第18話 夜へ
一言に人造人間と言ってもそれが実際に指す物は――或いは者は、様々に存在する。
単純に人の形をしたロボットを指すもの、生身の人間に何かしらの手を加えたもの、その逆に大部分を機械として部分的に肉のパーツを組み込んだもの。
そういった分け方をするのであれば、レオノ・エスペーロという名を与えられた金髪の青年は生身の人間に手を加えたものである。より詳細に語るならば、最愛の息子を亡くしたある男の手によって生み出された存在とするのが正解だろう。
*
生まれた時からその男には何もなかった。
施設の前に捨てられていたらしい彼に家族は居らず、付き合いが面倒で友人も作らなかった。
ただ周りもそうしているからという理由で勉強をし、同じ理由で大学まで進学。偶然にも彼は周囲の人間よりも才能に恵まれていたようで、教授に勧められるまま研究者の道へと進む。
それから10年ほどの時が流れ、空気の様に無味無臭な日々を繰り返す彼の日常に転機が訪れる。
息子が出来たのだ。もちろん彼に親しい異性は居なかったが、その赤ん坊の母親が言うにはどうも自分はその女性に対して乱暴を働き挙句妊娠させたらしい。
泣きながらその事を訴える同僚の女性と、怒りに肩を震わせて殴り掛かって来た見知らぬ男の姿は驚くほど滑稽だったと彼は記憶する。それから程なくして彼は退職し、片田舎へと引っ越して他人の子どもを育てる生活が始まる。
周囲よりも優秀ではあるが趣味もなく贅沢にも興味のないこの男は、10年の間に研究を通して獲得したライセンス料や、そのほか給金を全て貯め込んでいた為に生活は全く困らなかった。
何の縁もゆかりもない赤ん坊を育てることにしたのも気紛れだ。特別仲が良かったわけでもなく思い出もこれといってないが、幼少期の自分を世話してくれた施設の職員たちを思い出したのだ。
1度くらい"良いこと"をしてみるのも悪くない。
そう、考えた。
当然ながら1人の人間を育てることが簡単なハズもない。
彼にとって知識を蓄え実践することは容易いが、赤ん坊というものは常に彼の想定の外を往く存在であった。その行動は時に彼を苛立たせ、しかし時に笑顔にし、目に見えて日々成長していくそれは彼の中に初めて彩りをもたらした。
それから更に20年の月日が流れる。
赤ん坊はすっかり逞しい青年へと成長し、かつて無色だった男は一人の良き父親となっていた。
青年の20歳の誕生日。彼は自分が本当の父でないことを打ち明けるべきかどうかを朝から悩み続け、とうとうレストランのディナーで彼の誕生日を祝っても決めかねていた。
あり得ないと思いたいが、もしもその事を打ち明けて自分から離れていってしまったら?
ずっと黙っていて、打ち明けるよりも先に彼が知ってしまう事態に陥った方がショックを受けるだろうか?
それは以前の彼では考えられないほどに人間的な迷いで、戸惑いで、恐らくは子を想う父親として尊いものであった。
「―――父さんっ!」
息子の切羽詰まった声と、体当たりされた衝撃で思考の海から浮上する。
アスファルトに転がった彼が次に見たのは、酒気を漂わせながら這う這うの体で運転席から出てくる赤ら顔の男と、電柱と車体の間で赤い水を溢す肉。
初めて脳が沸騰するのを知覚した。
初めて砕けるほど歯を食いしばった。
そして初めて、人を殺してやりたいと思った。
それからの彼はまた人との付き合いを絶ち、自宅に籠りきりとなる。
表向きは土葬をして墓も建てたが、その後遺体を回収しひっそりと蘇生させようと企てたのだ。無理な事だと分かってはいても、それでも彼は止まることが出来なかった。
2年が経つ頃には内部の7割を機械含む人工物に変えながらも、とうとう命が宿りさえすれば問題なく機能するという程に形を整える事が出来た。
が、人間が死者に命を与える手段など存在しない。
人間は賢いが神ではないのだ、失われた命を戻すなんてことは出来ない。
あらゆる手を尽くし、その度に絶望を味わう。
絶望を味わっては息子との日々を思い出し立ち上がる。
ふと、そんな日々の折に思い出すことがあった。それはまだ青年が少年だった時に一緒に見た映画の台詞だ。マスクをつけたヒーローが、家族を亡くしたという少女に言っていたのだ。
「今の君は幸せな日々が終わって、ひたすらに続く悲しみの中にいることだろう。でもね、この世に永遠なんてものはないんだ。確かに君の幸せは途切れてしまったが、絶望にも永遠はないんだよ。人はそれを繰り返すことで強くなっていくんだ。……どうやって絶望を?そりゃ簡単さ、ヒトには愛がある」
