ゴルイニチ13

第1話、寒い町での出来事

 198☓年

 ソビエト連邦・スヴェルドロフスク州

 ウラル山脈北部の実験都市“ゴルイニチ13”


 殺風景で画一的な建物の列を通り抜けると目的の場所が見えた。

 道端には、大破したモスグリーンのヴォルガが燃えている。

 所々で破壊された建物を見かける。道路に散らばる薬莢で何か良からぬことがあったのかは、想像できた。

 周囲を警戒しながら目的地を目指してゆっくりと車を走らせていく。

 そして約束の場所まで来ると車を止めた。

 その建物は、この国では、ありきたりの集合住宅だった。住人は、怯えて部屋に閉じこもっているのか、逃げ出したのか、姿を見かけることはなかった。


「少し遅れたね」

 

 子供の声が聞こえ、ミッシェルが顔を見上げると、窓から十代半ばほどの少女が顔を出していた。

 渡されていた写真に写っていた子供だった。特徴的な瞳と髪の色。この子が依頼主に間違いないようだ。


「おいでよ。外は寒いだろ?」


 少女はそう言うとミッシェルを手招きした。

 ミッシェルは言われるがままに建物の中に入ると、少女のいる階に向かった。

 エレベーターは停まっていたので、階段を使う。

 途中の踊り場の壁には何発もの銃痕があった。ここでも何かの争いがあったようだ。

 階段を登っていく間、やはり住人は逃げ出してしまったのか、誰とも会う事はなかった。


 目的の階まで来ると、少女がいる部屋に向かったが、他の部屋からは物音も声もしなかった。

 廊下には生活用品や、ゴミらしきものが散らかり、お世辞にも清潔的とはいえなかった。途中、ドアが開いたままの部屋を覗き込んでみると、住人の姿はなく、食卓そのままだった。

 突発的な何かがあって慌てて部屋を出たのだろう。

 

 少女のいる部屋まで来ると、待ち構えていたのかドアが先に開く。

 中を見ると部屋の奥で古い木製の椅子に座る誰かがいた。窓からミッシェルを呼んだ少女だった。


「ようこそ、同士」


 少女はそう言って、ミッシェルに笑いかけた。雪のように白い肌、肩まで伸びた髪は脱色しているのか白かった。

 そしてその目はミッシェルと同じように赤い。


「ヴィスナ・キンスキーか?」

 

ミッシェルの質問に少女はうなずいた。


「その目は……」


 少女の瞳は赤かった。吸血鬼と同じ赤い瞳だ。

 彼女が吸血鬼だという情報は聞かされていないが、もしそうなら依頼主とはいえ、警戒すべき相手になるだろう。


「ああ……これ? この瞳、あなたと同じだね。でも吸血鬼ってわけじゃないから安心して」


 ヴィスナ・キンスキーの言葉にミッシェルの表情が険しくなる。

 相手はミッシェルが吸血鬼である事を知っている。

 彼女については、仲介者から名前と顔写真、それと彼女が重要人物で、この町から連れ出してCIAに引き渡すという事しか言われてない。

 ミッシェルには、それが気に入らなかった。


「私が何者か知ってるわけね? ヴィスナ・キンスキー」


「うん、だから、特別な能力を持ってるあなたを指名した」


 そう言ってヴィスナは、椅子から立った。


「準備ができているなら、下に車を用意してある。すぐにここから……」


「待って!」


 ヴィスナは強い口調で言う。ミッシェルは嫌な予感がしていた。


「何? ここが名残惜しくなった?」


 ヴィスナは首を横に振ると用件を切り出した。


「もうひとり連れて行って欲しい」


「それは契約と違う」


「これは新たな依頼なの。もちろん、追加の報酬も支払うわ。いいでしょ?」


 計画にないことは極力、しない方がいい。今までの経験からすると大体、アクシデントの原因になる事は知っている。


「駄目だ。最初の約束にない事はしない」


「だから新たに依頼するって言ってるの!」


 ヴィスナのさらに強くなる口調から必死さを感じさせた。


「もちろん、報酬ももうひとり分出すわ」


「くどいな」


「なら、私は行かない」


「はあ?」


 自分を町から連れ出せと依頼してきたクライアントが、今度は町に残ると言い出しているのだ。だがそれはミッシェルにはどうでもいい事だった。


「なら好きにすればいい。依頼がキャンセル扱いになるだけのことだから。私はひとりでここから去るわ」


 ミッシェルはそう言って踵を返すと扉に向かった。


「待って!」


 開いていた扉が、ひとりでに勢いよく閉じた。

 ミッシェルはヴィスナに振り返るとこちらを睨みつけている。

 おそらく、彼女が何かの能力を使って二違いない。


「あんたがやったの?」


「ええ、そう。あなたを行かせるわけにはいかないんだから」


 今度は部屋の中の置物が一斉に空中に浮き出した。

 ちょっとした超常現象だが、ミッシェルは動じない。何しろ吸血鬼である彼女自身が超常現象なのだ。これくらいのことで怯むわけがない。


「面白い力ね。でも、だからどうだっていうの?」


 ミッシェルはうんざりした様子でヴィスナに言う。


「強気な吸血鬼ね。私は、あなたの頭を握りつぶす事もできる」

 

 ヴィスナがそう言って右手をかざした。

 何かの能力を使おうとしたのだろうが、無駄だった。

 ミッシェルは、瞬でヴィスナの目の前に高速で移動した。瞬きする間に目の前に移動したミッシェルにヴィスナは戸惑う。


「誰が誰の頭を握りつぶすって?」


 ヴィスナの首をミッシェルの右手が掴んだ。爪が首筋に食い込み赤い血が滲み出る。


「頭を握り潰す? いいわ、やってみるといい。潰されても私の頭はすぐ再生するし、その前に私があんたの首をへし折るから」


「ご、ごめんなさい……」


 ヴィスナは苦しげに謝った。


「いい子ね」


 ミッシェルはヴィスナを乱暴に椅子に座らせる。

 その拍子にヴィスナの上着から一枚の写真が床に落ちた。

 ミッシェルは写真を拾い上げた。


 「この写真……」


 見るとそこには少し幼いヴィスナと、もうひとり隣に誰かが写っていた。

 ヴィスナと同い年くらいの黒髪の美しい少女だった。


「返せ!」


 ヴィスナはミッシェルの手から写真を奪い取る。


「もしかして、連れて行って欲しいってこの写真に写ってる子?」


 ヴィスナは何も言わずになずいた。

 どうやら写真の少女は、ヴィスナにとって特別な存在らしい。


「しかたがない。本来、追加の依頼なんて受けないんだけど……」


 ミッシェルは頭を掻きながら言う。それを聞いたヴィスナの表情が笑顔に変わった。


「じゃあ……」


「ふたりとも連れ出してあげる。今回は特別なんだからね」


 ヴィスナはようやく子供らしい笑顔を見せていた。先程までの大人びた冷めた表情とはまるで違う。

 もしかしたらこちらが彼女の本質なのかもしれない、とミッシェルは思った。




 198X年冷戦下

 レーガン大統領政権下のアメリカは戦略防衛構想、通称スターウォーズ計画を押し進めていた。

 全ては対ソビエト連邦の核ミサイルの先制攻撃に対抗する為である。

 だがしかし、ソビエト連邦ではスターウォーズ計画に対応するためにいくつかの極秘の作戦が進められいた。

 そのひとつが超能力を利用した軍事作戦があった。

 その作戦名は“ゴルイニチ13”。

 ソビエト連邦国家情報局KGBの秘密作戦である。

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