三題噺の皮をかぶった茶番
吉宮享
三題噺の皮をかぶった茶番
「おかしい」
自然光の届かない石造りの静謐な空間に、タケシの声はよく響いた。
その言葉に、辺りを照らしていた三つの懐中電灯が振り返る。
「お前らもそう思わないか?」
タケシの問いに、
「たしかに」とタカシ。
「おかしいっすね」ヒロシ。
「なんだろな、あれ」アキラ。
三人は一様に頷いた。
大学の考古学研究サークルのメンバーである彼ら四人は、長期休暇を利用して海外旅行に来ている。その目的は遺跡の探索。
現在四人がいるのは、古代遺跡。その中で、入り組んだ通路を抜けてたどり着いた大広間だ。
石造りの床、天井、壁。壁には石版もある。いつの時代のものか、古びた壺など調度品とみられる物もいくつか。いかにも古代遺跡だ。
――が。
その中に異常な存在感を放つ物が一つ。
「……まず、あれはなんだ?」
タケシが懐中電灯で示す先。二体の石像が、門を挟んで鎮座している。
おそらくは入り口を守るガーディアン。そういう意味では遺跡的に不自然ではない。
しかし、石像の異質たる所以は、その風体にある。
「……なんで、石像がカブトつけてんだよ」
ガーディアンは、こどもの日に飾るようなカブトを身につけていた。海外の古代遺跡という場において明らかな不調和だ。
「なに、防御力でも上げたかったの? 確かにガーディアンの使命をまっとうするには殊勝な心がけだと思うよ。でもなんでカブト? なんで和風? せめてもうちょっとまともな装備なかったの? ……それに、おかしいとこはそれだけじゃない」
次にタケシの視線は、目の横の光に向けられる。
この広間には、出入り口が三つある。一つは四人がやってきた通路、もう一つは石像の守護する門。
そして最後の一つ、タケシの見つめる先には――石造りの遺跡にあまりにも場違いな、鉄製の扉。
極めつけに扉の上。走る人を模したマークと『非常口』の白い文字が、緑色光を背景に輝いている。
「出口案内が現代的すぎるだろ。ここ海外なのに日本語だしそれに極めつけは――」
タケシは指を上に突き立てると、
「――お前誰だよ!」
天へ向けて精一杯叫んだ。しかしそこには薄暗い天井があるのみで――
「いやだからお前だよ! その変な語り口調のお前!」
――ん? もしかして私に言ってます?
「そうだよ! お前だお前!」
……どういうことでしょうか。物語の中の人がこちら側に干渉してくるなんて……。展開が行き当たりばったり過ぎましたかね? なるほど、これが俗に言う『キャラが勝手に動き出した』というやつですか。
「なに納得してんだか知らないけど結局誰なんだよ」
私ですか。私はこの物語の作者です。
「作者?」
はい。実は私、サークルで三題噺を課せられておりまして。――あ、お題は『古代遺跡』、『カブト』、『非常口』です。それでプロットも深く考えずに執筆していたんですけど、なぜか君たち登場人物がこちらに干渉し始め、混乱している次第です。
「道理でこの古代遺跡の内装がめちゃくちゃなわけだよ」
まあ、そういうわけで私はいわばこの空間の支配者です。そうですねぇ……<
「ストーリー・テラーって……」
「うわぁ、なんか中二臭いっすね」
……ヒロシ君、今、なんと言いました?
「中二病っぽいなあって」
……ヒロシ君、君は創造主たる私を齢十四歳相当の病を抱えたイタい存在と愚弄しました。決して許されることのない罪です。よって君には裁きを受けていただきます。
「裁き?」
くらいなさい、これが天上の怒りです。
〈轟音とともに、吊り天井がヒロシの頭上へ落下した。〉
「え?」
〈タケシが間の抜けた声を上げる。出てきた言葉はそれだけだった。タケシ、タカシ、アキラの三人は、ただ唖然と立ち尽くす。そうしている間に、吊り天井の下敷きとなったヒロシは光の粒子となって消えた。徐々に現実を認識し始めた三人は、今は亡き友の名を、ただただ虚空へ叫び続け――〉
「まてまてまて!」
ちょっとタケシくーん、地の文に割り込まないでくださいよー。物語にならないでしょー。あとちゃんとヒロシ君の名前叫んでよー。感動的な別れのシーンだよここー。
「どこに感動要素あった!? じゃなくて今なにしたんだお前!」
ちょっくら地の文を加筆いたしました。これが私の物語を綴る力です。残念ですが、支配者たる私を愚弄したヒロシ君には亡き者となっていただきました。私に反抗的な態度をとるとこうなります。
「いや亡くなったってか、ヒロシなんだか光って消えたけど!? すげぇ幻想的な消え方したけど!?」
ほら、さすがに吊り天井の下敷きになったまま、血ぃだらだら流して倒れてるのはグロいじゃないですか。私そういうのダメですし。
「本当に物語書く気あんのかお前!」
お? なんですか? タケシ君、君も私に歯向かいますか? ヒロシ君と同じ末路を辿ることになりますよ?
