第5話 助けてください

 なんのビデオテープだろう。どういう意味だろうか。プリントアウトした何の変哲もないVHSの写真とにらめっこしながら考える。

 先生はこう言った。

「ビデオテープとデジタルアーカイブ……ビデオテープと図書館でも良い。色々思うことはあるでしょう」

 僕はとりあえず頷いた。先生は試すような目をしながら、

「自分で組み立てて、思ったことを話してください。もう問題が何かはわかっているでしょう」

 と、笑みを浮かべながら話した。

 僕もわかったように「はい」と言ったけれども、あいまいな頭のままだった。


 先生はメディアについて問いかけているに違いなかった。VHSの影にベータあり、だろう。記録をして残していく際、こういった媒体を使っていると、いずれ、再生できる機械がなくなってしまう。後生に残すことができなくなってしまう。インターネットだって変遷していくのだし、MPEGで保存したデータもいずれは再生できないOSが全世界に普及するかもしれない。新しい拡張子が、古い拡張子を駆逐し、再生できるソフトがなくなってしまうかもしれない。これはデジタル・アーカイブの永遠の課題だ。

 僕は、メディア機器の歴史についてまとめたレファレンスブックやコンピュータの歴史辞典も開けた。VHSについて、参考となる部分をコピーしていく。インターネットの記事もプリントアウトした。


 翌日の月曜日、早出の仕事を終えて、僕は地元の電気街に向かった。電気街に来たのは、参考図書では分かりにくいところをカバーするためだ。A4の光沢紙に印刷したビデオテープの写真を片手に、奥まった路地を歩いた。

 大手量販店の裏手にひっそりとある電気店通りの店長に話を聞く。どれも答えは似たり寄ったりだった。しかも、僕がこれから書こうとすることにも似ていた。

「昔は、VHSどころか、レーザーディスクだったんだから。CDだって、ちょっと前までレコードだよ。ああMDってのもあったなあ。今はUSBとかダウンロードでさあ、何でもできるけど、パンチカードだったんだからなあ。ウライさんが経理部門でさあ。経理のコンピュータ、パンチカードだったんだよ」と、おじさんおばさんの話によくある、全然知らない人が共通の知人のように出てくる現象にぶつかりながら、僕は言葉をメモしていた。

 どれも、予想の範囲内だった。けれど、電気屋の親父たちの証言一つ一つをスマホで録画し、記録に変えていく。データは膨大に増え、スマホは熱くなり、充電は半分を切った。

 だが、これは先生の言いたいことを的確に捉えているのだろうか。

 電気街の路地を抜けだす頃には、鬱々としたものが僕の胸の奥にたまっていた。プレゼンしている自分を想像すると、そこに、先生の残念そうな顔が浮かんだ。それから、にやにやしている満寺君の顔も。腕組みをしている道田さんも林さんもいた。僕は頭をふってマイナスイメージを取り払った。


 上月さんからメールが来た。電気街にいることを返事すると、ちょうど近くにいるらしい。

《助けてください》

 とだけメールを送ると、《意味不明》と短く返事が来た。

《田舎の映像が録画されたよくわからないビデオテープをテーマに来週プレゼンしなきゃいけないんです》

《そう》

 二文字!?

《な、なにか助言はないんですか……》

《ない》

 また二文字。

 通信制限でもされているのだろうか。自分からメールを僕に送ってきておいて、なぜこんなにも不機嫌なのだろうか。やや落ち込みながら帰宅した。


 自宅のパソコンで、電気街で入手したデータを整理する。整理しながら、キーボードを叩く手が止まった。

 このままじゃ、だめだ。

 しばらく黙っていた僕は、自分のスマホに収められた写真を眺め始めた。すべてを閲覧しつくすのに、どれほどの時間がかかっただろうか。もう会うこともないであろう同級生らの写真もあった。思い出す間もなく、いつどこで何をしていたかが、悲しくなるほどすべて出てくる。それからこの前撮った、道ばたの雪だるま。授業中に撮ったマウス。

 ふと、先生の大きな目を思い出した。それから、僕は、「あ」とつぶやいた。

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