第三章『そこに栄光はあるんか?』 2
半径10メートル。近すぎず遠すぎないこの距離が、私と他の生徒たちの間に存在する隔たりだった。
試しに一歩近づこうものなら、青ざめた顔で反発する磁石のように同じ分だけ下がっていく。
それは紛れもない拒絶。恐怖の対象。一切合切疑いようのない隔絶。孤立。えんがちょ。
怯えるような表情に、星奏さんの言っていた事が事実だと実感するのだった。
「もうだめだぁ……私はこのまま日陰で芋虫のように生きていくんだぁ……」
運動場の端、木陰の下で地面にひたすらのの字を書いていく。今の私に許された唯一の遊び。
友達百人出来るかな。儚い希望は僅か一日で潰えたよ。最速記録更新です。
泣きそう。泣かない。泣きたい。泣いていいですか?
現実ちゃんからわからせパンチされてしまった……。高校デビュー失敗してかわいそ♡友達百人とかむりむり♡コミュ力よわよわ♡おまえのせきねぇから♡負けちゃえ♡
「アァ!?陽菜ちゃんは負けないが!?」
「はぅ、おっきい声……急に叫ばないでください……」
「あわわごめんなさい。でも安心してくださいね、陽菜ちゃんはめげません!」
「はぁ……頑張ってください?」
愛する恋花さんを驚かせてしまった。反省しろ現実ちゃん。
でも恋花さん?グリモアだけじゃなくて私の方をちょっと見てくれて良いんですよ?ずっと端末いじってませんか?
現代っ子ですものね。スマホは友達ですものね。使いこなせてて偉い!
私もめそめそしていられません。頑張れ花莉好陽菜。悪い事は転じて良いことに変えられるぞ。
スカートの土埃を払い、一体全体どうしてここまで怖がられているのか考えねばならない。
入学式、挨拶、決闘、ナンパ、遅刻……一番考えられるのは決闘なのだが、あれは売られた喧嘩を買っただけのはずだし。なにもおかしなところはなかったように思う。
他のも別段気にするようなことはない。壁は壊したし噴水も壊したけど、それくらいだ。
強いて言えば不良少女に見られなくもないけど、こんなにきゃぴきゃぴした不良はいないですよ。見ればわかるはず。
それにどう考えてもたった一日で避けられる原因を作れるとは思わない。清廉潔白なのは明らかなのだが?
「星奏さぁん。私特に悪いことしてないですよね?なんでこんなに避けられてるでしょう……」
「今集中してるから話しかけないで!」
「す、すいません……」
え、星奏さんにまで避けられちゃうんですか私。いい加減構ってくれないと大声でギャン泣きしてやりますから。
集中しているも何も、両腕を突き出し魔力線をぐにゃぐにゃさせているだけのように見える。
恋花さんがグリモアでお題を出して、星奏さんがそれを魔力線で次々描き出している。新しい遊びかな。
それが終わるのを見計らい、肩で息をしているツインテールの横から顔を覗かせる。
「お二人でなにやってるんです?新手のお絵かき?」
「魔力制御に決まってるじゃない。見てわからないの?」
「花莉好さんは初めて見るかもしれないですね」
そう言って恋花さんが魔力測定ツールを見せてくれた。測定方法には様々な種類があり、今回もその一つだという。
中には専用の器具を必要とするのもあるが、それは順番待ちが必要であり遅れてきた私達は人が少なくなるのを待たねばならないらしい。
そのためすぐにできる軽いタスクからこなして行く方針になったという。
同じ班なのにまったく聞き覚えがないのは、私が隅でいじけていたからだろう。仕方ないね。
「ほえー、でも見てた感じぐにゅぐにゅさせてただったような……」
「苦手なの!良いじゃない多少形が悪くたって!それよりレンゲ、アタシの評価は!?」
計測中の表記が消えると2つの三角形が現れた。薄くメモリにCとあるものが平均で、その上に重なる濃い三角が星奏さんの成績なのだろう。
いや、しかしこれは、三角形と言えるのだろうか。ほぼ一本だった。
速さだけがずば抜けていて、正確さと安定性は皆無に等しい。平均値が記されてなければ棒グラフと勘違いしていただろう。
「制限時間3分、不合格多数、合格数6……総合評価Dマイナスです。見事なまでに釘ですね」
「釘!?あぁぁもう!コロナ!アンタが話しかけたからぁ!」
「ふぇぇ陽菜ちゃん関係ないですぅ。だから胸ぐら、胸ぐら掴まないで……」
首元から前後に揺さぶられながら精一杯の人畜無害アピール。
わたしわるいおんなじゃないよぷるぷる。ぼうりょくはんたい。らぶあんどぴーす。
「はぁ……そんなに言うならアンタ次やりなさいよ。人に文句つけるんだから大層自信があるんでしょうね」
襟元を正していると星奏さんが唇を尖らせて頬をつついてきた。軽率なボディタッチは気をつけてください惚れてしまいます。
プライドを傷つけてしまったかもしれない。ちょっと反省。
「やれと言われればやらなきゃいけないからやりますけど……どうやればいいんです?」
「あ、私が教えますよ。グリモアを貸してもらえますか?」
言われるがまま恋花さんに端末を渡すとすこし驚いた顔を見せるも慣れた様子でピピッと起動してくれた。
それと同時に立体ホログラムが浮かび上がり、説明文と制限時間が表示される。
「星川さんがやっていたのは速さや精密さを見るためのテストですね。表示されるお題を時間内にできるだけ多く魔力線で模写するんです」
「精密さ……?」
「そこ!いちいちこっちを見ない!」
「な、なにも言ってないじゃないですかぁ。もう……」
ともあれ、やるならば手は抜けません。この花莉好陽菜、勝負にはいつも本気なのです。
腰に巻いたポーチから指輪の入ったジュエリーケースを取り出し、元々つけていたものと交換する形で付け替える。
天気は快晴。そよ風の気持ちいい春の朝。瑞々しい草木の匂いは、私を落ち着けてくれる。
あてがわれた色彩は暖かな陽射しを誘うペリドット。波打たない安定した調整が得意な良い子ちゃん。
「シルフィは今日も可愛いですね~♪ん~まっ」
翠は光を重厚に反しながら、幾重にもその輝きを増していく。計算され尽くした美しさは、何度見ても心を奪われてしまう。
実家から連れてきた私の最初の相棒もまたやる気は十分。
心臓が熱を持ち、魔力が起こされていくのがわかる。身体の隅々、爪の先髪の毛一本まで世界と繋がっていく感覚。
他では喩え難さがある独特の心地良さを感じていると恋花さんがシルフィをじっと見つめているのに気がついた。
女の子は皆ジュエリーに憧れを抱くもの。うふふ。好きなだけ見てくれていいんですよ。
と思っていたのだが、その目には疑問の色が宿っていた。
「……それ、全部ミスリルなんですか?」
「違いますよ?この子はペリドットのシルフィっていいます!」
「ペリドット……あぁいえ、そうではなくて。珍しいなぁと……」
珍しい?一体何のことだろう。自分のジュエリーケースを持ち歩いてることかな?
「ミスリルを使わないことがでしょ。学園生なら例外なく持っているからわざわざ他のデバイスを使わないわ」
「あぁ。そんなことですか。こっちの方が慣れているってだけですよ」
魔法を使うのになにもミスリルが必須というわけではない。もしそうだとしたら魔法という技術はここまで発展していない。
ミスリルはそもそも魔素の濃い場所に自然精製されるもので、原産地は限られているのだ。
地脈が複数重なるこの地域なら当たり前に手に入るかもしれないが、残念ながらそうでない場所のほうが多い。
そうした場合はどうするか?無論別のもので代用するしかない。
幻想結晶は万能であるがゆえに最高。しかし最適はまた違う。
幸いな事に宝石や一部金属はミスリルほどの魔力伝導率はないにしろ安価で加工もしやすい。これまでの技術を活かすため他の素材が使われる事も少なくない。
むしろミスリルだと環境の影響を強く受けるため大量生産には向かない上、出力が高すぎる事も多い。
魔法学園のような専門機関でもなければ、全員が持っていて当たり前の代物ではないのだ。
「あ、もしかしてミスリル使わないとダメとかってあります……?」
「たぶん大丈夫だと思いますが……どうなんでしょう?」
計測係の恋花さんが一応風紀員でもある星奏さんに伺いを立ててくれた。
こういうときに内部事情に詳しい人がいると助かるなぁ。
「別にいいんじゃない?ただ、酷い結果になってもミスリルを使わなかったからって測定結果に文句は言わないことね」
「いいませんよ~もう、私がそんな賽の目にアヤをつけるようなダッッッサいことするわけないじゃないですかぁ」
清く正しく美しく。この花莉好陽菜の道に不浄は許さない。
なんにせよ助かった。個人的にミスリルだと困ることもある。
