第2話 誰もいない街
ミッシェルが車の運転席に乗り込むと、ヴィスナは助手席に回ろうとした。
「あんたは後ろ」
シートに座りかけたヴィスナにミッシェルはそう言い放つ。
「忘れてるかもしれないけど、私、依頼主なんだけど」
「あんたは、私を脱出の手助けにご指名したらしいけど、正確には私はCIAからの依頼で動いてる。だから厳密には、あんたは依頼主とはいえない。おわかり?」
ヴィスナは文句を言いながら後部座席に移る。
「では、依頼主様。行き先を教えてもらえる?」
走り出した車は誰もいない町の中を進んだ。
時折、何かの店を見かけるが、略奪があったのか、窓ガラスは割れ、中はあらされている。もちろん客がいる様子もない。
ミッシェルはハンドルを握りながら助手席のヴィスナを横目で見た。
「この街に一体何があったの?」
「何がって?」
「どこにも人の姿が見えない」
「外が寒いからでしょ」
ふてくされた様子でヴィスナが答えた。
「状況が分からないと的確な対処はできない。あんたの友達も連れ出せなくなるよ」
ヴィスナは、しばらく黙っていたが、ミッシェルが辛抱強く返事を待っているとようやく口を開いた。
「この街の事は知ってる?」
「仲介者からは、軍事兵器を研究している秘密都市だと聞いている」
「研究してるのは、こんなことよ」
ヴィスナがそう言うとダッシュボードがひとりでに開き、中にあった何か書類らしき紙切れが宙に浮きだした。
「運転の邪魔になる」
ミッシェルは興味なさげにそう言うと宙にに浮いていた紙切れを手で叩いた。
「あまり、驚かないのね。つまらないわ」
「似たような手品はよく見るからね」
「もっとすごい事もできるよ」
ミッシェルは興味なさげに肩をすくめる。
「この能力だけじゃないわ。今から助けに行く子は私よりすごい能力を持っている。そんな子たちを作り出すのがこの街……ゴルイニチ13で研究されている事。ここで私たち二人は幼いころから一緒に育てられたの」
「その娘の能力は?」
「彼女は、強力なテレバシー能力者。ソ連にいる私達がCIAにコンタクトが取れたのは、あの子のテレパシーのお陰なの。亡命の事を私達からCIA、CIAからあんたの組織へ。で、今こういう事になってるわけ」
「あんたのそ能力なら、私の助けは必要なさそうだけどね」
「この街から脱出できたとしてもソビエトからは逃げる方法はわからない。この街の外の事は何も知らないし」
「それより、街に人を見かけない説明をまだ聞いてない。一体、何があったの?」
「事故よ」
「事故? チェルノブイリみたいな?」
ミッシェルは、ウクライナで起きた原子力発電所の事故の話を持ち出したが、何も知らないのがヴィスナは意味がわからないといった風な顔をした。
「チェルノブイリの原発事故の事、知らないのか?」
「テレビもほとんど見せてもらなし、ラジオもあまり聴かせてもらえない。言ったでしょ、外の事には疎いって」
それでなくても過剰な秘密主義のソ連だしね、とミッシェルは思った。
「それで、事故って?」
「私達以外の作られた子たちが研究所の外に出て、能力を使ったの。それであまり良くない事をした」
「事故というよりクーデターだね。その子たちもお前やお前の友達のような能力を持ってるのか?」
「ええ……でも研究所の能力者たちは、お互いどんな能力かは知らないんだけど。外で暴れた連中も、それなりの戦闘力はあるとは思うわ。ねえ、それより、どうやって国外に出るの?」
ヴィスナは、後部座席から身を乗り出す。
「私はよく知らない。お前を指定ポイントまで連れて行くのが私の役目。そこたどり着けば、あとはCIAがどうにかしてくれる」
「なにそれ?」
「そんなものよ」
ミッシェルの言葉にヴィスナはため息をつく。
ヴィスナの誘導で町の中央までやって来ると、巨大な建物が見えてきた。
厳重な塀に囲まれた要塞のようなところだ。
「ここよ。ここに友達が取り残されてる」
車から降りようとしたヴィスナをミッシェルが腕を掴んで引き止めた。
「ここは、軍事施設のひとつなんだろ? 警備の姿がないのは不自然だ。門に近づいているのに反応もないのもおかしい」
「誰もいないからよ」
ミッシェルの腕を掴む力が強くなった。
「痛いわ」
「誰もいない建物から何故、お前の友達は娘は逃げ出さない? ちゃんとした理由を聞きたいね」
「いるからよ」
「いるって何が?」
「……獣」
ミッシェルは建物を見上げた。
空を覆う灰色の雲が厚くなっていた。
その頃、街の入り口にはソビエト陸軍の戦車と装甲車、それと数台の輸送トラックが集まっていた。
空からは輸送ヘリ一機とガンシップ二機が接近していた。
「もう少しで到着です、大佐どの」
雪の残った黒い土の上に輸送ヘリが着陸する。
止まっていない回転翼が巻き起こす風の中、ヘリから特殊部隊の兵士たちが降りてきた。
続いて作戦指指揮官のスミルノフ大佐が降りて来ると、先に待機していた陸上部隊の大尉が小走りで近づいてくる。
「お待ちしておりました、大佐。ご命令通り通行できる道路は全て封鎖しております」
「街から出た者は?」
「確認しておりません!」
スミルノフ大佐が街の方を見ると遠くに黒い煙が上がってた。
「恐らく、市内の警備部隊が交戦したものと思われます。ただ彼らとは一時間前より連絡が取れておりません」
スミルノフ大佐は再び街の方を見た。
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