とざきとおる

「お前らは滅ぶべき悪だ」

 洞窟の奥地にある、天井が抜けて日が差し込む暖かな場所。


「おおぅい、できたぞぉ」


 僕が呼びかけると、彼らは笑顔でこっちに来てくれる。


「アストリードスワロー! 揚げるの?」


「ああ。今日はあの花の蜜も取れたし、いい調味料も作れそうだ。甘辛ダレで下味をつけてみようか」


 喜ぶ子供たち。そんな彼らを養うのはとても大変だ。毎日の狩りも孤独で生きていく領の4倍の成果を出さないといけない。


 でも別にそれが嫌なわけじゃない。むしろ楽しくすらある。


 僕は物心がついた時から1人だった。親が何かしらの理由があっていないのは理解できた。


 その時から今まで生きてこれたのは奇跡と言っていい。


 この子供たちを見つけるまではずっと独りで生きてきた。狩りも自己防衛のための戦いの術も、教養もすべて誰かのを盗み見て、盗み聞きながら何とか習得してきた。


 しかし、とても寂しさを感じることが多かった。


 でも友達もいないし、家族もいない僕は、誰かと生きることはないと思っていた。


 しかし。


 生きていればいいことはあるものだ。


 子供たちにとっては可哀そうなことだったかもしれないが、僕にとってはそれは暁光だったのだ。


 最近、武装をして魔法を使う恐ろしい奴が世界中で見かけられているらしい。


 そしてそいつらは各地を旅しながら、誰かの安住の地を襲撃し滅ぼしつくしているそうだ。


 今、料理を心待ちにしている子供たちも、その恐ろしい奴に家族を殺され、幸運にも生き残った子たちなのだという。


 僕は何を思ったのか、1人では朽ちるしかない彼らを引き取り一緒に生きることを諦めないように頑張ろうと提案したのだ。


 無意識に出た言葉であり、きっと僕の寂しさも最高潮に達していたのだろう。


「揚げるの手伝うー!」


「そうか。なら、もう下準備はできてるからゆっくり油の中に入れるんだよ」


「はーい」


 そしてこの子たちが、僕のねぐらに来た。


 最初は慣れない環境に困惑する子たちも多かったと思うけど、


「うわあ……! パチパチが」


「ははは。なんだユース、ビビったのかー?」


「うう。驚いてねーし」


 今はからかうくらいのことができるほどに仲がいい。


 肉の揚げものも余り時間をかけずにできたので、葉の上に盛り付け、そして皆で食卓を囲む。この卓も子供たちが来てからこしらえたものだ。今までは大工の真似事はしてこなかったが、不細工なこれを作って、ちょっと工作にハマった。


「さて、じゃあ、今日の食い物はこれだ。抜け駆けは無しだぞ、みんなで食べるんだから」


「はーい」


「じゃあ、いただきます!」


 特にこの食事の時間は1日のうち最高に楽しい時間だ。


 なんとない話をしながら、皆で笑顔になり、腹も膨れる。


 子供たちにはこんな質素な生活しかさせてあげられないのが少し悔しいが、そこは努力次第だろう。


 この幸せを今はかみしめたい。


 できればこれからもずっと――。





 すべてのことに終わりはある。


 そして終わりのすべてが幸福なものであるわけではない。


 僕に降りかかったのは災厄であり。


 それは酷い運命と言うべきだろう。


 断末魔。


 僕が狩りから戻ってきたとき、僕らの住処は燃え、崩れ、……ひどいものだった。


 それをやったのはアイツだ。


 あの……『冒険者』とかいう人間だ。


「もう1匹」


 数人がかりで罪のない子供を、剣で、魔法で殺しつくした。


 なんで。


 僕らは人間を襲わなかった。


 僕らは人間から何も奪わなかったじゃないか!


「勇者様、私が」


「いや、俺がやる。どうやらさっきの小型よりはよさそうだ」


 感情のない目だ。まるで、僕らの駆除が当たり前だとでも言うような。


 ふざけるな!


「お前……よくも、僕の!」


「この洞窟、他に魔物はいないのか」


「黙れ……なんで、なんで殺したんだ。あの子たちは何も」


「……?」


 不思議そうな顔をして勇者は言ったんだ。


「経験値、とでも言うべきか。俺はお前達を殺せば殺すほど強くなる。そして最後にはお前達のような魔物が蔓延る世の中から世界を救うんだ。そのために俺は魔王を殺すため強くならないといけない。なら、目の前に魔物がいたら、殺すのは当然だろう?」


「お前は、目の前の命を、なんだと……!」


「別に……何も?」


 は?


 理解ができなかった。


 この男は、僕を。


 同じ『命』として見ていないんだ。


 勇者が剣を持って迫ってくる。


 ――こんな。


 こんなことがまかり通っていいのか。


 そんなはずはない。


 そんなことは許されない。


 こいつらは悪だ。僕らだけじゃなく、きっとこれからも同胞を殺しつくして行くのだろう。


 そんな、野蛮で、冷酷で、残忍で、醜悪な存在が。


 正義の味方であってなるものか。


「悪だ! お前らは!」


「……何言ってるんだ?」


「お前らは滅ぶべき悪だ」


「おもしろいこと言うな、君」


 

*************************



 剣は振り下ろされた。


 これはある洞窟でひそかにつつましく暮らしていた、人型魔物が勇者に倒されただけのことだ。


 勇者は人間の世を救うため、勇敢に各地を冒険して戦っている。


 その長い旅をつづる、本の一行に書かれるか書かれないか程度の出来事だ。特に気に留めるようなことではない。

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とざきとおる @femania

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