2-9 二人の身体強化

「あっちに桜がいるのか」


 綾香は俺が指さした方に顔を向けた。その表情から彼女に余裕が無いのが見てとれた。


「とりあえず、落ち着こう。まだ、誘拐されたと決まったわけではない」

「なにを呑気なことを言っているんだ!!もし誘拐だったらどうするつもりだ」


 彼女は顔を真っ赤にし、俺の胸ぐらをこれでもかと掴んできた。俺は、白くなった彼女の手を優しく外し、冷静に対応した。


「仮に誘拐だとしても、誘拐犯は桜に一つも手を触れる事はできないだろう」


 彼女は訝しみながら、その双眸を俺へと向けてきた。俺は、魔法について話す事にした。


「正直に話そう。俺は先程肩に触れたとき、桜に保護魔法をかけておいた。彼女だけ自分を守る術がなかったからな。それに、俺の保護魔法は強力だ。そこらへんのチンピラでは保護魔法に傷一つもつけることは難しいだろう」


 納得したのか、していないのか。彼女はそれ以上、何も言わず桜のもとへ歩き始めた。すると、今まで静かにしていた猿飛が声をかけてきた。


「なるほど。カイ殿は桜殿に魔法をかけておったのか」

「ああ、人族には魔法を嫌う者もいるみたいだからな。正直、あまり教えたくはなかったんだが。綾香の必死な顔を見たら、つい話してしまった」


 俺は頭を抱え、綾香の背中を追いかけた。猿飛はそんな俺の顔を見るや笑顔を向けてきたが、今回は無視することにした。


「綾香。一人で行こうとするな。相手が何人いるかわからないんだぞ。もっと慎重に行動しろ」


 綾香はこちらに顔を向けると大きく深呼吸をした。


「それもそうね。助けに行く前に私に何かあったらあの子が一番責任を感じちゃうもんね」


 彼女は、冷静さを取り戻すと作り笑いを浮かべた。


 二人とも魔法に対して何も言わないようだが、状況が状況だからだろう。三人の意見を確認するまでは、魔法は乱用しないように心掛けなくてはな。


 しばらく街を歩いていると、魔力の反応が移動し始めた。


「綾香。この街の地図を持っていたりはしないか?」

「地図?持ってたかしら」


 綾香は腰に下げたカバンの中を手探りで探し始めた。


「地図だったら、拙者が持ってるでござるよ」

「ありがとう」


 猿飛が懐から取り出した地図を広げるとそこには見たこともないような文字がびっしりと並んでいた。


「おい猿飛。これはどこの文字なんだ。俺は読むことができないぞ」

「ん?これは普通の文字でござるよ」


 普通の文字?猿飛が嘘を言っているようには見えないが……もしかすると人族と魔族の言葉は共通されているが、文字だけが違うのかもしれないな。これは面倒くさいことになるな。綾香は、これを読めるのだろうか。


「猿飛の字は独特過ぎて私にも読めないわよ。それと地図あったわ」


 綾香と視線が合うと俺の意図を察したのか文字について話してきた。そして、カバンから、市販で売られているような地図を取り出した。


「これがここの地図か……」


 俺は二人に止まるようにと指示すると人の邪魔にならないところに移動し、地図を広げた。


「方角と魔力の強さからみて、桜はだいたいここら辺を移動しているのだろうな。知っての通り、俺はこの街についてわからないことばかりだ。だから桜が今いる場所がどういった場所なのかもわからない。だから二人の話を聞きたい」


 二人は眉間に皺を寄せ、考え始めた。


「多分、ここら辺はたしかスラム街よ」

「そうそう。スラム街でござる。拙者。あそこが少々苦手でござるよ。あそこに住んでいる人たちは皆死んだ目をしていて、その目からはやる気も何も感じないのでござる」


 なぜ、やる気のない人族が住まう場所に桜が連れていかれているのかは謎だが。突発的な誘拐ではないのだろうな。


「とりあえず、急ごうと思うのだが人族も身体強化などできるのか?不可能なら俺が魔法をかけてやるだけだが」


 綾香は残念そうに首を振った。


「人族には自分自身を強化する技はないのよ。気を溜めれば運動能力も上がるけど、この距離を気を使って全力で走ったら気力が持たないわ」

「そうかなら仕方ないな。一応聞くが、お前たち二人は魔法をかけられるのが嫌だとかあったりするか?」


 二人は、間を開けずに即答した。


「大丈夫よ」

「拙者も大丈夫でござるよ。それに仲間を助けるために我儘を言うやつなどペガサスには存在しないのでござるよ」


 俺は、二人と目を合わせ、頷くと二人の肩に手を触れた。


「お前たちは魔力が使えないからな。遠隔で魔力を送り続けながら、二人に身体強化魔法をかけようと思う」

「そんなことができるの?そんなことしたらカイへの負担が大きいんじゃ」


 綾香は心配そうに俺を見てきたが、無駄な心配はさせないように俺は鼻で笑ってやった。


「そこら辺の魔族なら無理だろうが、俺なら問題ない。分身をするようなものだろう。まあ、分身などしたことがないのだがな。それに俺よりも自分の心配をしてくれ、人族が魔法を使ったらどうなるかわからない。体調に異常を感じたら即教えるんだ。いいな」


 二人が頷き、決心したのを確認すると二人に魔力を送った。


「とりあえずは、二人とも問題はないようだが何かあったらすぐ教えろよ。それじゃ。いくぞ!!」


 俺の掛け声に合わせ、二人は立ち上がるとそのまま、俺を追いかけ、近くの屋根に飛び乗った。


「これが身体強化魔法なの?気を使わず、ありえない脚力が出たわ」

「拙者もこれには驚きを隠せないでござるよ。巻物に記された昔の忍者のようでござる」


 初めての魔法に、はしゃいでいる二人へ顔を向けた。


「初めての魔法に興奮するのもわかるが、人族がどのくらい、身体強化魔法に耐えられるのかもわからない。だから急ぐぞ」


 俺は飛ぶように屋根から屋根に飛び移り、最短距離で桜の下へ急いだ。


「二人とも、あと少しだ。おい、聞こえているのか」


 後ろを振り向くがそこに二人の姿は見えなかった。


 くそっ、やはり人族に魔法は無理だったのか、どこかで限界が来て倒れたのかもしれない。俺がしっかり後ろを確認していたら、こんな事にもならなかったろうに。


 俺は、自分の不甲斐なさに怒りを覚えた。


 しかし、今はこんなことをしている暇など無いな。二人を探しに行かなくては。桜には悪いがもう少し我慢していてもらおう。


 などと考える必要もなかった。元きた道を二人を探しながら戻っていると、急いでこちらに向かってくる二人が確認できた。


「カイ。いくらなんでも早すぎる。私達、魔法になれてないからすぐにそんなに早く動けないよ」

「悪かった。俺は結構自分を基準にしているみたいだからな。これからは気をつけるよ。早かったら教えてくれよ。ペースを落とすからな」


 

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唯一の精霊族は最強を夢見る 羽織 輝那夜 @KinayoHaori

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