「では――始めます」
軽く息を整え、いざ。
「花莉好陽菜、よろしくおねがいします!」
開始の合図と同時、ホログラムが時を刻みだす。
魔力測定など生まれてこの方やったことはないが、どういった要領でやればいいのだろう。
いいや、手探りで。新しい物に挑戦するのはいつだってワクワクだ。私はチャレンジャー。楽しむ心を忘れてはいけない。
この体にはただでさえハンデがある。クールにいきましょう、シルフィ。
模写をしろとは要はお題をそのまま描き出せばいい。魔法陣のように複雑な術式はいらない。
指輪に魔力を込め、頭の中のイメージを写真のようにはじき出していく。
「へぇ……流石に速いわね」
映し出されるのはどれも単純な図形。平面、立体、漢字に英数字。
円を、角を、線を。視界に映ったそのままを中空に放つ。
リズムよく飛び出すそれは、さながらシャボン玉のように辺りを漂い広がった。
「綺麗……」
ただの魔力線は触れるだけで崩れ、泡のように霧散する。散らばる白い粒子こそ魔素そのものであった。
洗練されていく軌跡は、見る者を知らずのうちに魅了していく。傍らで見守る二人も、遠巻きに見ていた生徒たちの目すら奪い、視線の中央には私がいる。
普段やらない動き。緩急ある難しさ。小気味よい呼吸に神経が研ぎ澄まされ、魔力制御の精度を更に上げる。
コツを掴めばあとはリズムよく、一番気持ちのいいタイミングで。
「あっは、楽しくなってきましたっ」
いつの間にかゲームのような感覚になり、派手なことがしたくなってきた。
制限時間も残り僅か。このままただ終わるだけじゃつまらない。最後に大きく打ち上げよう。
多くの目に晒された今になってすこしだけ、私が避けられていた理由がわかった気がする。
私は外からやってきた異分子なのだ。何をするかも、何を考えているのかもわからない。
烈火さんという、恐らく同世代の想像していた強さの象徴をあっさりと超えていく未知の存在。
そう。わからないから怖い。知らないが故に恐れる。人とはそういう生き物であり、そうやって生き延びてきた。
だからいい機会だろう。注目を集める今が、花莉好陽菜という人間を知ってもらう絶好の機会だ。
漂う魔力線達を頭上へと集め、一つの波を作り出す。
廻れ廻れ。万物をつなげる一つの答えへ、私の想いを形にするのだ!
「――3、2、1」
百を超える記号の群れは、大きな群体として新たな意味を持つに至る。
風に乗り、想いを乗せた私の心。遥か見上げるハートの光が運動場を覆った。
誰もが息を呑むその中心に魔力が集まると、続け様に弾けて光の雪をもたらした。
汚れなき純白の輝きは、見つめる人々にどう映っただろうか。それを決めるのは、私ではないのだが。
私の名前は花莉好陽菜。どこにでもいる、ちょっと寂しがりやな十五歳ですよ!
「か、花莉好さん!すごいです!」
背後から、我が愛しの恋花さんが慌てた様子で端末を見せてくる。
映し出される枠を大きく踏み越えた正三角形は、此度の栄光の証。
「全項目A+……こんな成績みたことありません……!」
「んふふ。そうですか。これも偏に恋花さんがいてくれたからですよ。ありがとうございました」
興奮した様子の彼女の手を包み、自身の額へ近づける。
「これくらい恋花さんもすぐ出来ますよ。私がコツを教えてあげます」
そうとも。わからないなら教えてあげればいい。魔法のことも、私自身のことも。
「ちょっと、コツとかあるならア、アタシにも教えなさいよ……」
「たっはは~。もちろん星奏さんも一緒ですよ~」
未だに拗ねた様子のツンデレさんと恋花さんの手を取り、遠巻きのギャラリーたちへと目を向けた。
こちらを見つめるいくつもの視線に、先程までの怯えとも恐怖とも違う、戸惑いと迷いの色が滲んでいる。
「だから……皆さんの事も、これから教えていただけませんかっ」
二人が私を怖がらないのは、私という人間を既に知っていたからだ。
ならばこれからたくさんの人たちとも見ているだけじゃなくて手を取り言葉を交わして、多くのことを知っていけたら嬉しいな。
上手く行くかはわからないけど、一歩一歩手探りでやっていこう。
私はチャレンジャー。恐れは特に、必要ないだろう。
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