Fell in love with a Automata.

クソザコナメクジ

Fell in love with a Automata

 紀元も3000年代に差しかかろうかという頃、世界トップのシェアを誇る機械人形メーカーが潰れた。原因は機械人形の燃料におけるトラブル。それは機械人形によって形成された社会に震撼を齎し、世界恐慌にまで発展した。長らく人材を扱っていなかった会社は軒並み潰れ、後には機械の残骸ばかりが山を作った。家族でもあり、労働力でもあったそれらは、硝煙と不可思議な建物が並ぶ中、まるでスラムに浮かぶ死体のように、道端に横たわっていた。

 季節は冬。秋には市場を埋めつくしていた機械人形達が、メイド姿で、無防備に、街中に遺棄されている。雪の被ったそれはかつての生き生きとしていた世界の欠片など一片もなく、死んだように世界を支配していた。


「命をクダさい」


 それは必然であったのかもしれないし、逃れられない運命であったのかもしれない。僕のところに来て久しい彼女がその言葉を発するまで、そう日は経たなかった。それまで、彼女はよく役割をこなしてくれた。朝には紅茶を煎れ、マフィンを焼き、夜は僕を慰めてくれた。冷えた体温だったが、人の温もりよりもそれは温度があった。誕生日には手製のケーキを焼き、プレゼントには彫刻刀を用意してくれた。少ないながらも彼女に払っていた給金から捻出されたものだった。

 体温があった、と思う。少なくとも、こうなる前は。彫刻は僕の仕事だったし、彼女にはよくモデルになってもらった。僕がモデルを頼むと、彼女ははにかんだ笑顔を浮かべて、喜んで、と答えた。スケッチブックには彼女の日常が記されている。洗濯をしている彼女、料理を作る彼女、僕に微笑みかける彼女。その全てをスケッチし、日記替わりに認めていた。それが、今、何故こんな事に。


「命をクダさい」


 彼女がふわりと笑った。こちらに両腕を広げて、代償を求めている。彼女がいつも食らっていた代償。倫理組局に差し押さえられた代償。消費していた代償。それは、人の命だった。家を失くした者、職を失くした者、家族を失くした者、事情の異なる要らない命が、ロボットの原動力として息をしていた。笑う彼女も、少し困った顔の彼女も、全てそれらが原動力となって支配していた。その現実を今、突きつけられている。

 潰れた機械会社は、要らなくなった命を攫い、ロボットの燃料に変換し、それを供給していた。僕らの元に届く頃には、それはポーションのような形をしていて、彼女の胸元にはめ込む仕組みだった。中に入っている液体が目安となり、それが尽きたら、また新しい命を会社から送ってもらい、燃料を交換する。そんなシステムだった。だがその会社はもう何処にもない。命になる筈だった人々も全て倫理組局に保護された。命を与える変換システムは、もう何処にもない。


「命をクダさい。……ご主人様(マスター)。」


 彼女の瞳から涙が零れた。否、何かのバグだろうか。この現象は世界各地で起こっているらしい。どうしたらいいのかまでは、倫理組局は答えてはくれなかった。せめて自分の命を与えられたら。いや、それをしたところで、彼女は安寧を得られない。いつかまた燃料を失って、もういない主人に命を乞う。長い黒髪が風に揺れる。青い瞳が涙を流している。彼女のくれた彫刻刀がテーブルに置かれていた。


「命を……」


 僕は考える。今からでも人を殺してこようか。微笑む彼女の面影が重なる。黒い髪を見様見真似で三つに編んだ日。瞳の色を再現するために絵の具を駆使した日。ひらひらとしたメイド服に身を包む彼女を、震えながら着替えさせた日。来たばかりの頃はメイド服だった。しかし、何故か道具のように思えて、赤いドレススカートを街で1番の服屋に仕立てさせた。その時も彼女ははにかみながら言ったのだ。ありがとう、と。


「今の私には命がありません」


 彼女が口にした。それは昨日の出来事だった。


「ご主人様なら知っているでしょう、私の代償を。さっきまで、私の中には女性の命が入っていました。ご主人様が服を仕立ててくれた時は、貧民街の少女が。さっきまでは、自殺を図ろうとした天涯孤独の女性が。数々の命を、貴方はその優しさで救ってきたのです」

「どうしてそんなことを」

「知って欲しかった。貴方が救った命のことを。居場所がなくなった命のことを。どの命も、私の中で安らかに絶えていきました。倫理的に間違っていると言われても、それは事実なのです」


 こと、と紅茶の入ったポットがウッドチェアに置かれる。いつものように焼かれたマフィンが、暖かく湯気を立てている。ほんの数秒の、彼女の懇願だった。


「明日になれば、私は命を求めるでしょう。その時は、私にーー」


 夢のような懐古が終わる。彼女が私を抱きしめていた。マフィンの甘い香りがする。いつの間にか、私は彼女を好きになっていた。耳元で彼女が囁く。


「命をクダさい」

「嗚呼。わかっているよ」


 私はテーブルの上の彫刻刀を手にした。一番大きくて、刃が鋭いものを選んだ。彼女の身体を抱きしめる。ふわりと柔らかく、人工的な肌をしていた。


「命をクダさい」

「君の命を、君にあげよう」


 彼女の背中を突き刺す。胸まで貫いたそれは、彼女に僅かな電子音を齎し、そうして機械人形の命は捧げられた。彼女との生活の終わりが来る。本当ならば自分も、彼女の命の糧となっているはずだった。僕は天涯孤独だ。金を持っていて、彼女を買ったというだけで、生き長らえていた。この仕組みのことは最初から知っていたのだ。


「ご主人様(マスター)。」


 彼女が最後に微笑んだ。そのまま体重を預けてくる。眠るように、縋るように。彼女は彼女の因果を背負って、僕の胸に突っ伏している。


「……ありがとう」


 君の命を、君に捧ぐ。どうか僕の不幸が、彼女の安寧となりますように。

 それはどこにでもあった日常の、一つの終わりだった。

 けれど僕は、この終わりを忘れないだろう。君の命を捧げた瞬間を。一つの日常が消えた瞬間を。ーー君を。

 嗚呼、壊した機械の感触が、いつまでもこの手に残っていた。それは羽ばたく蝶を潰した瞬間のように。ざらりと手に触れて、そうして終わりを告げる。

 君のくれた彫刻刀と喪失感だけが、君の証として残っていた。

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Fell in love with a Automata. クソザコナメクジ @4ujotuyoi

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