第3話 施設への侵入

 施設を前にしてミッシェルは車から降りた。

 するとヴィスナもついていこうと車から降りようとした。ミッシェルは、ヴィスナを押し戻した。

「だめ! あんた車で待っているの!」

「いやよ! 私も行く」

「ここから先は危険だ。子供を連れていけるわけない」

「私はこの施設にいたのよ。あの子の居場所だってわかる。あんたが無闇に施設中を探し回すより効率いいに決まってる。それに中の連中は、私の事を仲間だと思って攻撃してこないと思う」

 ヴィスナは必死になってミッシェルにそう訴える。

 確かにそうかもしれない。うまくいけば何の衝突もなく目的の場所までたどり着ける可能性もある。だがしかし……

「お願い」

 必死の表情には最初に合った時の高慢さはない。

 根負けしたミッシェルはヴィスナを連れて行く事にした。

「いい? ちゃんと案内しなよ」

「もちろん! 何だったらあなたが車に残っていてもいいよ」

「はいはい……」

 本当に生意気だとミッシェルは思ったが、同時に憎みきれないヤツとも思い始めていた。


 施設の扉までは約20メートルほどだったが地雷原を歩くかのように慎重に進む。

 吸血鬼の感覚が何処からか向けられる複数の視線を感じ取っていた。

 周囲に目を配っても敵の姿は見えない。だが、確かに存在は感じ取れる。

 ヴィスナが少し気になり、ちらりと後ろを見たが、ヴィスナは何食わぬ顔なにくわぬ顔をしてついて来きていた。。

 施設の扉の前までたどり着いたが結局、視線を向けていた姿を見せない連中は何も仕掛けてこなかった。

 建物の中で待ち構えてるってことか……ミッシェルは、懐のコルト・シングル・アクション・アーミーを抜いた。

「それアメリカ製? ずいぶんと古そうな拳銃ね。それに吸血鬼なのに銃?」

「これが手っ取り早いのよ」

 そう言ってミッシェルは撃鉄を引いた。


 扉に鍵はかかってなかった。

 軽く押したただけで容易に開いていく。

 目の前に真っ直ぐ続く廊下が見えた。その先には金属製の格子シャッターがそれ以上の侵入を妨げている。

 ミッシェルは、金属製の格子を掴むと強引に押し広げる。

「わっ! すごい力ね。ゴリラみたい」

「お前、口が悪いって言われないか?」

「施設の医者達からは、良い子だって言われてたよ」

「ほんと生意気な依頼主ね」


 二人が押し開けた格子シャッターを通り抜けると、照明が明るくなる。

 自動感知式なのか、誰かの操作なのかはわからない。だが警戒は怠らない方がいいのは間違いない。ミッシェルはコルト・シングル・アクション・アーミーのグリップを握り直す。

 するとヴィスナがミッシェルの服の裾を引っ張る。

「どうした?」

「格子を直しておくわ」

「はあ?」

 ヴィスナがそう言って手をかざすと曲がっていた金属の格子が元に戻っていった。

「テレキネシスっていうの。こうしとけば、追ってくる敵が侵入できないように……ね?」

 最初に使っておけよ……ミッシェルは、声を出せずに呟く。


 さらに二人は、通路を進んだが、照明は暗く、薄暗い。

 それが突如、行く手に明るいオレンジの光が現れた。

 ゆらゆらの揺れるオレンジの光の正体は炎だった。その背後には誰かが立っているのが見える。

「ヴィスナ、この施設に炎を操る能力者っている?」

「そんな能力の子がいるって聞いたことはある。会ったことないけど」

「当然、友達なんかじゃないわよね?」

「研究所の連中の立ち話でしか聞いたことがない。顔だって見たことない」

 炎は、どんどん勢いが増して近づいてくる。

「あんた、さっき自分が一緒なら仲間だと思って攻撃したこないとかなんとか言ってなかった?」

「かもしれないって話だよ。顔を合わした事のある子たちって少ししかいないもの」

「やれやれ……先が思いやられてきた」

 近づいてくる炎に向けてミッシェルは、コルトの銃口を向けた。


 *  *  *  *  *


 その頃、建物の外では、BTR-60装甲車と輸送トラックの車列が門を突き破り入ってきた。

 RTR-60が取り囲むように施設の扉前に並んで停車していく。停車と同時に備え付けられている重機関銃が施設に向けられていった。

 戦闘車両の陣形がとれた頃、輸送トラックの助手席から指揮官のスミルノフ大佐が降りる。

 施設の様子を伺っていると部隊指揮官の大尉が報告にやってきた。

 ミッシェルたちが乗ってきた車についてである。

「車には誰も乗っていませんがエンジンはまだ暖かいので来たばかりでしょう。搭乗者二人分の足跡が施設に向かっています。サイズすると女と子供のようです」

「女のと子供? 民間人がここに逃げ込んだというのか?」

「おそらくそうでしょう。いかがいたしますか?」

「二個小隊の突入させて、まずは建物内を捜索させろ。モルモット捕獲できる者は捕獲だ。抵抗が激しく捕獲が無理なようなら射殺しろ」

「了解」

 命令は済ませたのに去らない大尉に大佐が小首をかしげる。

「どうした大尉? まだ何か報告でも?」

「あの……先程報告した女と子供の民間人については?」

「ああ、そのことか。いいか、大尉。この施設は重要な軍事機密の塊だ。なにがあっても情報は外部に洩らせない。ではすることはひとつだろう?」

 つまり、殺せということなのか? しかも明確な指示を示さないのは後々なにか問題が生じた時の責任逃れだろう。

 この大佐の下で作戦を遂行するのは初めてであったが、どういう人物が容易に想像がついた。決して下につきたくないタイプの上官だ。

下に命令を出すためにその場を離れようとする大尉をスミルノフ大佐が呼び止めた。

「わかりました、大佐」

 大尉は踵を返して整列する部下たちが待機している方に向かった。

 あと数時間で日は暮れる。

 それまでに蹴りが付けばいいのだが、と大尉は思った。

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黒き翼を持つ者は不幻の夜の闇に踊る ジップ @zip7894

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