第三章『そこに栄光はあるんか?』 3
その後も魔力測定は続いていく。
順番で言えば次は恋花さんなのだが、これがどうにも言葉に困る。
平たく言えば平均をやや下回る。悪く言ってしまえば……。
「なんというか、全体的にパッとしないわね……」
「ごめんなさい……お見苦しいところを……」
これまでの雰囲気でそんな気はしていたが、恋花さんはあまり魔法が得意ではないらしい。すっかり縮こまってしまった。
「んー……なにがいけないんでしょうか」
星奏さんのように急ぎすぎもしなければ、私のように要領よくはいかない。
終始おぼつかない様子でおっかなびっくり線をなぞる姿は、補助輪を外したばかりの自転車に似ていた。
勢いをつけることを、あるいは勢いが良すぎて、振り回されているように見えた。
「あはは……いいんです。自分が一番良くわかっていますから……あ、向こう空いて来ましたね。行きますか?」
「え、えぇ。そうね」
恋花さんは困ったように笑って耳を撫で、次の検査へと意識を向けさせた。
得手不得手というものは誰にだってあるものだ。自信のないものを他人に見られるのは誰だって恥ずかしい。
そこに敢えて触れようとすれば相手から反感を買い、きっと嫌われてしまうだろう。
「恋花さん恋花さん。ちょっといいですか?」
それでも私は、小さな違和感を見逃すことはできなかった。
「どうか……しましたか?」
肩を震わせ振り返った姿が、どこか怯えたように見えた。
「そんな大したことではないのですが……すこしミスリルを見せて頂いていいですか?」
恋花さんはぎこちない仕草でイヤリングを外すと、何かを躊躇うようにミスリルを見つめた。
「……どうぞ?」
「ありがとうございますっ。そんな不安な顔しなくても悪いようにはしませんから」
ポーチから虫眼鏡を取り出してイヤリングの隅々まで目を凝らす。
すこしくすんだボディに主張の激しい薔薇の彩。傷は少なく、大事に扱われてたのがわかる。
この傷の少なさは、宝飾でありがちな重要な場面にしか使われない秘蔵の一品に近い。
何もおかしなところはないが、これは実に妙だよ。ワトソンくん。
高等部になると同時に配られたはずなのに、やけに年季が入っているのだ。
私のように自前で代用しているというわけではないらしい。嵌められている宝石はヤケに高純度なミスリルだった。値段も出力も相当なものだろう。
どちらかと言えば、私の受け取ったミスリルに近いか。
なんにせよ魔法に苦手意識がある恋花さんが持ち歩くには、色々と不自然な代物なのは間違いない。
「あの……花莉好さん?」
おっといけない。つい夢中で見てしまった。それにしてもこれ作った人はいい仕事をする……。
「あぁいえ、あまりに綺麗だったのでついっ」
返す前にサッと掌で覆い、姿を隠す。消えたはずのイヤリングは何故か指の間に挟まっていて、手を振る度に2つ、3つと増えていく。
「わぁ、手品だ……ふふ。すごいですね?」
うつむきがちだった恋花さんの顔が、すこしほころんでくれたような気がした。
ごめんなさい。そして一芝居、お付き合い願います。
「んふ~♪さぁ~て、どっちでしょうかっ」
握った拳を2つ差し出しておちゃめを演出。昔、気になる子を振り向かせたくてちょっとかじった種も仕掛けもあるマジック。
「むむ。どっちかな。こういうの迷っちゃって決められないんですよね……ん~、じゃあ右で!」
「ほんとにこっちでいいんですね!?」
「えぇっ!?そう言われると悩んじゃいますぅ……!」
「れっつ、オープン!」
決めたならもう遅いとパッと右手を開くも、そこには何も握られてはいなかった。続いて左手も開くが同じく空。
あぁっ、そんな風に頬を膨らませないで可愛いくて死んじゃいます。
「では、消えたイヤリングは一体どこへ。その答えは……」
ぐっと距離を詰め、ぶつかりそうなほど顔が近くに来る。突然の急接近に驚き、恋花さんは耳まで赤く染めている。
大きな眼と濡れた唇の色香に惑わされ、危うく触れてしまいそうになる。
その聖域を軽々しく汚してはならないと、魔性の誘惑を断ち切り、この大仰な演出を続けよう。
流れるような動作でもって恋花さんのふわふわな頬に触れ、そのまま耳に手を伸ばすとカランと揺れるイヤリングが姿を現した。
「恥ずかしがり屋さんのようで、自分で持ち主のもとへ帰ってしまったようですよ」
大袈裟な仕草は続けたまま、自身での確認を促す。
危なかった。危うく三十回は恋に落ち直すところだった。
「ふぇっ!?あ、ほんとだ戻ってる……」
も、もうちょっと軽い仕掛けでもよかったかな……ドキドキ。
