第41話 崇高な思いは、鬼をも恐れず

 「そなたを喰ろうて、わらわは、現世に転生するのじゃ」


 龍之進は、自分でも驚く程、冷静であり、常軌を逸したおみねに言った。 


 「私を食らうて、そなたの気が晴れるなら、喰らうが良い。それで、新たな人生を得られるなら、喜んで喰われてやろうぞ」


 おみねは、聴き終えるか終えないかの間合いで、 


 「この偽善者め、地獄へ堕ちろ」


と、鋭い牙を剥き出し、襲いかかってきた。


 「因果なものよな」


 それが、龍之進の最後の言葉だった。如何程の時が経ったのだろうか、まぶた越しに白い光を感じた。


 「存在しているのか」


 龍之進は、ゆっくり目を開いた。そこには、崇高な景色が、何事もなかったように、広がっていた。


 「よくぞ、耐えたな。自己犠牲の精神、しかと見せてもらったぞ」


と、法師が満足気な笑みを湛えて声を掛けてきた。


 「お人が悪う御座います」 

 「済まぬ。鬼を怖がるようでは、今後、務まらぬゆえにな」 

 「おみね、おみねは、どうなったのですか」 

 「後ろを見るがいい」


 法師の誘いで振り向くと、穏やかな顔のおみねが、立っていた。


 「龍之進様、申し訳ありません。龍之進様に会いたいという願いを叶える代わりに、法師に頼まれたのです。それで…」 

 「もう、分かった。分かり申した」

 「済まなかったな。どうしても、そなたという男を試したかった。私もふたつの罪を犯した。おみねの復刻とそなたの無許可入界。それだけに、確固たる確信が欲しかったゆえにな、悪く思わんでくれ」


 法師は、確かに空界の掟を犯した。遠からず、審議にかけられ、何らかの罰を受けるだろう。法師は策士であり、好奇心旺盛であった。その好奇心が、確立的な入界制度に疑問を感じるようになっていた。 

 これが上手くいけば、空界の上層部にあたる雷界(でんかい)に稟議をあげるつもりでいた。

 雷界は元々、電界としていた。業を積んだ崇高な魂が天に龍がごとく登り、形成した世界。それを機に電の尾がとれ、雷となり、雷界となった。雷界は、天界、宙界以外の全ての総本界であり規律を重んじ、捜査権を持つ裁判所の役割を果たしていた。


 「そなた達を弄ぶような真似をして済まん。そのお詫びとして、ふたりに特別な時間をやろう」 

 「それは何で御座いますか」 

 「そなた達の切なる思いを叶えようぞ。そなた達が望めば、の話だが」

 「してそれは」

 「ふたり、結ばれたいか」

 「それは、叶うのであれば」


 龍之進は勿論、おみねも同じ思いだった。


 「さすれば、結ばれよ」


 法師が、経を唱えた後、「邪魔者は失せる」と残し、姿を消した。

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