第23話 夜は長く、星は眩く
7月28日――優護ら3名が世界を超えて来たその日の夜。
桜子や上代響也、リヴィア・ポルト―ネが大権赦官2人を退けることより少し前。
「と、いうわけで我々は"反転"と思しき少女と接触した直後から記憶を失い、気が付けばこの海岸にいたわけです」
「ほんと、アタシらが
大地の大権赦官、クスィラ・ペルサキス。
火の大権赦官、ピュール・ラリス。
そう名乗った1組の男女が、凶行に至った経緯を記憶にある範囲で語る。
神妙な面持ちで耳を傾ける優護とレオノだったが、何度目になるかわからない感謝を述べられるとパッと表情を崩して笑顔を見せる。
「どうかお気になさらず。お二人のご活躍は存じています、素晴らしい人柄であるということも」
レオノの言葉に、優護も頷く。
当然彼には彼らのこれまでの活躍など知るべくもないが、洗脳――否、反転とかいう大権から解放された後の様子からしてその人性は想像に難くない。
クスィラとピュールは信用に足る人物だ。
「どうか我々にも貴殿らと共に世界を救う手伝いをさせていただきたい」
巌のような、ゴツゴツとした筋肉質の体躯を持つクスィラが静かに頭を下げる。それに合わせハキハキとした気持ちのいい口調でピュールも口を開く。
「さっきの戦いじゃ文字通り秒殺されちまったからね、戦力としてカウントするには不満が残るかい?」
自嘲するかのような物言いに対し、レオノはゆるゆると首を振ると、まさかと微笑む。
「貴女も、それにクスィラさんも。さっきの状態ではだいぶ
チラリと優護へ目配せし、暗に答え合わせだけでなく優護への説明も兼ねていることをレオノは示す。
大権赦官とは?選ばれる条件とは?その2つに続くセーフティの説明だったが、勉強の嫌いな優護の頭でも理解し嚥下することが出来た。
「ふふっ、その通りさね――クスィラ!」
「了解した」
不敵に笑ったピュールが、そのハスキーな声で相方の名を呼ぶ。
直後、昼間の戦闘に用いられていた岩の巨人が海上へと飛来し分解。大きな3枚の岩盤になると、陸に面した部分を除いて3枚の岩盤が海面へと突き立つ。浜辺の優護から見ると、カーテンこそないが形としては岩盤で出来た巨大な試着室が海上に出来たかのようだ。
岩盤が浅瀬に突き立つと豪快に水飛沫が上がり、同時に轟音とそれに見合うだけの振動が辺り一帯を震わせる。
「なんだぁ!?また別の赦官さまでも攻めてきたのか!!」
「凄い音……あっ、またあの人たちが何かしてるよ?」
「洗脳だかってのは解けたんじゃなかったのかい!」
音と振動に当てられ、崩れたら堪らないと考えた人々がゾロゾロと洞窟の奥から姿を表す。
その間にも2人の大権赦官の作業は会話一つなく、無駄なく進む。
次のアクションはピュール由来のものだ。
岩盤で囲われた海面がボコボコと、次々に泡を吹き上がらせる。
煮立っているのだ。熱源は確認するまでもなくピュールの火。例え水中であっても関係なく炎を起こし、操り、手足とする。そんな強大な力を人の身でありながら行使することを、彼女は赦されている。
と、次の瞬間には再び大地の男がその大権を遺憾なく振るう。
空に何かを描くように指先を揺らすと、新たに断崖から切り出された岩が飛び出し岩の試着室に蓋をしたのだ。蓋と言っても平らなものではなく、形としては逆さにしたパラボラアンテナや開いた傘のようなもので、ドーム状の天蓋に鍾乳石や氷柱のように尖った部位が内側に突き出た不思議な形だ。
男の指は更に動く。
今度はその尖端のすぐ真下に岩で出来たカップ……と呼ぶには大きすぎ、たらいと呼べるほどの受け皿を取り付けたのだ。そうして仕上げに4枚目の岩盤を最後の壁として突き立てると、試着室は四方を閉ざされ頑強な直方体となる。
「これでしばらくすれば蒸留水が手に入ります。今はお見せする為に適当な大きさで作りましたが、詳細な人数が把握出来れば合わせてもっと大規模なものも簡単に作れますし、これは人を選びますが海水をお湯にしてシャワーや風呂にすることも可能です」
「何が言いたいかって言うと、直接戦闘は勿論だけどその他だって役に立つんだって売り込みさ」
まさに瞬く間。
優護とレオノだけでなく、洞窟から顔をのぞかせた人々もその全てが一瞬の出来事に呆然としていた。
「あっははは……こりゃあ凄い、ホントに昼間のは滅茶苦茶抑えられてたんだな。この状態のままだったらと思うとゾッとするよ」
「しかし優護殿、貴方だってまだ全力ではなかったでしょう。制限付きとはいえああも容易く破られるとは、反転の少女もその奥にいるらしい神とやらだって想定外のはず」
少年の素直な感想に対して穏やかに答える青年のそれは紛れもなく本心だ。
第一位の"希望"と異世界の"救世主"。この二人は間違いなく重要な、或いは人類本命の戦力となるだろう。
「さ、それじゃあまずは洞窟の皆さんにあなた達を紹介しなくては」
未だに何が起きたのかを理解していないであろう旅客機の遭難客に目を向けたレオノの言葉に頷くと、4人は海に背を向け歩き出した。
*
「ピュールさん、この魚の焼き具合最高だよ!」
「そうかい、そりゃ何よりだ」
「クスィラさんそれどうやって魚取ってんだ?」
「海底と、そこに積もる砂や砂利とてまた大地の一部。我が大権は大地の一切を司るものでありますれば、砂に触れた魚をそのまま砂で囲って捕縛することもまた容易なのです」
