、私も大権赦官の端くれですから。それに異世界から優護くんやフィエリちゃんが来て頑張ってくれるのに、この世界に生きている私が何もしないなんてお話はないでしょう?その……戦闘に関しては足手まといかもしれませんが、きっと支援くらいお役に立ってみせますから!」

「足手まといなんてとんでもない。どこまでも受け身な私の大権と違い、とても心強い戦力です」


 青年の言葉に、その身を以ってシスターの大権を味わった少年が頷いている。フィエリにとっては、その光景が少し以外であった。てっきりあの少年は「俺達でなんとかするから大丈夫」と、彼女を孤児院に留まるよう説得すると思っていたからだ。以前のリール姉妹が、最終局面になっても結局彼の方から呼ばれなかったこともあり少しムッとする。


 だが前提が違うのだ。以前は「最後の最後に追い詰められてからの幸運ラッキー」に賭けるため、最初から盤上に全ての駒を並べる訳にはいかなかった。桜子の"天運操作"の心式はその性質上、操作によって「引き起こし得る展開」は望んだ唯一まで絞りきり、逆に「そこへ至るための筋道」は最大限確保しなければ事故が起こりかねない。翻って、今回はまだ全容すら見えていないのだ。「神さまが元凶っぽくて戦力欲しいから7月30日までにレオノを連れてこい」というのがスメラルドのオーダーで、ならばより多くの戦力を確保するのは常道だろう。


 何より、リール姉妹の時こそ天運操作の条件がついてしまったが、基本的に五条優護は自ら覚悟を決めて戦う者を引き止めはしない。それが例えばテレストラ・フィーユのような年端も行かない子どもであれば別であるが、誰かの為に、或いは自分の為に戦う覚悟を決めるのに要する熱量を知っているからだ。

 それもまた、少年が心式に目覚めた頃の話に起因するのだが――。


「あ、着きましたね。お疲れ様でございました」

「着いたって、別に何も――」


 優護の言葉の途中、修道女が両の手を胸の前で合わせ指を絡ませると、まるで祈りを捧げるかのように目を瞑る。途端、少年の視界に突如として年季の入ったレンガ造りの建物が現れた。より正確に表現するならば、まるでテレポーテーションでもしてきたというよりは、そこに在るのだと気付くことが出来たとした方が正確だろう。どこかに置いた携帯電話を散々散々探して探して、結局何度も見ていたハズの机の上にあったのを見つけたような、そんな感覚。


「さあどうぞ中へ。大した物はございませんが、お礼をさせてください」

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終わる世界の救世主 野良狸 @Sakai101

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