第3話

あの人はタコの足をぶちぶちと引きちぎるのが好きだ


食事中も、会話中も、


今は存在しないタコの人工培養物を持ち歩いているらしく、ニコニコと楽しくてたまらないと言うような笑顔で引きちぎっていた。


だからいつも海の死んだような匂いが手から漂っている


そんな手で私の髪を無遠慮に撫でるので


思わず「無かったこと」にしたくなるような衝動に耐えなくてはならない


あの人と一緒にいる理由は私にはもはや無かったが、


唯一存在を有効利用できるような方法を発見したので、


私はあの人と待ち合わせたのだった


今は使われていない魚屋博士のオフィスには、


展示品として様々な海洋生物の入った水槽が並べられている


彼の瞳は子供のようにわくわくと輝き


生き物の髄を今すぐにでも裂きたくてたまらないといった風情で指を蠕動させていた。


私はあまりの気色の悪さにさっそく事を起こしてしまいそうだったが、


一呼吸置き、いつものように仕事上の朗らかなコミュニケーションを尊守し、彼を目的の場所まで誘導したのだった。

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宵の惑い @anko37564

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