ディアマント世界
第14話 ファーストコンタクト
「ぼっちゃまお待ちくださいっ!」
「うるさい!その呼び方はヤメろと言っているだろうリヴィア!」
「では
7月28日。
夏休みに突入し1週間が経過した
「毎日毎日、よくもまあ飽きずに同じ小言を繰り返すよなぁお前は!」
「そう思うのでしたら大人しく机に向かってください!!」
派手な金髪に御付きのメイドという待遇。それからなによりも彼らがドタバタと騒がしく走り回っているのが劇場やホテルを連想させる大きなエントランスであり、それが上代家の私邸の一部であるということから響也さまと呼ばれた少年の立場が伺える。
世界を股にかける超巨大財閥"上代グループ"の御曹司であり、将来は約束されたも同然のお坊ちゃまにして14歳相応の感性も併せ持っている少年。彼がなぜメイドのリヴィアから逃げ回っているのかと言えば――
「だっておかしいだろう!もう1週間近く停電と断水が続いているんだぞ!?」
「心配ご無用です。お屋敷には貯水槽に電力不要の浄水設備、家庭菜園から倉庫にはまだまだ大量の備蓄もございますので外出は必要ありません」
「そうではなくてだなっ!」
事態に対する認識の差に苛立ち、思わずリヴィアの方を振り向いた響也の動きがそこで止まる。
「ダメなのです。異常だと思うのでしたら尚のこと外出はお控えください。どうかお願い致します」
深々と頭を下げるメイドの姿に言葉が出ず、屋敷が静寂に包まれる。
1週間前までは常に10人以上の人間が住み込みで働き少年の面倒を見ていたのだが、今ではもうリヴィアと呼ばれるメイド以外は屋敷に残っていない。彼女以外は実家が地元であるため1週間前全員に暇を出したのだ。
そう、1週間前だ。事の発端は1週間前に遡る。
*
始まりは些細なものだった。
夜の22時半を過ぎた頃。響也が自室にてくつろいでいるところ、ふっと部屋の電気が消えたのだ。直後に廊下から聞こえてきた使用人の小さな悲鳴でそれが部屋だけでなく屋敷全体、窓から外を見て街全体に起きていると気付く。ただ事ではないと感じたのはその更に一瞬後だ。
情報を集めようと目を向けた机上のノートパソコンと、その横で充電していたスマートフォン。そのどちらもが真っ暗な画面のままうんともすんとも言わないのだ。テレビも点かず、それどころかエアコンや掃除機、果てはデジタル時計に至るまで。電子機器は全てが使用不可能な状態となっている。
なんとも不可思議な現象であるが、実際に起きてしまっている以上どうしようもない。地方都市の、さらに中心部からは少し離れた丘の上にあるこの屋敷であれば特に停電も電子機器の不調も緊急の問題にはならないのだが、今も仕事でどこに居るのやら世界中を飛び回っている両親と街に暮らす友人の姿が脳裏に浮かぶ。
「オレは少し街の様子を見てくる。リヴィア、お前も付き合え」
「いいえ、ぼっちゃまはお屋敷でお待ちください。街の様子は
「危険が多いのは理解している!しかしだな……」
「ご学友の皆さんや商店街の方々が心配なのはわかります。先ほどから火の手も上がっているようですし、恐らく家電のように自動車や列車の電子部品にも不調をきたしているのかと」
そうなのだ。家電が使い物にならないなどということはどうでもいい。
もしもこの不可思議な現象が走行中の自動車や列車にまで影響を及ぼしていた場合、既に街の中は大惨事であろう。最悪、飛行機が降ってくるかもしれない。
現に今。まさに街の中心目掛けて墜ちていく巨影が――
「リヴィアッ!」
「承知しました」
そう残して次の瞬間にはメイドの姿が屋敷から消える。
一瞬の後、その姿は落下する機体の右翼上にあった。
普通の人間であればまず不可能な芸当。彼女は全く呼吸を乱さずに20kmもの距離を詰めた事になる。
翼上の彼女が続けて両手を前方にかざす。すると、旅客機の巨体が問題なく入るほどの巨大な門がどこからともなく空中に出現した。その門を開くように彼女が手を動かすと、連動して空中の巨門もその口を開ける。
「……ごめんなさいね」
機体が門に吸い込まれる直前、目を伏せてメイドが呟く。直後に空中へと身を投げ出し機体から離れると、街の上空から旅客機が姿を消したのを確認して門を閉じる。繋がる先は夜の太平洋沖。運が良ければ水面への胴体着陸が成功するかもしれないが、電子機器やコンピュータの類がハナから全て死んでいることに加えて、無事に着水出来た所でその後の救助が望めない。
