第16話 二つ目の世界
五条優護が3人の大権赦官と激突した7月29日の深夜よりも少し時は前後して7月28日。フィエリとサラのリール姉妹が遊びに来ていた翌日のお昼頃、そして五条桜子が上代邸を訪ねる2時間ほど前。
五条姉弟とテレストラが暮らす部屋のインターホンがピンポンと来客を告げる。
「はーい今出まーす……って、なんだアンタか」
「む、なんだとは随分なご挨拶じゃないか優護」
"管理者さまだぞー"と頬を膨らませる翡翠色の少女の名はスメラルド。優護たちが暮らす世界の管理者であり、五条優護を今回の救世主に任命した上位存在である。
「あー、確かにそれもそうだな……なんかスゴイ親しみやすかったからつい。不快だったなら改め――」
「いっ、いや!僕は心が広いからね、君の無礼を赦すし態度を改める必要もないとも!親しみやすかったというのなら仕方ない……それも"スゴイ"親しみやすかったのならね、うんうん……ふふふ」
「んー、そうか?そう言うならまあ……じゃあ取りあえず上がってくれよ」
管理者という立場である以上、対等な相手は当然同じ管理者にしか務まらない。
大抵の人間は彼女の正体を知るや否や敬服するか利用を企むかのいずれかである為、そもそも人間に正体を明かしてなお関わること自体が数百年、数千年に一度あるかどうかといったところである。その中でもこの様にフランクに、明け透けな態度で接してくれる者が彼女にどれだけ貴重な存在であるかは想像に難くない。
「あらこんにちは。1週間ぶりね、また何か事件かしら?」
「やぁ、こんにちは。君たちは相変わらず話が早くて助かるよ」
リビングで待っていた桜子が挨拶もそこそこに問いを投げると、スメラルドがそれを肯定する。
と、その直後にもう1人の住人が口を開く。
「こっ、こんにちは!あの、この間はちゃんとお礼も言えなくて――」
「いや構わないとも。散々言われたかもしれないが君は被害者の一人だ、顔を上げて欲しい。……うん、元気そうで何より」
"この間"、というのは姉弟に先行してこちらの世界へ2人が渡って来てから姉弟が戻るまでの間の事であろう。その間にスメラルドは彼女に日本語と最低限の知識を授けている為、姉弟と並んで彼女にとっては恩人の一人であることに間違いない。
「それじゃあ早速なんだけど僕の話を聞いてもらえるかな?今度は少々厄介でね、前回の様に対象の異能者1人を無力化すればそれで済むわけでもないし、なんなら相手は人間じゃないんだ」
人間じゃない。
その言葉に優護と桜子は色々な可能性を思索するが、果たしてそれを口にするよりも早く管理者から答えが告げられる。
「神、と呼ぶのが一番手っ取り早いかな。それからその神に協力する異能者集団がざっと100人ほど。言ってしまえば神による管理者への反逆さ」
地底人や宇宙人、獣人にアンドロイドからヴァンパイア、ゾンビまで。
優護のあらゆる想像が一掃される。
「神っていうのは、流石に予想外ね……」
それは桜子も同様のようで、どうにもイメージが追いつかないのか口の端をヒクつかせて困ったような笑顔を浮かべていた。そして次に、ある疑問を彼女は管理者の少女へ提示する。
「それより、管理者が奪えないのは人間からだけでなかったかしら?神が相手なら管理者の力を振るえるのではないの?」
「ああ。それが人間から全く必要とされていないのなら可能だとも」
それがどんな人間であれ。
それがどんな理由であれ。
必要とする人間が一人でも居るのなら管理者はソレを奪うことは出来なくなる。
「なるほどね、つまり――」
「そ、先手を打たれた。その神は既にある一人の少女から必要とされる存在に成っている。破滅願望があるのか洗脳なのかはわからないけど、ともかく必要とする人間が居る以上は奪えない」
