第2章 「姥拾い」  第1節 3−1

 (地球人類のつかう暦に従えば、それは2014年初のことだったが、当時の最新型衛星望遠鏡「タッチ」で認められた700を超える惑星は、それから千年後には、人類の最初の移住先となり、各民族ごとに、つまり言語と宗教と慣習ごとに棲み分けが進められてきた。


 同型の基本DNAをもちながら、多様性という基本設定に従って、生物は繁茂してきた。一応人類という突然変異的知能獲得をもってそれまでの多様な進化はその涯てに来た。しかし、人類はあまりにも多種多様、あまりにも統制がとれていなかったし、せっかくの頭脳を有効に使うことができる割合が低かった。その結果が地球の崩壊、存在すれども棲む能わざる惑星となってしまったのであった。


 必要な生物をかきあつめて、人類とひとまとめに惑星間移住させることを考え、実行したのはもちろんその一部の特別な人々であった。生産に従事する必要人員さえ確保できれば、彼らは自分たちだけをエクスポートさせて、その他の人々、「資源を食べては排泄し、上手に育てられもしない子孫を大量に作り、彼らを苦しませ、死ぬまでの生をなにゆえ与えるのか、頼まれたわけでもあるまいに」などと深く考えるわけでもないその他大勢を、置いて行くことも出来ただろう。それがずっと簡単だった。


 しかし、その合理的な思考の片隅に、人類の歴史が形作ってきたいわゆる「人間の尊厳、生存権」という概念がこびりついていたために、さすがの知的エリートたちもいわゆる人間的情に影響されたそうである。その結果、計画には困難が増した。


 まず、できるだけ新しい生命を生まないように周知させることが第一歩だった。生命の定義である生殖慾が相手であるので、このための努力はなかなか功を奏さなかった。しかし意外にも、気候の悪化に伴い、また疫病の蔓延のために、寿命が短くなり自ずと人口は減少してきた。とくに未開地域では意外に早く「自滅」していった。親を失った子供には、一般的な援助以上に養育環境が必要なので、先進国では彼らを養子とする政策が行われた。生まれたからには簡単に死なすわけにはいかないと人類は思うのらしかった。


 これらの「人類救出作戦」に携わる人々の数は、実際に働くサポータータイプを入れるとぼうだいなものだった。彼らの生活はどう賄われていくのか。そのためには国連が役立った。初めて有効な働きを示した。地球は一丸となったのだ。

 先進国の大金持ちには、彼らの資産を出資すればするほど救出リスト上位に入れるという手形を発行し、抜け目の無い彼らは今回もうまく立ち回ろうとおおいに出資して我先に基金を創設した。もちろんそれらを受付、選別し,管理する部門が国連に作られ厳しいチェックが入ったのはいうまでもない。

 いずれにしろこれまで無駄に滞っていたり豪奢な生活に消費されていた資金が、全計画の立案者、学者、技術者、事務職員、サポーターたちを養ったのである。


 人類スリム化の肝心要は、遺伝子操作と優良遺伝子の選別であった。その技術は確立されていたし、臓器の再生も可能であったから人類はかなりの長寿を得られることになる。常に総人口を調整し、地球の資源、輸送のコスト、到着惑星の資源、開発などすべてが計算し尽くされる必要があり、その基本数が人口であった。この続きを書くには膨大な資料と知識と見識、事情通が必要とされるだろうが、と次第に、今夜の枕物語もそろそろ底をついてくる)


******

 枕物語、といえばなまめかしいエンターテインメントかと思われるのだろうな。

 古希、つまり七〇歳に近いオールドレディが朝まだき、枕にのせたままの頭の中で演説をぶっていたとはね。夢うつつなりに必死に、人類がむざむざ壊してしまいそうなこの惑星の行く先を考えあぐねてのことなのだもの、まあ死ぬ前の甲斐無い話と自分でも許しながら、麻子はいつものように、自分の生活がまるで本の中で推移して行くかのように、ひとつひとつ文章を唱えながら、回転しだした頭を枕から起こしたのであった。


 以上のようなとぼけた理屈を半睡半醒状態でこねて執着したのは、おそらく夕べテレビで見た(なにしろ麻子の情報源は新聞テレビなどのマスメディアから得るものばかり)、もし超新星爆発の際にはずみで、超重い中性子星が超高速で、周りのすべてを爆砕しつつ,地球方面へ向かってきたら、という番組のせいだ。


 もう対抗する手段などない破壊力である。逃げるしか無いときた。

 とりあえずはお手上げ、なにしろ設定が75年後などという馬鹿げた(実はそれほど近くでそんなモンスターが走っているらしい)時間内で技術が追いつく訳も無い。

 しかし、ひとつだけ確実らしい手段があった。それはマンハッタン計画の一部で、ブルーなんとか計画と呼ばれていたのだが、ケネディが地球から核を廃絶するという英断を下したために計画が途絶えていたものである。


 なんのことはない、核爆弾を3秒に1回の割合で幾ばくかの期間ロケットの後方で爆発させ、その凄まじ力で高速の10%ほどの推進力を得て、100年ほど飛び、銀河系の別の太陽系のある惑星に移住するのである。

 強烈な放射能の影響を防ぐに足る笠を背後につける。もちろん。


 巨大な円筒の筒の中で地球の生態系が保持されるのは、この筒が回転してその遠心力を重力として使うようになっているからだ。重力の無い場所では、我々の種類の地球型生命は滅びるしか無い。もちろん、その惑星に到達したとして、水や酸素があるとしても、思いもかけず我々(この言葉は人類のみをもやは意味しない)に致死的な事柄があるかもしれない。

 云々。

 物理学者たちは、心配そうに面白そうに、眼をくりくりさせて喋った。彼らはその舟に乗ることの出来る第一位の資源である。


 若い頃、物理の意味がさっぱりわからなかった。化学もそれに劣らず意味が分からなかった。生物はもちろんわかる。そんな何十年にも渡る思いが麻子の脳裏をかけめぐった。

 麻子も昔は若かった。腰が細く、おなかに贅肉も無かった。たっぷりとした黒髪を今や半白に変えて、しかし不思議なことに満遍なく白髪というのではなく、縞もようになったり、ぼんやり白くなったり、はっきり白く(とりわけ顔の周囲が白髪である)なったり、(中には麻子とはまったく逆に、表面だけ白で、中は黒というタイプも見たことがあり)、頭の観察だけでも麻子にはけっこうバス中での観察行為となる。

  

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