10分とかからずに受け入れられた2人は、現在火を起こし魚を取っていた。
こうもアッサリ受け入れられるとなると、逆に危機意識が薄いのかと不安にもなるがそこはそれ、ひとえにレオノの"大丈夫"という言葉が大きかった。
「そりゃ1週間もこの人数支えてきてたんだもんなぁ」
遠巻きに人の輪を眺めながら、優護は自分の荷物であるナップサックに目をやる。
レオノが山や海から食材を取ってきていたおかげで人々にそこまで深刻な飢えの様子はないが、それでもその状態で1人向こうから持ち込んだ携帯食料を口にするのは気が引けたのだ。
と、そんな優護のもとへ洞窟で見かけた覚えのある若い男が焼き魚を手にやってきて声をかける。
「なあアンタも食べなよ!レオノ様といっしょに頑張ってくれるってのに腹が空いてちゃ問題だ」
にっかりと人の良い笑顔で呼びかける男の声には純粋な善意しかない。
咄嗟に判断に迷った優護は、ナップサックを指さしてつい言ってしまう。
「や、いいんだ、気にしないでくれ。ほら、俺はこっち来る時に向こうから栄養バーとかゼリー持ってきてるから――」
「何だって?」
迂闊だった。一人だけ食料を持っているなんてことはどう考えても最優先に隠すべきだ。
最悪の場合、レオノが必死に和らげていた集団のストレスを爆発させるトリガーにだって――
「そりゃ飽くまで補助食だ、そんなもんで飯を済ませていいわけないだろう。もっとちゃんとしたのを食わなくちゃ!魚も果物もまだあるからこっちに来なよ」
「――え?あ、いや俺は別に……」
「ダメダメ。アンタ達にこの世界が懸かってるんだからさ!それならちゃんと食える時は食って休む時は休まなくっちゃ!」
強引に手を引いていく男の笑顔はどこまでも爽やかで、優しい強さに満ちていた。
*
電気のない世界は夜が長い。
夕食を済ませた人々は、雨風が凌げ床が平らであることと、何よりプライバシーがある程度保証されるということでクスィラが創り上げた石の"蜂の巣"で各々眠りについていた。一部屋の大きさはカプセルホテルのそれよりもう少し大きく、見た目はそのまま蜂の巣のようである。
優護と大権赦官の3人はそんな"蜂の巣"の前に集まると、再び結論を出すために話し合っていた。
「それで、我々が同行することについての返事を聞かせて貰えるだろうか?」
真っ先に口を開いたのは巌のような体躯の青年、クスィラだ。
飽くまで判断はレオノと優護に委ねるようで、それはピュールも同様らしい。
「はい、優護とも先ほど少々話し合って決めました。あなた方には是非、ここに残っていただきたく思います」
「――そうか」
静かに、男はある程度この返答を予見していたような反応を見せる。
「昼間にも説明した通り、私と優護はあと数日の内に他の場所に居る大権赦官と出会う必要があります」
「その際こんな大人数を連れて動くことは出来ない、と。そういうことだろう?」
「察しが早くて助かります、お二人には是非ここで彼らを支えていただきたい」
そう言って頭を下げるレオノに釣られ、優護もそれにならう。
本来ならばこの2人が戦力として加わればこれ以上ないほどに頼もしいはずだ。が、しかし4人ともわかっていた。ここの人達にとってピュールとクスィラの2人は欠かせないと、あまりにも現状では足りていないものが多すぎると。
「了解!任せなさい、必ずあの人たちはアタシらが守ってみせるから。だからほら、頭なんて下げないでおくれよ」
「その通り、何も気負うことなくその者らの元へと向かって頂きたい。礼をするのは、頭を下げるのは我々なのだ。ここから先、この事件が解決するまでは何が起ころうとあの人々を大権赦官の名に懸けて守り通すと約束しよう」
力強い言葉に励まされ、優護とレオノは顔を上げ破顔する。
「そっか、ありがとう。今のアンタ達なら反転してる赦官がいくら襲ってきても敵じゃないし、これで安心だ」
「そうだとも。我ら序列こそ18位と19位なれど、反転しているのなら例え2位が相手でも負けはしない」
自信満々に、しかし決して驕りではなく確信をもってそう宣言するクスィラの力強い言葉。
その言葉に頷くと、優護とレオノは立ち上がる。
反転した大権赦官が何を目的に動いているのかはわからない。しかしこちらが動くのならば早いに越したことはないだろう。それにあちらも敵がいるとわかっているのなら、夜目のきかない夜は大人しくしているかもしれない。
「じゃ、善は急げだ。早速俺たちは行くよ、あとはよろしく頼んだ」
「あい任された。レオノ殿はよろしいのか?1週間も共に過ごしたのだ、別れの挨拶などは……」
優護に微笑みかけた後、その優しいまなざしをレオノに向けてクスィラが尋ねる。
「大丈夫です、また会いにきますから。なに、もう1週間もかからないで事態は収束します。そしたらまた必ず来ると伝えておいてください」
「それも了解。じゃあ、気を付けて行ってくるんだよ」
2人は桜子の待つ上代邸へ向けて海岸を後にする。
この場に残していく人々を助ける為にも。
7月28日、時刻は21時。
2度目の異世界渡航を果たし、キーとなるレオノとの合流を果たした五条優護の濃い一日は、まだ終わらない。
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