そこまで答えると、スメラルドは視線を桜子から優護へと移す。
「そんなわけで2つ目の世界はタイムリミットこそ1週間後なんだけど、その少女の異能も厄介でね。障害になる相手がなかなか多いから現地の使えそうな人材に目星はつけてある。先ずはそこへ接触して戦力を集めて……と、他にもいろいろ、主にあっちの管理者絡みが面倒な事になってて僕はそっちに付きっきりかもだけど、どうか助けてくれるとありがたい。その管理者は割と自業自得なところもあるんだがなにぶん僕の妹分のようなヤツでね」
「おう、格好はまた制服でもいいのか?」
本当に話を聞いていたのか怪しくなるほどアッサリ返事をする少年に、驚きを通り越して呆れたような眼差しを向けた後スメラルドが口を開く。
「そうだね、次の世界は
「ゆー君が行くのだもの、来るなと言われても行くわ。ただ――」
「うん、その子はリール邸で1週間の間預かってもらう。アメティストを通してフィエリやサラちゃんの了承は得ているとも」
会話の内容と展開の速さにいまいちついてこれないテレストラだったが、取りあえずその部分だけは理解したようでコクリと頷く。やや表情が硬く緊張しているようであるが、リール姉妹が相手な事もあって突然の帰郷にも落ち着いているようだ。
「協力ありがとうテレス。それからもちろん桜子ちゃんも」
それから10分程で各自の準備が終わりリビングに戻ってくると、いよいよ世界移動の為に空間が揺らぎ始める。文化水準以前に、そもそも協心術によって全く異なる文化体系を持つ世界へ飛ぶテレストラの荷物は少ないが、反面こちらとほぼ変わらないらしい世界に1週間の滞在が予定されている2人はカバン1つ程にまとめた荷物をそれぞれ抱えている。
「よし、と。準備は良いね?それじゃあ早速行こうか、2度目の人類救済に」
*
ざあ、と潮騒が優護の耳に届く。
青い海が太陽の光を反射しキラキラと輝いているが、海上に漂う元が何とも知れない大量の残骸が常時ならざる物々しさを見る者に与える。
転移の後、スメラルドは優護と桜子にそれぞれキーとなる異能者――大権赦官の居場所を告げると早速この世界の管理者を訪ねに姿を消してしまった。曰く――
「この世界、というよりこの世界の管理者と僕は少々特殊な関係にあってね。通常ならその世界を担当する管理者にしか知り得ない情報も断片的にではあるが入ってくるんだ。ま、そこら辺もきちんと後で説明するとも。取りあえず君たちは7月30日までに上代響也の邸宅に集まっておいてくれ、はいこれ目的地印した地図ね」
という事らしく、現在少年は海岸沿いを歩き"レオノ・エスペーロ"という名の青年を探していた。
"電子機器は壊れるから置いていきたまえ"という出発前のスメラルドの言葉に従い、スマートフォンなどは持ってきていないため慣れない紙の地図と格闘中である。
「相性的に考えて……うん、優護はレオノを、桜子ちゃんはリヴィアを訪ねて味方に引き入れてくれ。リヴィアは上代響也の邸宅でメイドをしているから、必然的に集合は優護とレオノが上代邸を目指す形になるかな」
管理者の言葉をもう一つ思い出す。
それと同時、優護はレオノという人物を彼女がなんと評していたかをふと呟く。
「優しいバカ、か。果たしてどんな――って、名前からして日本人じゃないよなレオノ・エスペーロって!?日本語で大丈夫か……?」
アメティスト世界に飛んだ際はスメラルドのサポートがあったものの、こちらはほぼ同じような世界かつ日本へ飛んだ事ですっかり言語の壁を忘却していた少年は土壇場になって焦り出す。
「どうすっかなぁ……言葉は思い出して使うのやり辛いんだよな」
そう独り言ちていると、不意に地面を伝い腹まで響く轟音と共に黒い煙が砂浜の先に昇る。
方向は地図の印と同じ。であれば異能者であるというレオノが交戦中と考えるのが妥当である。
慌てて優護もそちらへ向けて駆けだすと、数秒ほどで土煙が立ち込める中に立つ2つの影が見えてくる。
一方は金髪碧眼で、白馬にでも乗せたならさぞや絵になるだろう美青年。もう一方はややキツい目つきと長い栗毛、それから掌に纏う焔が特徴的な女性である。青年は戦闘中であるだろうにも関わらず余裕の微笑をたたえており、対象的に女性の方は異能の焔を猛らせながら彼のことを睨みつけている。
「困りました。範囲攻撃型の貴女と鉢合わせるとは」
「チッ、あんたが1位のエスペーロだね?面倒な力を使いやがる……クスィラ!!!」
と、焔の彼女が人名と思しきものを叫ぶと同時。金髪の彼の後方数百メートル―――砂浜の終わりにそびえる
恐らくは"クスィラ"と呼ばれた者の異能なのであろう。発生が真後ろかつ目の前の女性に注意していた青年は一瞬反応が遅れ、歩き出そうと―――あるいは何か足元のモノを踏み潰そうと片足を上げる巨人目掛けて駆け出す前に、進路を幾重にも重ねた炎によって阻まれる。
「あんたに触れられたらなんでか知らないけどアタシの炎が消えた……。でもそれならそれでやりようはあるわけよ」
「幾重にも展開した炎の渦……!対策が早くて本当に厄介ですね」
少しばかり歯嚙みしながらも飽くまで余裕の態度を貫く青年が、石の巨人よりも早くそちらへ一歩目を踏み出す直前、その横を猛スピードで駆け抜けていく影があった。
「あっちは任せてくれ!大丈夫、
「……へ?」
思わず間の抜けた声を上げる青年に、反応すら出来ない焔の女性。
影の正体はもちろん五条優護。彼が離れた位置に居たにも関わらず一番早く巨人へ反応出来たのは、単純に現れる前から
助けを求める多くの声が、今や巨人の足元となる場所にひっそりと口を開く洞窟の中から。
きっと金髪の彼がここで戦っているのもそれが理由なのだろう。洞窟に隠れる彼らを巻き込まないように、なるべく離れた場所で迎撃に当たっていたのだ。まだ素性も何も他人からの情報でしか知り得ないが、それでも十分。彼の支援をするのにそれ以上の理由は必要ない。
そうして巨人が一歩目を踏み出す前にその眼前へと立ち塞がると、そのまま振り下ろされる右足を目掛けて右の拳を叩き込み、受け止めるどころか粉砕しながら押し返す。
「レオノ・エスペーロだよな!?俺は五条優護、信じられんかもしれんが異世界から来たアンタの味方だ!」
荒唐無稽にもほどがある自己紹介だが、この状況でこれ以上の説明が少年には思いつかないため続く行動で示していく。押し返すに留まらず、そのまま飛び上がると胴体を蹴りつけて元の崖壁へと蹴り倒し、洞窟の口を守るように―――中で身を寄せ合い震えているであろう人々を背に負って立つ。
「痛ってぇ、なんだこの馬鹿力は……」
「クスィラ!遊んでないでしっかりや――がぁッ!!?」
ガラガラと音を立て、破片を散らしながら立ち上がる巨人の中から若い男の声が響くと、それに対して怒鳴る女性の声も轟く。炎の渦を横目にしながら叫ぶ彼女だが、しかし次の瞬間には渦が掻き消えその中から現れた拳に殴り飛ばされる。
「ええ、確かにそれは私に与えられた名前です。そして私は貴方を信用しましょう。いえ、根拠なく勘などで決めてはいないですよ。貴方を
「ああ、任せてくれ」
力強く優護が答えると、2人は一瞬だけ視線を交わし、次の瞬間には再び目前の敵を見据えていた。
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