手品が終われば縮まった距離の分、奇妙な気まずさだけが残ってしまった。
「アンタたち……人放っておいてなにやってんのよ……」
「わぁっ!」
「ぃっちゃ……!?」
脇腹に鋭い痛みが走ったかと思えば、横に仏頂面の星奏さんが立っていた。怒った顔も可愛いね。
「……行きましょうか」
「そう、ですね……」
二人で顔を見合わせ、自然と笑みが溢れる。
目的は果たせたし、ともかく魔力測定に戻るとしよう……。
そう思って、一歩踏み出したとき、
「……はふ」
風に乗って、深く息をつく音がした。
※
三人で交互にチェックリストをこなしながら、時折足を止めながら。
私にも当然苦手な分野はあり、苦戦して星奏さんに笑われ、恋花さんに慰めてもらって。
先程の頑張りもあってか、変化は少しずつ現れた。順番待ちの列の中で話しかけてくれる人が出てきたのだ。
時間にして僅か数分。先程のパフォーマンスの称賛や、コツを教えてほしいというもの。
話題としてはその程度。なんてことないただの雑談。世間話程度だが私はそれがたまらなく嬉しかった。ついつい喋りすぎて、時間はあっという間に過ぎていく。
一歩一歩確実に、打ち解けている気がする。よかったよかった。
誰もが真剣に取り組んでいる様子に感化され、私にも熱が入っていく。
「いいですか。出力をあえて抑えるんです。早くやらなきゃって焦ってついつい急いでしまいますが、それではコントロール面がガタガタになってしまいます」
「わかっているんだけどね……」
得意なことは、人に伝えて。
「そんないつも派手にやらなくていいんですよ……?点数には影響しませんから……」
「そのほうが楽しいじゃないですかっ!」
苦手なことは、教わりながら。
正に順調そのもの。このまま何事もなく一日目が過ぎていくのだろう。
魔力測定ももうすぐ終わる。この列が最後だ。
しかし一日を振り返って見ても、"魔力"を使うだけで"魔法"は殆ど使われないあの計測になんの意味があるのかよくわからなかったな……。
お絵かき、的当て、球避け、壁押し、土いじり火遊び水遊び風遊びetc。もうあまり覚えてもいないや。
今並んでいるのもなんの検査だったか……まあ、何でもいいですけど。
「ふにゃぁ……」
「大きな欠伸……あはは、疲れちゃいましたね」
「もうちょっとなんだからシャキっとしなさいよ。だらしないわね」
「お昼前は眠くなっちゃいますよぉ。あー日差しが暖かい……ほわ……」
「ちょっ、言ったそばから人に寄りかからない!」
「星奏さんはケチんぼさんですね……?」
「誰がケチよ!レンゲもなんとか言ってやりなさい!」
「うぅん……もうちょっとだけ、私とがんばりましょ……?」
「シュキッ!がんばりましゅ!」
退屈。されど心地良い。友達ってきっとこういうものなんでしょうね……。
地元じゃあまりなかった安らぎが、こんな身近に感じられる。それだけでこの学園にやってきてよかった。
今はまだ心の距離を感じる方たちとも、いつかこうして話せるといいな。
「あ……」
感傷に浸り泳がせた視線の先。列の数順前に、目が覚めるような紅を見つけた。
「烈火さーん!」
「っ……」
苛烈で激烈であったはずの彼女は、何故か肩をピクリと震わせてからゆっくりと振り返った。
急に名前を呼んで驚かせてしまったのだろうか。
「お元気そうで安心しました!」
「……えぇ。お陰様で」
列を抜け出してパタパタと駆け寄り、彼女の絆創膏だらけの手を取る。昨日はなかったから、決闘のときにできた傷だろう。
「……ッ、何の用、ですの」
「用というほどのことはありません!見知った顔を見つけたので嬉しくなっちゃって!」
「そう……用がないなら、列にお戻りなさい」
自信と自負に満ちた気持ちのいい笑顔は、そこにはなかった。
「あ、……えと。また決闘しますか?リベンジはいつでもウェルカムですよっ」
「……結構ですわ。恥の上塗りをしたくはありませんの」
「た、たはは~。振られちゃいました。じゃあ勝負でもいいですよ!次の測定のスコアとか!」
「……
下唇を噛み、握られた拳に力が籠もる。
「昨日の決闘で、貴女の力量は理解しましたわ。先程から見せつけているパフォーマンスも、随分と余裕そうですものね」
私は、その顔を知っている。後ろめたい事があるときの、逃げ出したいって表情だ。
「いえ……理解できなかった、が正しいかもしれませんわね」
「そんなそんな、昨日は偶々ですよ~。不意打ちみたいに勝っちゃいましたから、次やったらどうなるかわかりませんよ?」
「わかりますわ。そのくらい」
でも……でも、わからない。なんでそんな、怯えたような顔をするのだろう。
鳳凰院烈火という人間は多くを積み重ねなければならない責任と、その価値の重さを理解している少女だったはずだ。
名誉挽回の機会に、敵を前にそんな顔をするはずがないのに。
「……貴女に負けて、一晩中考えておりましたの。確かに油断をしておりました。ですが、それでもきっと鳳凰院烈火は花莉好陽菜に勝てないだろうと、痛感致しましたわ」
「な、なにをそんな卑屈になっているんですか!らしくないですよ!」
「らしくない?えぇ……そうかもしれませんわ。貴女が私の何を知っているのかはわかりませんが」
「や、あの……」
「私は、これでも人の何倍もの努力をしてきたつもりですわ。最新の論文にも目を通し、それなりに魔法への造詣を深めていたつもりでしたの。……でも、私にはわからなかった。貴女が何をしたのか。自分が何をされたのか」
触れていた私の手を払い、鳳凰院烈火は背を向けた。
「圧縮した魔力で私の術式を塗り替えた。それ自体は理解できました。でも、どうしてそんな事ができるのかがわかりませんわ。魔力をどれほどの密度にすれば術式一つを覆えるのかも、塗り替えた術式の操作を瞬時に行うのも。理屈はわかってもとても人間業だと思えません。
それをさも当然のようにできた貴女は、きっとお兄様と同じ……遠い存在なのですわ」
そこに、期待していた灯火の熱さはなかった。
「
わからないから、きっと理解できない遠い存在だから。これ以上近づくな――。
疑う余地のない拒絶。未知のものへの恐怖。そして……日陰へと、彼女は落ちていくのだろうか。
列が進み、紅い背中が遠ざかる。きっとこのまま振り返ることはないのだろう。
それでいいのだろうか。私に負けて、空の高さに打ちひしがれて、空を見上げなければ楽に生きられるのだろうか。
「花莉好さん?大丈夫ですか……?私なんかが言っても仕方ないかもしれないですけど、あんまり気にしちゃ駄目ですよ」
何故そう簡単に諦めてしまえるの。貴女は誰よりも諦め悪く足掻く人間ではないの。
「コロナ、今はそっとしておいてあげたほうがいいわよ。敗者は勝者に言われたくないこともあるの」
これまでの不屈と研鑽を嘘にしてまで、私を怖がる理由なんかどこにもないでしょうが。
ワクワクしたんじゃないんですか。本気になっても良い相手を見つけて、自分の限界がなくなるような興奮を覚えたんじゃなかったんですか。
私もそうなんですよ。私もそうだったんですよ……。それを……たった一度コテンパンにされたくらいで……!
「鳳凰院烈火ッ!!!」
口から溢れた咆哮は。怒号にも、或いは悲嘆にも聞こえたかもしれない。
”観客”は彼女への道を一直線に繋いでくれた。
羽ばたくことを諦めた鳥に、忘れ物を返すために。
「もう一度、私と、この花莉好陽菜と!決闘しなさい!」
足元へ叩きつけられた不死鳥の刺繍が、淋しげに持ち主を見上げる。
「……決着はつきましたわ。もう戦う理由なんて……」
「ありまぁす!!!」
「……これ以上、敗者に恥をかかせないでくださいまし。お連れの方達も困っていてよ」
顔に手を当て、怪訝そうにこちらを睨み返す。
私のすぐ後ろで恋花さんがあたふたし、星奏さんはお腹をさすっていた。
「ごめんなさい。二人共。すこしだけ、わがままを許してくださいね」
「はぁ……問題を起こすなって言ったばかりよ」
「花莉好さん、一応今授業扱いなんですよ……流石に決闘は許可が降りないかと……星川さんもこういってますし。私も今日はなんだか調子がいいのでこのまま平穏に終わりたいなー……」
「特別よ。風紀員の権限で許可するわ」
「星川さん!?」
「ありがとうございます!」
持つべきものは話のわかる嫁と理性的な嫁。両方いたら最高ですよ。
許可もおり、やらない理由もなくなったと、得意気な顔をして烈火さんへと向き直る。
「まったく……しつこいですわね。何が納得できませんの?私は負けを認めましたわ。他に一体何を……」
「栄光です」
言い訳を続ける彼女へ、一歩。
「逆に何をそんなビビってるんですか?名誉挽回のチャンスですよ。願ったり叶ったりでしょう」
二歩。後退を許さぬ挑発。
「一度負けて、力の差に心が折れて、高みに背を向ける。そこに栄光はあるんですか?」
三歩。
「嘘にしないでください。貴女の誇りを。貴女自身を」
四歩。
「不死鳥は、灰の中から蘇るのでしょう?」
五歩目は、必要なかった。
魔女と太陽の足跡 立花道露 @hakuro_3
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