第39話 選択を軽んずべからず、千射万箭悉皆新
「知るが良い、これが、自己嫌悪を後悔とした、一人目のおみねの顛末じゃ」
そこに映し出されたおみねは、幾多の男を愛し、騙され、借金を重ねていく。聞こえてくる言葉は「馬鹿やろう」「こん畜生、一昨日(おととい)来やがれ」などだった。畳を叩く、物に当たる、泣き崩れる。その場面の連続だった。次に納戸のような暗い部屋に寝るおみね。咳込み、顔色は赤黒く、喉に白い布を巻いていた。強く咳込み、血を吐く。連続した咳込みの後、引き攣るように顔を歪めて息を引き取った。よくある遊女の結末だった。
映像が終わった途端、その空間は、珠となり弾け消えた。すぐに、もうひとつの珠が前に出てきて、新たな映像が始まった。その場面は、あの洋館の一室の続きだった。おみねは、番頭の美濃吉に龍之進の探索を願い出た。しかし、一ヶ月後に届いた知らせは、近江の国辺りからの消息が不明というもので、そのまま探索は終了した、と言うものだった。おみねは越後忠兵衛から、多額の金数を受け取っていた。諦めきれないおみねは、その金数で探索を継続した。届いた知らせは、近江の国で琵琶湖を見たいと比叡山に入ったことまでは分かったがその後、付近の湯治場や宿に痕跡はなく、探索は行き詰っていた。
「龍之進様は、いまどこにおられるのですか」
おみねは、晴天の空を見上げていた。涙が頬を伝い、陽光を浴び輝いていた。おみねは、残った金数と忠兵衛から譲り受けた全財産を、駆け込み寺で有名な青蓮院に、全額上納した。そして、そのまま、尼僧となり、以後の人生を人助けと仏への道に捧げた。おみねの後半の人生は、龍之進への懺悔と後悔に一貫していた。
「これで、龍之進様にお会いできる…」
と言い残し、笑みを浮かべて逝った。享年73歳、生娘のまま、波乱の生涯を終えた。映像を映し出していた珠は、静かに、消え去った。
「どうじゃった、分岐点での選択の大切さが、少しは理解できたかな。本来なら、そなたの分岐点を見せるのが筋だが、私と共にするならば、関わるも者の辿った人生を見せる方が、分かり易いと判断した」
と、法師は言い、ふたりのおみねの成仏を唱えて、再現を終えた。
「ありがとう、御座います。これで思い残すことはありません」
「そうか。その顔つきでは、決心もついたようじゃな」
「はい。この魂、大言厳法師にお任せ致します」
龍之進の魂は、晴天のごとく清々しい面立ちで、法師を見、頭( こうべ)を垂れた。
「そうか、確かにお預かり申す」
「お願い致します」
「そなたの決心、揺るぎないものと受け取った。そこでだ、異例ではあるが、入界祝いなるものを与えようぞ」
「それは何で御座います」
「うん、他でもない。おみねの件じゃ」
「おみねで御座いますか」
「おみねの成仏を願った時、おみねの霊が話しかけてきてな。そなたに会えないか、というではないか。はてさて、このような懇願は、丁寧にお断りするのが常套ではあるが…そなたを私の一存で招き入れたのも異例のこと。ゆえに、魂界の罰を受ける覚悟で、叶えてやろうと思ってな。そなた、どうする。そなたが決めるが良い」
「そんなことが、そんなことが、出来るなら、是非ともお願い致したい。しかし、先ほど無理だと申されませんでしたか」
「そこはほれ、表があれば裏もあると言うことで、深追いするでない。いづれ分かる時がくるゆえ。と言うことで、まぁ、いい、乗りかかった船じゃ。私も罰を受けるだろうが、最近忙しく、休養したかったゆえちょうど良い休息になろうて…良し、決めたぞ。悪事を働くとするか、あはははは」
法師は、神界霊界、融合融解、魂霊迎合、異体聖業、懇願成就と唱え、右手を合掌とし、数珠を持った左手を勢いよく差し伸ばした。すると、白き空間は、渦を巻き始め、勢いよく龍之進に近づき、あっと言う間に飲み込んだ。白き渦が吸引されるよにどこかに消え去ると、龍之進は根本中堂の廊下に座らされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます