雨世界

1 遥。好き、と夏(彼女)は言った。

 遥


 プロローグ


 大好きだよ。君が大好き。


 本編


 遥。好き、と夏(彼女)は言った。


 夏は真っ白な世界の中にいた。ううん、違う。きっと夏は雲の上に立っていたのだと木戸遥は思った。

 遥は、夏から少し遠い場所に立っていた。遥が立っている場所は、やっぱり夏と同じ白い雲の上のようだった。


 周囲の世界の風景も真っ白で青色は見えない。(青色は夏の一番好きな色だった)


「遥! 大好き!!」と夏は両手で口の周りを覆って、言った。


 夏は笑顔だった。

 本当に素敵な、とても彼女らしくない素直な表情をしていた。(それがなんだか、すごく不思議だった)


 遥は夏に会いに行こうと思った。……でも、足がうまく動かなかった。自分から離れておいて、自分からもう一度近づいていくことは、とても勇気のいる行為だった。その勇気が、今の遥には、少し足りていないようだった。


「遥ー!! 好きー!! 大好き!!」笑顔で、大きな声で夏が言った。


「……私も、……私も夏。あなたのことが好き!! ずっと前から大好きだよ!!」と遥は夏に向かって大きな声で言った。


 世界がぼんやりと滲んで見えた。どうやら遥はいつの間にか、泣いていたようだった。


「遥ー!! 大好き!!」と夏は笑顔で言った。


「私も夏のことが大好き!!」と遥は泣きながら言った。


 その遥の声が夏に届いたのかもしれない。


 夏はにっこりと笑うと、それから今度は大きくその右手を遥に向かって左右に降って、…さようなら、の合図を送った。


「ばいばい!! 遥!!」と夏は大きな声で、笑顔で言った。


「待って!! 夏!! お願い。どこにもいかないで!!」と泣きながら遥は言った。


 遥は急いで、夏の元に向かって駆け出していった。(初めからそうすればよかったと思った)


 でも、夏と遥の距離は、いくら遥が走っても、全然縮まることはなかった。遥が夏に近づいた分だけ、夏は遥かから遠い場所に行ってしまった。だから二人の距離は、永遠に近づくことはなかった。


 そして、夏は(あの、遥の大好きな明るくて可愛らしい)笑顔のままで、「ばいばい」ともう一度遥に言って、遥かの前から消えるようにして、その姿を消してしまった。

 

 白い雲の上の世界には、遥一人だけが残された。


 遥は、夏が消えてしまうと、走ることをやめて、その場にうずくまって、そして、……思いっきり、今まで溜め込んでいた涙を全部溢れさせるようにして、大きな声を出して泣き始めた。


 世界には、いつものように木戸遥一人だけがいた。


 白い雲がだんだんと強い風に流されて、薄くなり、青色の空の風景が見えるようになった。

 その青色の中に、遥は、消えてしまった瀬戸夏の面影を見ていた。


 愛の花 


 愛だよ。愛。わかる? (わからないよ。……愛って、なに?)


 遥 終わり

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雨世界 @amesekai

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