「ぐっ……」
私の力は絶対です。私にかかれば君たちの行動など思いのまま。例えば……
〈突然のヒロシの消失に、アキラは冷静な判断が取れなくなる。彼はタケシとタカシを置き去りにし、非常口へと駆け出した。〉
〈「冗談じゃない! 俺はこんなとこ出てってやるぞ!」〉
「ああ! アキラがフラグめいたセリフとともに走っていく! よくわからんけど行っちゃだめだ!」
〈タケシの忠告もむなしく、アキラは非常口の外へ飛び出す。〉
〈そこには真っ黒な深淵が広がっていた。〉
「うわあああああぁぁぁぁぁ――……」
「アキラああああああああああああ!」
〈アキラは底のない闇へと落ちていった。〉
「ってあれなんだよ! 非常口じゃないのかよ!」
見ての通り、深淵です。底のない闇です。
「やっぱり中二くせぇ! そして語彙が少ねぇ!」
いやー、プロット段階で舞台練るの面倒になってしまいまして。この遺跡の外は何も用意してません。
「雑だなおい!」
だってしょうがないじゃないですかー。ほら、始める瞬間は燃えてたけど作業途中で鎮静化する。そんなときって、あるでしょ? ね、あるでしょ? どうも書いてみたら気分が乗らなくて……。
「だとしても、さすがにもっと考えて話作れや! 何も考えずに突っ走るからこんなメタ展開になってんだろが! それ以前に全体的にテキトーなんだよ! 例えば俺たちの名前!」
といいますと?
「なんで全員カタカナ三文字なんだよ! 文字にしたら見づらいったらないよ! ただでさえ個性なくてキャラだけ多いのに! 特に『タケシ』と『タカシ』って、ややこしいにも程があるわ!」
「え、ちょっとタケシ、人のこと没個性とかひどくない」
「今はそこ気にすんなタカシ!」
ったく、しょうがないですねー。わかりましたよ、じゃあタケシ君、君に超かっこいい名前つけてやりますよ。それで文句ないでしょ?
「え、俺?」
そりゃあ言い出しっぺですし。文句ありますか?
「いや、文句っていうかほら、俺からしたら生まれた瞬間から『タケシ』として生きてきた記憶があるわけで……。それを変えるのは気持ち悪いっていうかなんていうか……」
そうですね、確かに『タケシ』っていう前提はもう変えられませんしー。むむむー……――あ。
それじゃあれだ、漢字にしましょう。
――
「すげぇ! 平凡な名前が一気にイタイタしくなった!」
なんということでしょう! 我ながら晴天の霹靂です! 『他消』……! 名前から漂う強者臭が半端ない!
「やめろ恥ずかしい!」
恥ずかしいとは何ですか、せっかくカッコいい名前なのに。君みたいな、話を回すだけのツッコミキャラにはもったいない。ぜひとも他の作品のネタにしたいくらいですよ。あー、本当にもったいないなー……。あ、そうだ、もったいないので君には消えてもらいましょう。
「なんでそうなる!?」
だって君さっきから私に反抗的ですし――というのは建前でほら、同じ名前のキャラを意味もなく複数作るのは気が引けるでしょ。君に消えてもらうことで私は『他消』という名前を心置きなく他の作品で使うことができます。
「そんな理由で自分の作ったキャラ消すんじゃねえ!」
よしそうと決まれば、
〈吊り天井落下。〉
「もはや文章もテキトーだあああああ――」
〈他消の最後のツッコみは、頭上からの衝撃に掻き消された。〉
「他消――――――――!」
〈タカシの悲痛な叫びが木霊す――
「お前までその名前で呼ぶなよタカシ!」
……なん……だと……?
「他消、生きてたの?」
「だからその呼び方やめ……って、もうめんどいからいいや」
なぜ生きているのですか!? 吊り天井はどうしました!?
「あー、なんか『ヤベェ』って思ってたら消えた」
消えた? 一体何が……。私の文章は絶対。取り消すことなんて……――消す……? はっ、まさか!
「なるほど、この名前か」
名は体を表すという……。まさか、私が『他消』なんて名前をつけたせいで、君に特殊な力が身についたとでもいうのですか! 『他消』……他を消す……。つまり自分以外を思うままに消し去る能力! そんなの、異能バトルものでは容赦なく制限がかかる最強能力じゃないで か。――って あれ? 文 がおかし 。な です これ !
「なるほど、『他を消す』ねぇ……。便利な能力だな」
あ、他消君がとても悪い笑顔をしてる! 君の仕業ですね!?
「こうして念じれば、お前の文章、それどころかお前自身さえも消せるわけだ」
「いいぞ、やっちまえ他消!」
ちょっと待 そ 反則 。
「くらえ! ヒロシとアキラの恨みだあああああ!」
ぎゃああ あ ――とりあえず皆さんさようならああ あ ――
三題噺の皮をかぶった茶番 吉宮享 @kyo_443
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます