鳥に乗って

@bethiehem

鳥に乗って


 私は鳥に乗っている。


 私が住んでいたのは、雪国の農村だった。

 妻は温厚で、いつも笑っていた。私はその笑顔が好きだった。二人の娘は美人とは言い難かったが、平凡な村娘という感じで人の心をよく思いやっていた。晴れ着姿がよく似合っていた。

 そして、私が尋常小学校に入学したばかりの頃に戦争で亡くなった父は、頑固で厳しかったが、物事を決めるときとなると途端に優柔不断になる人だった。だが、私には一つ気になるところがあった。父に赤紙が届いたとき、彼は迷わず戦地に赴いたのだ。私は、そのことを今まで不思議に思っていた。

 しかし、私は鳥に乗って初めて理解したのだ。父の気持ちを。

 これは、お国の為の戦いだ。これは、我が祖国の為の戦いだ。そして、家族の為の戦いだ。

 私は、全身全霊を懸けて戦う。息が吸いにくかろうと、重い操縦桿を血が滲むまで握ろうと、最後の一兵になろうとも、持てる全ての力を使って。

 鋼鉄の鳥に乗って、死地へと向かう。

 

「おじいちゃーん!次あれ乗っていいー!?」


「・・・ああ、いいよ。」


 デパートの屋上遊園地。都会のど真ん中にありオアシスとも呼ばれるその場所は、観覧車やメリーゴーランドなどが全てミニサイズで設置されており、沢山の子供たちが楽しく遊んでいる。

 そんな場所の端。休憩用のベンチで、杖を持った老人と、彼の耳元で大声を出しながらメリーゴーランドを指差す少年がいた。

 私はみっともなくも生き残ってしまった。あの大戦は酷いものだった。絶え間なく鳴り響く銃声と、飛ぶ力を失った蛾のように、黒煙を出しながら墜落して散る鳥。後から聞いた話だと、鳥を一つの弾丸のように使ったのだとか。耳と脚が悪くなった程度で、あの凄惨な戦場から戻ってこれたのは奇跡と言えるだろう。

 そして、あの大戦を生き残ったからこそ、思うものがある。あの時、私が感じた気持ちは、相手も同じだったのではないか、と。

 人間とは、創る生き物だ。輪を創り、枠を創り、そして創り上げたそれらを、守る。その為には、人間はどんなことでもする。そういうふうに出来ている生き物なのだ。そう私は、あの大戦から学んだのだ。

 だから、相手にも何かかけがえのない大切なものがあり、それを守る為に戦っていたのではないか。私達のように。

 だからこそ、私は今の世に問う。もうやめにしないか。あの大戦に悪い者などいない。成功や失敗なんてない。喪失したものは必ずあるし、獲得したものも必ずあるのだ。私は別に、あの大戦が良いものだとは思っていない。しかし、散っていった者達の気持ちを、今一度考えてほしいのだ。

 あの、無邪気に手を振る子供の笑顔を守るために。この平和を終わらせないために。


 この平和は長く続かないかもしれない。世界を壊すほどの戦争が起こってしまうかもしれない。そんなの関係なく隕石などで世界が壊れてしまうかもしれない。

 何にせよ、終わりは来る。だけど、それを食い止めるために足掻いたっていいはずだ。それから大切な何かを守る為に戦ってもいいはずだ。

 それが良いことか悪いことかなんて、私にはわからない。

 これからの未来が決めることなのだから。


 その未来が来るまで、あの大戦の記憶を語り継いでくれることを、私は願う。


 気が付くと、私は再び鳥に乗っていた。

 周りには、かつて散っていったはずの戦友達が、同じように鳥に乗っていた。他には何もない。ただただ、青い大空が広がっているだけ。

 必要なことはすべて繋いだ。未練などない。命令もなく、使命もない。私達は自由となったのだ。

 私達は、飛んでいく。この、広い広い青空を。


 鋼鉄の鳥に乗って、遥か遠くへ。


 

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