陳腐な台詞だと感じた記憶がある。
子ども騙しのそれっぽい"良いセリフ"だ、と。
「愛の力は無限大、どんな絶望にも打ち勝つスーパーパワーさ!」
そんな綺麗事で世界が回るなら誰も苦労はしないだろう。
愛の力とやらで貧困も飢餓もなくしてやれよ、なんて感想すら浮かぶ程度には内心バカにしていた。
……していたのに、今となってはなんだかそれがとても大切なことなのではないかと思うようになっている自分に驚いた男が、つい吹き出してしまう。
若くもないのに無茶に無茶を重ねた体はボロボロで、精神的にも参ってしまっているこの八方塞がりの状況で、確かに自分に残されているのはもう息子への愛だけなのかもしれない。もしも神さまっていうのが本当にいるのなら――この命と愛を引き換えに、あの肉体に命と心を与えてやって欲しいと本気で思ってしまう。
「ウチにはそんな事してあげられないけど、他でもないアナタのチカラならそれが出来るわよ?」
唐突に、そう耳元で囁く少女の声が聞こえても男は大した反応を見せなかった。現実逃避したいあまり都合のいい幻聴が聞こえ始めたか、もしくはとうとう天の迎えが来てしまったか。或いはもっと純粋にとち狂った盗人でも侵入してきたのか。
しかしそのいずれも男にとって大した問題ではなく、静かに笑うと立ち上がり、穏やかな表情で横たわる息子の頬を撫でて目を閉じた。
本当に今の声の通りなら、それで構わない。
そう念じた直後、指先が動きを感じ――
*
「おはよう。寝覚めはどうかしら?」
知らない女性の声で、かつて青年だった者が起き上がる。
体のあちこちが軋むが動作に支障はなく、時間の経過で馴染むだろうことを確認して寝台から降りると、声の主と同時に見知らぬ男性の亡骸が視界に入ってきた。
「あの、これは――」
「ほいこれ。博士……そのおじさんの日記ね」
擦れる声で言葉を紡ぐが、女性がそれを遮りポンと一冊の本を投げてよこす。
声の主は水色の髪をした若い女性で、人によっては少女と形容してもおかしくない程であった。その髪と同じ淡い水色のネイルと、右耳に付けたコイン程はあるだろう大きなダイヤモンドのピアスが特徴的な彼女は、透き通る声で更に続ける。
「日記によると君の名前はレオノ・エスペーロだって。意味は……ウチからは言わないでおくね、日記を読んでちょうだい。それから――」
一度言葉を区切り息を吐くと、ニコりと笑顔を見せてから改めてレオノに告げた。
「おめでとう、アナタは大権赦官の第一位に選ばれました。レオノ、アナタには……そうね、"希望"を担っていただくとします。うん……第一位と、なによりアナタにふさわしい大権ね」
*
「大権赦官というのはこの世界に存在する異能力者の呼称です。1から100までの序列が用意されていますが、数字が表すのは飽くまで許容率といいますか……どれだけ管理者本来の出力を再現出来るかを計るものでしかありません」
レオノと優護は"打倒した大権赦官の見張り"という体で洞窟から離れ、波の音が心地良い浜辺へと来ていた。が、着くなりレオノが切り出した衝撃の告白によりすっかりと話し込んでいた。
人造人間という事実に驚きながらも、まずは優護側の事情を話すとレオノはこれに快く賛同し事態解決への協力を約束。その後は彼自身の話を含め、大権赦官とディアマントについて知っている限りを教えてくれることとなった。
「私たちが個々に司る異能はその人物の心性に根差したものが付与されます。ですから、序列が戦闘能力に直結しているわけではないのです。例えば優護とあの岩を操る彼の会話が成り立っていたのは、11位の"言語"を司るレゲインさんが彼らに何かしたからでしょう。ですが言葉を操る彼女ではもっと直接的な攻撃手段を備えている相手には太刀打ち出来ない」
「なるほどな……で、どうしてその大権赦官に襲われていたんだ?さっきの連中で2人、11位の子も協力しているのなら3人だ。100人しかいないのに仲間割れなんてするのか?」
優護の真っ直ぐな疑問にレオノが困ったように笑うと、ゆるゆると首を振ってから口を開く。
「それが私も謎なのです。大権赦官に選ばれる条件は幾つかあるそうなのですが、最も大切な項目として"人々の希望と成り得る人物"が設定されているとディアマントから聞いたことがあります」
「つまり――」
「はい。本来であればあり得ない彼らの行動は、何者かによる洗脳だと考えるのが理にかなっているかと。現に先ほど彼らに触れた際に何らかの絶望を消すことが出来ました」
