第10話 報酬
「それじゃあ作戦だけど……俺がどうにかしてテレストラの協心術を借りるからさ。そしたらスメラルドは異能を振るえなくなった彼女を連れて向こうの世界に飛んでくれ」
屋敷を発つ直前。アッサリと優護がそう告げる。
世界を超えれば協心術が振るえなくなる事を管理者の2人が忘れていたわけではない。
五条優護の心式について知らないわけでもない。
ただその条件が、同じ目的を持たなければならないという条件が、獣化手前の強大な協心術を振るう相手に対してあまりにも無謀である為に最初から選択肢から除外していた。
「どうにかって君なぁ……」
「まあ多分そこは姉ちゃんと、あとはアンタら管理者の桁違いの幸運頼りになると思うからよろしく頼む」
「ちょ、ちょっと待ってください!まさか人類存亡を運任せにするつもりですか!?」
「あら、貴女たちの幸運を提供してくれるならそれは最早"幸運"なんて代物じゃないわ。きっと望む未来を引き寄せる力に成り得るはずよ」
桜子が優護の作戦に賛同したのがよほど意外だったのか、アメティストが愕然とした様子で桜子を見つめる。が、フワフワ漂う当の彼女は微笑むだけである。
"用事がある"とサラを連れて先程部屋を出て行ってしまったフィエリたち姉妹には作戦を伝え損ねたが、管理者でさえこの反応なのだから伝えずに発つのが正解なのかもしれない。
「まっ、君たちを頼る以上あんまり口を出す気も無い。僕は僕の世界の力を信頼しているとも」
一瞬こそ迷った様な反応を見せたスメラルドであったが、素早く切り替えると更にこう続ける。
「そ・れ・に!無事に世界救済を成し遂げた暁にはアメティストが何でも望むモノを用意してくれるから、頑張ってくれたまえ」
「へぇー、ちゃんと報酬とか用意されているんだな。てっきりボランティアかと」
「世界を救って貰ってお礼も無しだなんて、流石にそんな事はいたしませんとも。救われた世界の管理者は、救世主に対して感謝と共に望むモノを与えるのが慣わしです」
そんな知るハズも無い慣習を告げたアメティストが、"当然、文明を破壊しない程度のものに限りますが"と付け加える。
と、コンコンとドアをノックした後、リール姉妹が部屋へ入ってくる。
「お待たせしました~!」
何やらテンション高めなサラと、一歩遅れてフィエリが入室してくる。フィエリもフィエリで笑顔が一層明るくなっている気がするが、"用事"の内容は彼女たちが語らなかった以上踏み入って聞くのも躊躇われたので誰も触れようとはしなかった。
「揃ったわね。それじゃ、早速行きましょうか」
管理者の注意が逸れる前に桜子が声をかけて場を纏めると、一行はいよいよ廃城へと発つ。
人類を救うために。
*
しばらく朝焼けを見守っていた5人が帰路に就く。
とはいえ、サラの協心術でオールスの街へと転移するだけなのだが。
「4回目ともなれば、流石にこの感覚にも慣れるわね」
転移が完了し、桜子が呟く。
数時間ぶりにリール姉妹の部屋へと戻って来た一行は、しかし休む間もなく街へと繰り出した。
まずフィエリが街全体を囲う水壁を再び形成すると、サラの転移で街中を飛びながら、各避難所にもう大丈夫である事を伝えて避難所入口に施した水壁の解除を行っていく。一方で、優護は上空を漂いながら街を俯瞰する桜子の指示を受け、ひたすらに走り回り泥の怪物の駆除を進めていく。
街を隅から隅まで走査するのには、当初想定していた程の時間はかからなかった。泥の怪物が弱体化していることもその一因ではあるが、より大きなものとして優護の幸運があったのだ。2人の管理者から頂戴していたその幸運は、次から次へと街の中に残っていた怪物を優護の元へと誘った。結果として、午前中のうちには街の中から怪物の姿が完全に消える事となる。
「街の外も気になるが……」
休憩の為に三度リール邸へと戻って来た優護が、窓からお祭り騒ぎの街を眺めてそう溢す。
怪物被害は当然この世界全体の問題である。未だに救援を求め、震えている人だってどこかには居るのかもしれない。が、五条優護は人間である。神さまでもなければ管理者でもない。目につく範囲、手の届く範囲の人は助けるようにしているが、そんなどこに居るのかもわからない者まで救うことは出来ない。
「流石にそれはこの世界の人間たちで解決する問題ですから、貴方が頭を悩ませる必要はありません。優しい事かもしれませんが、アレもコレも救いたいというのは、過ぎれば傲慢かと」
アメティストが優護の呟きを拾って返す。
彼が心式に覚醒してからの9年間で、その辺りも自分の中では線引きをしたつもりではあったのだが――。
「……そうだな。すまん、気が緩んでいた」
「気が緩む……?いえ、まあいいでしょう。貴方の普通を計る気はありません」
気が緩む事と、誰かれ構わず救おうとする傲慢さ。その繋がりが読めない彼女は追及をせずに異なる話題を振った。
「時に、貴方への報酬ですが――」
「ああ。それならもう決めてあるんだ」
食い気味の返答にアメティストが意外そうな表情をする。
「そう、ですか……それは良かった。何も要らないと言われてはこちらとしてもスッキリしませんからね。正しい事を成した者にはそれに相応しいものが与えられるべきです」
しかし、と一度言葉を区切ると彼女は笑みを浮かべて再度口を開く。
「意外でした。てっきり貴方はそういった報酬とかお礼には興味がないのかと思っていたので、人間らしい一面を見れて少しホッとしています」
「なんだよそれ?別に俺だって何かくれるってんなら貰うし、ありがとうって言われるのは嬉しいさ。それに、約束もしちまったからな――
アメティストの発言に笑いながら返す優護だが、アメティストの方は「約束?」といまいち話が繋がっていない様である。同じく休憩中で、2人のやり取りを見守っていたリール姉妹もきょとんとしており、唯一優護と記憶の共有が出来る桜子だけが少年と少女の約束を把握して微笑む。「こっちの話」と、優護は付け加えると管理者の少女へ改めて向き直り、人類救済の報酬を口にする。
「それじゃあアメティスト、この騒動で傷ついた全ての人を癒してくれ」
*
楽し気な声が……いや、そう呼ぶにはもう少し強い感情に満ちた声が聞こえて来る。
誰に告げるわけでもなく叫ぶその声が、形作る言葉には希望が溢れていた。
曰く、泥の怪物が再生しなくなったと。
曰く、絶望は消え去ったと。
なるほどそれは朗報だ。妻と、それから4歳になったばかりの娘をいつまでもこんな地下室で生活させる訳にはいかない。もしも本当に騒動が終息したのなら、これから世界は以前の様に、社会は今まで通りに、動き始めるのだろう。
……でも俺は?いや、俺たちは?
「おとうさん。足、いたい?」
「あなた……うっ、うぅ……」
片足でどうやってこいつらを養っていけばいい?机仕事ができる頭も、手先の器用さも無いのに。
体の弱い妻と、まだ幼い娘の面倒を見る為ならなんだってするさ。微塵も苦にはならない。でも、だけど、そもそも一人じゃ満足に動けないこの体で俺は―――。
「ハッ……あがぁ!な、何だぁ!!?」
噛みちぎられた右足の断面が熱い。どんどん熱を持って……!?
