第42話 「徳」を積むことで成長する世界へ
法師が立ち去っと後、龍之進とおみねは、静寂を取り戻した根本中堂の廊下に立っていた。ふたりは、見つめ合い、抱きしめ合い、唇を重ね合った。
魂の帯が龍の如く、雲を突き抜けると、陽が差し込んできた。天国への階段と誰かが言ったの思い出していた。魂の帯は輝きを放ちながらふたりを包み込み、ゆっくりと、ゆっくりと、天へと二人の魂を導いて行った。濃厚に交わり合う唇に、お互いの幸せを感じているようだった。ふたりの思いが高なるにつれ、衣服が脱げ落ち、消えていく。一糸まとわぬ姿となり、絡み合いながら、螺旋を描き、天へと舞い上がっていく。
胸と胸が、腰と腰が、うねり合う。龍之進の腰が、おみねの腰に埋め込まれていくにつれ、おみねが反り返る。腰の辺りから、幾多の桜の花びらが舞い踊った。龍之進は、露わになった乳房を唇で覆った。唇は、乳房から首へ、首から額へと這う。おみねは、龍之進の胸に顔を埋めた。龍之進は、おみねの艶やかな髪を手櫛でときながら、自分の胸に優しく包み込んだ。ふたりの体は、重なり合い、徐々に融合していった。やがて、二つの体は一体と化した。本当の意味で、ひとつになった。
龍之進とおみねの溶け合うように一体化した体は、橙色の閃光を放ち、やがて球体となり、さらに輝きを増していった。球体は、積乱雲を抜け、真っ青な天を見上げる位置で止まった。
「よう来たな、龍之進。ここがお前の棲息領域となる、天照(あまてらす)空界である」
「ここが、私の新たな生き場所か」
「そうじゃ、ここで、様々な流儀を修得するがよい」
「よろしくお願い、致します」
龍之進は、深々と大権言法師に頭を下げた。
「さて、龍之進よ、いや、おみねと一体化した雌雄同体の魂の龍之進よ。そなたに天照空界の一員として、称号を与える」
「称号で御座いますか」
「そうじゃ、称号は<龍>、名を<厳>とする。龍は、そなたの生前の一字、厳は私の配下を意味する。これより、流儀修得に励めよ。修得を積めば厳の画数が少なくなるのが空界での徳となる。玄となる日を目指すが良い」
ここに後の、龍玄聖人が誕生 した瞬間だった。
「有り難く、お受け致しまする。骨身を削りし、精進致しまする」
「骨身とな、そのようなもの、比叡の山の肥やしになっておるわ」
「そうでした」
ふたりは、打ち解け合っていた。
「のう、龍厳」
「はい」
「この空界のみならず、木も、水も、火も、土も、日も金も宙もその他、すべての界層、どこへ行けども縦社会だ。しかし、権力を振りかざし、牛耳られることはない。縦社会といっても、人間界と接した時点で解かれる。言わば、師弟関係の時だけじゃ。そなたの場合は、この私。そこで、我流派には敬語などというものは不要と致す。正しくは、敬語など使わずして、尊敬の念を通じ合える関係を良しと致す故。常識として持たねばならぬが、基本的にはないと思え。我流派は、世間でいう溜口を活用し、人身を掌握し、知らず知らずの内に相手の心中を掌握する術の一つと考えよ。これが、人を操る、いや、動かす極意と捉えよ。私の経験から得た流儀じゃ。よって、これからは、言葉など選ばずに、思ったことを言えば良い」
「分かりました」
「そなた、早う人間界と関わりを持ち、そこで多くの<徳>を得よ。その徳の数により、名の<厳>は、改字され、十画を下回った時、一人前とみなされる。徳を減らせば画数が増える。師の段階になれば、好みで画数を増やした称号を名乗れる。空界は漢字文化が根強く、浸透している。よって、名を見れば、その者の力量を推し量ることができるということじゃ。ただ、そなたは、私の我が儘勝手で入界させたゆえ、他の者との接触がどこまで許されるか、裁きの担い手となる雷界の判断を仰ぐことになる。他と接触叶わぬの裁きになる可能性は大。寂しい思いをさせるが許してくれ。その分、時間の許す限り私がそなたの面倒をみるゆえ」
「お気遣いなく。元々天涯孤独。ですが今は、ここにおみねがおります」
と、龍厳は胸に手をやった。
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