もしもそれが本当だとすればいったい何人の大権赦官が立ち塞がるのだろうか、と想像しかけた優護だったが、直後にレオノの気になる言葉で意識を戻す。
「絶望?消したってどういう……?」
隣に腰掛ける金髪美青年の言葉の意味が理解できず、思わず少年は聞き返してしまう。
「ええ。私の大権は"希望"ですが、その効果とは私が"絶望"であると判断したものを目視したのちに触れることで打ち消すことが出来る、というものです。なんであれ命を奪うことは出来ませんが、炎の彼女と優護が運んできた岩の彼に洗脳がかけられているとすれば、それは間違いなく彼らと多くの人々にとって絶望でしょう」
「へぇ、それであの人たちの中から絶望を消したってわけか……優しい力だし、何より"希望"って響きがカッコいいな!」
満面の笑みを見せる優護に青年も釣られて笑顔になると、お返しにと優護も自らの持つ異能を説明する。心式という異能の存在や、自らの持つ"救済"の心式に関する事を幾つか。
気付けば時刻はすっかり夕方で、山の向こうに沈みいく夕陽のオレンジが辺りを照らしていた。
「他者の為に他者の力を借りられる……と。優しいのは優護もですね、私の力で良ければ何時でもお役立てください」
優護が借りている間は本来の持ち主が使用不能になると伝えたうえで、なお迷わずそう言ってのけるレオノの姿に眩しいものを感じるが、思わず優護は聞き返してしまう。
「ダメだ。気持ちは嬉しいけど、それじゃあさっきみたいな非常時だったら急に大権を使えなくなるんだぞ?」
「大丈夫です、こう見えて体は頑丈に造られていますからね。先日も突然海へ落下してきた旅客機を支えたまま海上を走ったほどです」
相変わらずの笑顔で返され、どこから突っ込んだらいいのかわからなくなるが、少年は落ち着いて青年の台詞を反芻する。
そうして気付くのは、何故こんな海岸の洞窟にあれだけの人が居たかだ。
中にはスーツ姿の人も多く、とても海に遊びに来ていたようには見えなかった。
「ってことは洞窟にいた人たちは……」
「ええ、乗員乗客の皆さんです。操縦士やCAの方の協力もあって全員無事に救出する事が出来ました。プロは凄いですね、あの状況でも冷静でした」
「……そっか」
人造人間だと打ち明けられた直後から変わらなかったが、今の話を聞いて改めて少年は確信する。
この青年は、当たり前の感性と価値観、判断力を持っている人間だ。
「やっぱり変ですかね?大権も何もなくたってそんな力が使えるんです、危険ですよね。普通じゃない」
優護の相槌をネガティブに捉えてしまったのか、レオノは眉尻を下げて笑う。
あるいはそういった反応を普段から予期しているのか、若しくは自己評価がそうなのか。
ともかく優護は慌てて手を振り勘違いを正す。
「いや普通だって。普通のいい奴って感じだ」
「――あははっ、なんですかそれ」
青年は一瞬ポカンとした顔をするが、直後に吹き出す。
それから辺りが暗くなり、正気を取り戻した2人の大権赦官が目を覚ますまで、浜辺には友人どうしの賑やかな声が続いた。
*
同時刻、上代邸。
優護とレオノが友人になったように、こちらも良好な関係を築くことが出来ていた。
「なるほど、それは素敵な弟さんですね」
「そうねぇ……でも手がかかって仕方ないのよ」
はぁ、と嘆息する桜子の正面にはすっかり意気投合した様子でお茶を啜るメイド、リヴィア・ポルト―ネが着席している。
「未だに貴女がオレどころかリヴィアよりも年上だなんて信じがたいが……なるほど確かに、どこか母親のような気概を感じるな」
「――――」
1人席を立ち、壁に身を預けながら真っ暗な外を眺める響也は、蝋燭の明かりだけが頼りとなる室内の様子――特に、桜子の頬が若干強張った事には気付いていない。
「桜子さま、主が大変失礼いたしました。その、申し訳ございません。主はバカで……」
「いいえ?特に何も?気にしていないわ?」
バカと言うなバカと、と不満げな響也は本気で何か悪い事を言ったのか思い当たらない様である。
が、しかしそれ以上話が展開するよりも早く桜子が真剣みを増した声で2人の注意を引いた。
「おしゃべりはここまでね、どうやら来たみたいよ。話に聞いた大権赦官って人たちが、ね」
優護と桜子がこちらに来てから一度目の、夜が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます