第5話 銀髪の姉妹

 そういえば詳細な行先を聞いていなかったと、そう優護が思い出した時には既に世界移動は終わっていた。

 いかにも「中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジーです」といった街並みの世界を見渡すと、異世界への感想を口にする前に優護が視界の端に人の姿を捉える。いや、捉えたのは人影だけではない。少女と思しき小柄なその影へと、今まさにそこへ飛びかからんとする怪物の黒い影をもまた、確かに優護は視界に捉えていた。


「―――ッ!!」


 全身に強化を施して地面を蹴ると衝撃で石畳が砕け散り、直後には怪物の横っ面へと優護の拳が叩き込まれる。その虎の体躯が進行方向を90度変えて宙を舞うと、あまりの威力に怪物は地面に触れる事もなく、空中で弾けて泥となり辺りへ飛散した。

 しかし即座にその泥は一ヶ所へ向けてずりずりと移動を開始。これがサラの話にあった再生能力なのだろうが、優護は全くそちらへ関心を寄せていない。路地裏での一戦と異なり、無傷そのものである拳を見つめている。

 いや、異なるのは怪我の有無だけではない。明らかに身体強化ののである。路地裏では同じような怪物の頭を潰しこそすれ、空中破裂なんて威力ではなかったはずなのだ。


 その事に疑問を感じながらも、優護はひとまず目の前の人の救助に当たる。


「あの、大丈夫ですか?どこか怪我は……」

「はぁ?あるわけないじゃない」


 想定の10倍は大丈夫そうだった。


 直前まで命が危うかったとは思えないほど勝気な声で少女は答えると、優護がその反応に少々困惑する。助けられた側から文句を言われるなんて事は慣れている。こちらも趣味の一環として人助けをしている以上、結局は自己満足であり、それは押し付けられる側からすれば大きなお世話かもしれないのだ。

 しかし、大抵そういった反応をする者は言葉の節々やその表情に、怯えや安堵の感情が見え隠れするものである。その点、この少女にはそれがない。本気で命の危険を感じていなかったらしい。


「アナタが何の協心術者なのかなんて詮索は勿論しないけれど、そのパワーとスピードで私が知らないって事はよそ者よね?なんでこんなところに?避難の途中で何かあったの?」


 銀色のツインテールを揺らしながらそう尋ねる彼女は、その青く澄んだ瞳で優護を見据える。


「いや、えーと、ですね……なんて答えれば――」

「お姉ちゃん!?」


 答えに窮していた優護の横からサラの声が飛んでくる。

 その驚きつつも相手の無事に安堵した声に釣られてツインテ少女が振り向くと同時、姉と呼ばれた少女の体が柔らかい衝撃を受け止める。


「怪我してない?無理してない?え、サラ?サラは大丈夫だよ!」

「すぐに無理するのはアンタの方でしょうが!ていうか離れなさいこんな人前で!!ちょっと、もうっ……」


 一人称まで変わっているサラの豹変ぶりに、短い付き合いながら驚きつつ姉妹の再会を優護は見守る。こちらとあちらで時間の流れ方に変わりはないとスメラルドは話していたが、それでもこんな状況で4、5時間は消息不明になっていたわけである。彼女の性格を考えるに、誰かに心配をかけるのはかなりのストレスであったはずだ。

 そんな事を考えていると、どうやらようやく過剰なダメージから再生を遂げつつあるらしい怪物の姿が目に入った。


「2人とも詳しい話は取りあえず避難してからにしないかい。君たちだってアレの相手をし続けるのは無駄だってわかってるんだろう?」


 優護が口を開く前に、桜子と共に近くまで来ていたスメラルドが提案する。

 ハッとした様子でサラが姉から離れると、自分の行動を思い出して見る見るうちに顔が赤くなっていく。まるで茹蛸、とはこの事かとひとり感心する優護。対照的に姉は少々疲弊しながらも落ち着いており、スメラルドの提案に賛成した。


「そうね。聞きたい事は沢山あるけれど、サラが連れてきた人達なら異論は無いわ」


 姉の信頼を受けて嬉しいのか、パッと表情が明るくなったサラが告げる。


「そ、それでは皆さん私に掴まってください!ひとまず私たちの屋敷へ避難します!!」

「あ、に戻るのね」

「なっ、なななんの事ですか……!!?」

「ちょっと、妹の集中を乱さないでちょうだい」

「あらごめんなさい。名前呼びってなんだか幼い感じで可愛らしかったなって、そう思っただけよ」

「あわわわ……」


 意気込むサラへ桜子が一言こぼし、それに動揺するさまを受けて姉が絡み、更に桜子が返す。

 2人に挟まれるサラが再び顔を赤くしている間に、再生を遂げて再び飛びかかって来た怪物を優護が今度は蹴り飛ばす。と、やはり今度もまた空中破裂してしまうのであった。

 謎のパワーアップに小首を傾げていると、そこでようやく転移が始まる。最初の1回目は何が起きているのかよくわからなかった優護だが、よく見ると空間に波打つ水面のような歪みが確認できた。どうやらこの歪みこそが別の空間への入口らしい。