であれば、やはり乗員乗客の生還は絶望的である。
つまるところ単純に、純粋に。
彼女は旅客機1つ分の命を殺したのだ。
街に墜ちれば更なる被害があった。ほぼ垂直にコンクリートへ激突するよりは幾らでも海面へ水平になるように送ったから、生存率はあげられた。所詮は十位の自分にしてはよくやった方だ。
いくつかの言い訳が心の中を這いずるが、そこで彼女は切り替えを終わらせる。
「戻りました」
「おう、おかえり。……辛い事をさせてすまな――」
「いいえ、何も辛いことなどは。それにぼっちゃまは
翼上に現れた時と同じように、瞬く間に街の上空から屋敷の玄関へと移動した彼女が主へと帰還の挨拶をする。幸いにもこの腕白主人は彼女の言いつけを守り屋敷から出てはいなかった。
その後はリヴィアによって全ての使用人を彼らの実家へと送り届け、"緊急時こそ普段通りを心掛けるべきです。電気がなくとも勉強は出来ます。さぁ"と頑なな態度の彼女に負けて1週間を過ごす事となる。
街の事から気を逸らそうとする彼女の目的は明白だ。"
ただ。
その切っ掛けの方から彼らのもとを訪れない限りではあるが。
*
「やはり知り合いと使用人連中だけでも屋敷に連れてくるべきではなかったか?街の様子はわからんが、お前が危険だと言うのならそこに放っておくのは――」
「なりません。非常時においてはどのような人間でも豹変してしまう可能性を秘めています。響也さまの人を見る目を疑うわけではありませんが、大量の備蓄に目を眩ませないとも限りません」
停電、というよりは電子機器の大規模ブラックアウトが発生してから1週間後の7月28日。何度目になるかもわからない言葉の応酬を2人は展開する。
「それに、使用人の彼らには私と異なり家族もいます。幾ら危険であっても――いえ、危険であるなら尚のこと家族と共に居たい事でしょう」
「む……確かに家族と一緒には居たいだろう、オレも父さんや母さんの事は心配だしな。だけどなリヴィア、オレはお前も家族だと思っている。……だから、その、なんだ。あまりサラリと悲しいことを言うな」
想定外の反論を受けてリヴィアが一瞬フリーズする。
ぽっと頬を赤く染め、次に口を開くその直前。コンコンと軽く壁をノックする音が豪華な玄関ホールに響いた。来訪を知らせる為にドアを叩くそれではない。話を始める前に自分へと注目を集める為に行うものだ。
「お取込み中のところ失礼するわ」
――いつの間に?
屋敷周辺の地面には適当な街中へと繋げた不可視の門を常時展開している。仮にそれを超えてこられたとしても、まさか屋敷の中に――それもこんなに接近されるほど――近づかれて気付かないなどあり得ない。いくら会話の最中だったとはいえ、全く物音が聞こえなかった。
「――ッ」
浮かぶ疑問を振り払うように、声を発した人影目掛けてリヴィアが蹴りかかる。
知り合いであれば堂々と屋敷へと入る前に名乗っているはずだし、なにより彼女の知る限りで不可視の門を用いたトラップを超えて来れる者はこの街にいない。ならば最優先は会話ではなく排除だ。
が、しかし彼女の蹴りは侵入者をすり抜けて壁を破壊するだけであった。
「なっ……!?」
「驚かせたのはごめんなさい。でもどうか落ち着いてちょうだい?私だって悩んだけどあの分厚いドアをノックしたところで中まで響くかわからなかったのよ」
淡々と話す少女は、見た目の印象ではせいぜい中学生といった感じであるのだがその口ぶりはやけに大人びている。19歳のリヴィアよりも、更に年上なのではないかとすら響也は錯覚する。
「このッ!」
「無駄よ。お屋敷の壁やドアに、あの変な落とし穴もこうやってすり抜けたって言えば理解が早まるかしら」
まるで少女の言葉など聞こえていないかの様に徒手空拳を繰り出すリヴィアであったが、それも数秒後には主の命令を受け停止する。
「ストップだリヴィア。彼女が害を為すつもりなら、気付いていなかったオレたちにワザワザ声はかけないだろう。ありがとうな」
「い、いえ……私は別に……」
「いやいつも助かっている。それで貴女はなんなんだ?恐らく初めましてだと思うんだが――」
主従のやり取りをニコニコと眺めていた少女へ向けて響也が言葉を投げる。
「ええ、初めましてで間違っていないわ。君が上代響也くんで、貴女が
それが切っ掛けとは未だ気付かず、彼女の素性を問うてしまう。
「私の名前は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます