第3話 救世主制度

 世界の管理者という言葉とその口調から、優護ゆうごは今朝の夢を思い出していた。

 優護に、世界を救う主人公ヒーローになって欲しいという夢だ。


「もしかしてお前、夢の――」

「その通り!」


 最後まで言い切る前に、桜子さくらこへ向けていた顔をぐるりと優護の方へ回したスメラルドの元気な返事が飛んでくる。彼女はニコッと笑うと、矢継ぎ早に言葉を繰り出した。


「そして夢に関してのリアクションはもう大丈夫。時間は限られてるからね。君が一通り驚いて、夢の内容を1つ1つ僕に確認して来る。僕は全部の質問に事実だよと答えて、君は君なりに葛藤したり姉に意見を求めたりして最終的に救世主になることを受け入れる。ここまではもう済んだ事にしていいかな?」


 一方的かつ断定的。

 あまりに身勝手なその言葉に優護は喉元まで出かかっていた言葉を呑み込むと、一度大きく息を吐く。

 そして――


。救世主だなんだと、随分とまあ大きな話だけどさ。ようは俺にでも出来る人助けなんだろ?」


 即決。

 それがなんでもない事のように、友人に頼まれてノートを見せるような調子で。

 自分が理不尽な要求をしていると自覚のあったスメラルドの方が、これに対して一拍遅れた反応をする。


「えーっと、そうだね。うん、それは勿論その通りなんだけど」

「けど?」

「君がキチンと理解しているのかちょっと不安になってきたというか……。あのね?いくら君の日常が路地裏デスマッチの連続だからって軽く考えすぎてないかい?君はそういった自己犠牲の精神を美しく考えるのかもしれないけれど君が傷付くことで悲しむ人も――」

「話が長い。時間ないんだろ?」


 今度は優護が彼女の話を遮ると、続けて告げる。


「俺が傷付けば姉ちゃんが悲しむし、学校の友達にも心配されるし助けられる側も不安にさせる。そんな事はわかってる。この心式しんしきが発現してから9年だ。その間に全部わかったし、俺なりに考えたよ。でも結局口でなんて言っても誰かが動かなきゃ誰も救えないんだ。だから、そこまでももう済んだ事にしていいぞ」


 驚愕。

 五条優護が想定外の返答をした事に――ではない。スメラルド自身のというものがこんなにも高性能であったのか、という歓喜を伴う驚愕。世界の管理者という、いかにも上位存在然とした肩書からするとチープ過ぎる例えだが、その時の彼女はこう考えていた。「宝くじの1等を当てた時ってこんな風に人間は感じるのかな」と。


「ふ、ふふふ……あっはははは!当たりも当たり、大当たりじゃないか!こんなに狂っているとは思わなかったけどコレはコレで良い」

「む、失礼なヤツだな。いいか?普通だとか狂ってるだとかっていう基準はだな――」


 なんだか勝手にテンションが高くなって失礼な事を言い始めたスメラルドに対し、優護が持論を持ち出して返そうとするが、そこへ一人蚊帳の外になっていた桜子が割って入る。


「――コホン。夢だとか救世主だとか、知らない事だらけで逆に私が一番冷静なのかしら?」


 先ほどまでのスメラルドに対する警戒も、どうやら今までのやり取りからするだけ無駄と判断したらしい。クイッと首を振って五条姉弟の部屋のドアを見ると、駐車場からこちらを見上げる2人へ提案する。


「一度中に入って話しましょう?いつまでも外でするような話ではなさそうだし、その子もちゃんとベッドで休ませたいもの」

「そうだね。説明すべきことはまだあるし、僕もいつまでも立ち話ってのはなーって思ってたから賛成だよ」


 暗に長話をすると呑気に告げる彼女は、先ほど時間が限られているからと優護のリアクションを省略したはずである。他にも、一方的に役目を押し付けてきたかと思えば優護の判断を心配したりと、矛盾する言動が見受けられる。

 部屋に向かいながら階段を上る途中、少し前を歩くスメラルドへ優護が問いかけた。


「なあスメラルドって言ったよな。アンタさっきからちょこちょこメチャクチャな事言ってないか?」

「ああ言っているとも。僕は君たち人間よりも数倍気分で動いてるからね。ま、その辺りも落ち着いて話すから安心してくれよ」


 それがどうしたといった様子で答えると、今度は彼女が優護へと問いを投げる。


「それよりも僕は君たち姉弟のことが気になるね。自分で言うのもアレだけど、こんな簡単に僕を家にあげて良いのかい?」

「姉ちゃんがっていうのと、俺の見た夢。それからあの瞬間移動みたいなの。全部アンタが人外ですってなら納得できるからな」


 こちらもこちらでアッサリそう答えると、更に続ける。


「それにアンタ、俺やその周りの人の心配もしてたろ?気分で動いてるって話だが、でもまあ何となく悪いヤツではないのかなって」

「本当に面白いな君は。この僕を善悪で測るのかい?」


 そんなやり取りをしているうちに部屋の前まで辿り着くと、桜子がドアを開けて待っていた。

 その事に気付いたスメラルドが、桜子のもとまで小走りに駆け寄る。


「やっぱりその体、触ることも出来るんだね」

「心式だもの。心式は貴女も知っているんでしょう?」

「もっちろん!あ、その辺に関しても彼に見せた夢と一緒に話すつもりだから安心してよねっ」


 そう、と桜子は短く返事をするとスメラルドと優護、そして優護に抱えられた銀髪少女の3人を部屋へ招き入れる。

 かくして10分後、目を覚ました少女を加えた4人による話し合いが開かれる。


 いいや。

 より正確に表現するならば、世界を救う最初の情報提供会が開かれる。



     *



「君が起きる前に君に彼らの言葉を、彼らに君の言葉を与えたからこの言葉も通じていると思うんだけどどうかな?あ、もちろんここは安全だから落ち着いて自己紹介をして欲しい。それから、ここ10分間で語った僕についての情報も一緒に与えたんだけど思い出せる?同じ説明を2回するほど無駄なこともないからね!」


 取りあえず、と桜子がお茶を用意して落ち着いてから10分。目を覚ました少女へ向けたスメラルドの第一声がコレである。


 スメラルド曰く、管理者とは字義通り世界を管理し人類の発展を見守る存在らしい。

 地球の誕生、どころではなく彼ら管理者によって世界そのものが創られたとの事。管理者たちは各々が世界を創り、法則を創り、星を創り、そこに自らを模した人間を創ったという。

 他の動植物や神のような現代では超常とされる存在まで、全てはその当時の人間が生き抜く物資として必要、あるいは人間が暮らせる環境を開拓する装置として必要であったから創り上げたらしい。


 そうして各管理者は己が世界を見守る中で、やがて一つの失敗に気付いた。


 人間は脆過ぎる、と。


 彼ら管理者とは人間のもとになった存在である。彼らにあって人間にないモノは多々あるが、人間にあって彼らにないモノはない。力の無き人間は、時に外敵、時に同じ人間、そして時に自分自身の手であっけなく命を散らしていった。その度に心の有る管理者は、大きな悲しみと無念に襲われた。


「これは管理者の唯一と言ってもいい弱点なんだけど、一度与えたモノを奪うことは絶対に出来ないんだよ。だからせっかく築かれつつある文明を壊さないよう、強力過ぎないサポートが出来ないかと僕らは考えた」


 10分前、そう彼女はお茶をすすりながら話していた。

 力が偏らず、なおかつ自滅の道を辿らず。人類に制御しうる新しい力を考えなければならなかったと。


 そうして文明黎明期当時のスメラルドが各管理者へ提案をしたという。

 各々が考えた後付けの機能を、個としては強過ぎず、つどって発展のための糧となる機能を、ギフトとして人類自身へ与えてみないか?と。


 それがこの世界の場合は心式と呼ばれる「心を源とし目的を遂げる為の能力」であるらしい。

 与えた当の本人は「見ろこの科学万歳な世の中を!僕の考えたギフトは僕の考えたギフトが不要になるまでに人類を発展させた!」と悲しげに誇っていた。


 どうやら心式というのはそうと判別し辛いものが多いらしく、飽くまでもその人間が掲げる目標を達成させる為の能力であるので、五条姉弟のような"少年漫画にでも出てきそうなバトルに応用できる"タイプの方が珍しいとの事。

 例えば「この発明を成し遂げる」と熱く心を燃やす博士が心式に目覚めたとする。すると「発明を完成させる為の心式」となるので「超人的な集中力、体力、免疫力」などの能力が発現し、発明を完成させるまで倒れないそうだ。


 そうして各世界の管理者が考えに考えた各々のギフトを人類に与えた頃になって、再度問題が浮上する。ギフトという後付けの機能を世界の法則に書き足した結果、創世当初は予期しなかった世界の終末エラーが発生したのである。


 これに対抗し乗り越えるだけの強い力を持った世界ならば良い。

 その世界は終末すら糧にしてより強く成長するだろう。

 

 ではそうでない世界は?

 世界の終末を迎えてしまったとき、切り札の存在しない世界はどうするのか?


 そこで考えられたのが強い力を持った世界から切り札を送り込む救世主制度である。

 一定以上の力を持つ世界は定期的にこの救世主の役目を担当し、未だ切り札の存在しない世界に終末が訪れた際に対応することになる。


「そうして今回選ばれたのがそう、君なんだ」

「要は出張して人助けすればいいんだろ?」

「感動薄いなぁ」

「もちろん私もついて行って良いのよね?」

「君もかぁ」


 この世の割とディープな秘密を聞いても無感動な現代の若者に上位存在が苦言を呈して1分後。銀髪少女が目を覚まし、冒頭のスメラルドの発言へと繋がる。



     *



 記憶として与えられた記録を何とか読み解いた少女は、混乱する頭でどうにか自己紹介をする。


「えっと、私の名前はサラ。サラ・リールと申します」


 たどたどしく、自分が話せていることと、相手に伝わっていることを確認しながらサラと名乗った少女が言葉を紡ぐ。


「14歳、リール家の次女です」


 異邦の少女。ただしこの場合の異邦とは――


「多分、ですけど……貴方達とは違う世界から、来ちゃいました」


 スメラルドがうんうんと満足げに頷き、姉弟も先ほどの管理者の説明から予想はしていたのか、大きなリアクションはなく静かに彼女を見据える。


「それで、ですね、ええっと」


 管理者の少女から与えられた記憶の通りなら、これから自分が口にすることは間違いでないとわかっていても、それでも唇が震え言葉に詰まってしまう。

 当然だ。

 世界を救って欲しいだなんて文言を、一個人に対してぶつけるだなんてどうかしている。


「良いのよ、抱え込まないで」


 俯いたまま固まってしまいそうなサラに対して、桜子が優しく微笑む。

 見た感じでは自分とそう年齢の変わらないはずの少女に、サラは不思議な包容力を感じると、自然と涙が溢れていた。

 平和だった日々を思い出す。そこには笑っている自分や家族がいて、友人もいて、温かくて。しかし、次の瞬間には彼らの表情は苦悶のものへと変わり、世界の景色は暗く冷たくなってゆく。

 その世界に温もりは無く、笑顔も無い。

 ただ、だからといって何もかもが消えたわけでもない。

 まだ人は生きている。まだ思い出は塗り替えられる。まだその世界は救うことが出来る。

 だから――


「わた、しの……私たちの、世界を―――助けてください」

「ああ、任せてくれ」


 五条優護が、力強く答えた。

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