 そうして2回目の転移を終えると、目の前の景色はファンタジー然とした街並みから豪華な造りの玄関ホールへと変わっていた。



     *



 玄関到着から20分後、ここはリール邸の2階、広々とした姉妹の私室である。


「……そうして私はこの方々と再びこの世界に戻って来たのです」


 サラがこれまでの経緯について一通りの説明を終えると、姉の銀髪ツインテ少女が口を開いた。


「そんな事が……いえ、疑っているわけじゃないわ。取りあえず私も自己紹介をさせて貰うわね。私の名前はフィエリ・リール。サラの姉で、この家の長女よ」


 よろしく、と差し出された手を優護が握り返す。

 黒いローブからのぞく彼女の腕は白く、細く、綺麗で、とても優護のようにあの怪物を徒手空拳でどうにかするようには思えなかった。つまりは――


「そしてお姉ちゃ……姉は、水の協心術者なんです!水の生成と自由操作はシンプル故に王国内でも最強の1人と言われる程に強力で」

「はいはい、持ち上げない持ち上げない」


 やれやれ、と照れくさそうにサラを止めるフィエリ。

 一方で優護は彼女の余裕の理由が判明し納得していた。再生しないならば、ではあるが大抵の協心術者は1人であの怪物を相手取れるとサラの話にあったことだし、その中でも最強に近いのであればあの余裕の態度もうなずける。


「良かったのか?サラが言っちまったけど、そんな簡単に能力のこと……」

「まっ、アンタの能力だって教えてもらったわけだしね。流石に交わした契約の内容となるとモロ弱点だから困るけど」


 優護が御伽噺の救世主かもしれないと知った一瞬こそ、どう接したらいいのか迷っていたようだったが、そこは優護から友人にするようにしてくれと頼みこのように落ち着いた。


「あっ、そうそう。優護の心式に関してなんだけど追加の情報があるんだよ」


 不意に会話を横で聞いていたスメラルドが聞き捨てならない言葉を呟く。


「優護、この世界に来てから借りた心式の出力が上昇してるって感じたりしてないかな?」


 その問いかけに先程の出来事を思い返して優護が頷くと、ニヤリと口角を上げてスメラルドが満面の笑顔になる。


「そうかそうか、やっぱりね。君の心式には同じ目的を持つ"誰か"から、他者の為にのみ異能を借りられる能力があるね?それじゃあその出力は?"誰か"が振るう時のままなのかい?いいや違う」


 そこで言葉を区切ると、彼女は興奮した様子で優護へ迫りながらまくし立てる。


「君の心式の出力は、んだ。わかるかな?これまで君はせいぜいが数人の為にしか戦ったことがなかったろう?だからきっと今日はなんとなく調子がいいなって程度で終わっていたんだろうし、僕も確証がさっきまで持てなかったんだけどね?でも今はどうだ!あの戦闘で君自身大きく違いを実感していたろう!!世界を救う為に戦っている君は、同じく世界の救済を望む者全ての心に支えられていると言えるのさ」


 つまり、と一呼吸。


んだよ!」


 それはどこまでも"誰かを救うため"の能力ちから

 助けを求める心の声が聞こえて来るのは、知らなかったで終わらせないように駆け付ける為。

 異能を借りている間、オリジナルが異能を振るえなくなるのは危険な戦いから遠ざける為。

 同じ目的を持つ者の数によって出力が上がるのは、護るべき対象がそれだけ増える為。

 それが五条優護の心性から生じた彼だけの心式。


「わかったわかった!わかったから近いってば!」

 

 中身はアレだが一応見た目は美少女なスメラルドに鼻息荒く急接近され、少々ドギマギしながら優護が距離を取る。


「要は世界を救うためならパワーアップされるって事なんだろ?ありがてぇな」

「うーん、やっぱり感動が薄い……」


 優護の感想に不満を漏らすスメラルド。

 寧ろ横で聞いていたリール姉妹の方が衝撃を受けている。

 と、桜子が口を開く。


「それよりもずっと気になっていたんだけれど、貴女は何を知っていて何を知らないのかしら?サラさんを呼んだり当然のように私達姉弟について知っているかと思えば、優護の心式についてはさっき知ったようだし……」

「君も君で感動がないなぁ。僕が知っているのは僕の世界のどこで何が起こるのか、あるいは起きたのかって事だけさ。まあ未来についてのもあるんだが、ちょこちょこ変わって当てになるようなもんじゃない。とりあえず詳しい説明はまた今度、どうせ今回重要な事じゃないしね」


 そう答えるとスメラルドは部屋の壁へ向かって歩き出す。


「今回重要なのはこの世界の情報だよ」


 おもむろに窓を開け、窓枠に足をかけて振り返る。


「そんな訳で僕はこの世界の管理者たるアメティストに会って来るから、君たちは数時間だろうけどゆっくり休むといい」


 そう言うが早いか、彼女は窓から外へ飛び出した。

 その体が重力に捉えられる事無くふわりと浮かぶと、次の瞬間にはもう小さな点になるほどの速さで飛んでいく。

 残された4人は少しの間どうしたものかと無言になるが、やがてフィエリがサラを見て告げる。


「取りあえずアンタは休みなさい?」


 少し悩んだ様子だったが、自分でも休息が必要だと分かっているサラはそれを受け入れたようであった。

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