「う、嘘だろ……足が――」
暗い地下室の、その湿った空気とは裏腹に。
外と同様、希望に照らされた空気が満ちていく。
*
「これで貴方への報酬はきちんと支払われました……いささか引っかかる部分もありますが」
彼の個人的な欲望から来る報酬に興味があっただけに、肩透かしを食らったようでやや不満げな管理者が、世界を対象とした治癒の完了を告げる……のだが、
「ああ、ありがとうな」
満面の笑みでそう言われてしまっては、文句も出てこない。
アメティストとて人間を助ける事は当然好ましい事である。ただ、それを当然と思われてしまっては彼ら人間の成長の妨げになる。
"なんか知らないけどヤバくなったら奇跡が起こる"。それではダメなのだ。物事には理由がなければならない。今回であれば救世主による救済の一環、辺りが妥当であろうか。
脈絡のない奇跡ではない。彼が居たからこその必然。飽くまで今回限りの結果。
そういった認識を持ってもらわなければならない。
「まあ、その辺りは後で私が調整するとして……はい、どういたしまして」
この場にいる4人を除けば彼女の正体を知る者は居ない……どころか、そもそも管理者の存在からして知られていないのだから、民衆に紛れて好きなだけ吹聴出来るのである。これは奇跡などではなく、オールスに降り立った救世主の御業である、と。
一方街では、怪我や衰弱による体調不良だけでなく、ハッキリと目に見えて欠損していた四肢が再生する様が、色々な意味で街中に悲鳴を上げさせていた。その熱気は段々と屋敷の方へと近づいて来る。当然だ、彼らは救世主が領主様のお屋敷に居る事を知っている。
「ゆー君、そろそろ」
「そうだな。貰うモン貰ったし、面倒なことになる前に退散しよう。何より、テレストラが心配だ」
その言葉にサラが反応する。
「……もう、行っちゃうんですか?」
一言。
それだけでどれ程の寂しさを抱えているのか察しがつくくらいには、彼らに世界を超えた絆が生まれていた。決して長い時間一緒に居たわけでもない。多くの言葉を交わしたとは言い難い。それでも同じ目標を持って戦った仲だから、それは特別な絆だった。言葉ではなく、心で繋がった相手なのだ。
それはもちろん姉のフィエリも同じで、けれども言葉にしないのは、彼女が姉だから。
「元の世界へ帰るのですね。私が責任を持って送りましょう」
姉弟がサラへかける言葉に迷っていると、アメティストが桜子へと近づいて来る。
「ただし貴女への報酬がまだです、五条桜子。機転と心式を用いた活躍を私は評価し、彼と同様に貴女へも何かしらの――」
「それなら彼女たち姉妹が望む時に、何度でも、好きなだけこちらの世界と自由に行き来が出来るようにして頂戴」
即断即決。一切の驚きも迷いも無し。
「そういう所が……ええ、本当に。私は評価しているのです」
「「~~桜子さんっ!!」」
逆に面食らいつつも、楽し気に笑うアメティストと、感極まって桜子に抱きつこうとする姉妹。
一気に室内が賑やかになるが、それも1、2分で落ち着くと今度こそ姉弟は帰還するべくアメティストに声をかける。
「それじゃあそこらへんにあのグニャグニャしたゲート開けたりする?」
「ええ、それは出来ますけど……わざわざ飛び込むつもりですか?」
優護が"あそこらへん"と言って指さすのは、窓を出て真っ直ぐの、足場も何もない空中だった。
「そ。そうした方がきっと屋敷にも迷惑かからないと思うから」
「ああ、なるほど。わかりました……それでは」
優護の説明で納得した様子のアメティストが、早速指定された場所にゲートを開く。それを確認した優護が窓を開けると、眼下にはオールスに暮らす人々の姿が映る。避難所で見た覚えのある顔も少なくなく、彼らは優護を視認すると歓声を上げて手を振る、満面の笑みで。
「それじゃ、ひとまずお別れだ。いつでも来いよ」
「本当に好きな時に来てね?なるべく早いと嬉しいわ」
最後に振り返って姉妹に別れを告げる。
彼女らが力強く頷いたのを確認すると、今度は窓の外へと優護が声を張る。
「そんじゃぁ俺ら帰るから!みんな元気でな!!」
その突然の言葉に眼下の人間が皆呆気に取られた瞬間、優護が窓枠を蹴って桜子と共に宙へと飛び出す。その突然の飛び降りに誰も言葉を発せないまま、次の瞬間には落下していたはずの2人が影も形もなく消えてしまう。
こうして、"確かに彼らは何処かへと去って行った。お屋敷にはもう居ない"という話がその日のうちに街中へと広まり、五条優護の最初の異世界旅行が幕を閉じるのであった。
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