第38話 悪に染まるは、己の願望次第。

 「何も出来ない、感じられない、では、側にいる意味がない」 


 龍之進の魂は、何も出来ない自分の立場にもどかしさを覚えていた。


 「わしが、魂のそなただけに接触してたと思うか。浅はかな。そなたの肉体が風化したのち、彷徨える魂に波長を合わせ、生前の過去に戻り、幾人かの人間の肉体を借り、そなたの真意を探っておったのじゃよ」 

 「肉体を借りるとは?」

 「誰でもと言う訳にはいかぬが、対象者と何らかの関係を持った者、持とうとしている者に、魂を同化させる。さすれば、その者の肉体を借り、生前と何ら変わらぬ五感を憑依した者と共有できる。今のそなたには、無理だがな」     

 「貴方の元で修業すれば、おみねを抱きしめることができるのですか」  

 「できる。但し、生前の龍之進ではなく、誰かを借りてじゃがな」

 「無理は承知です。その力をいま授かることは…」 

 「出来ぬ話じゃの~。そもそも、そなたがおみねを抱きしめるのは無理じゃ」 

 「どうしてですか」 

 「そなたが、修行し、現世へと融界出来たとしても、その頃にはおみねは、現世におらんからの」 

 「融界とは?」 

 「現世の人間界と魂界の融合を意味する」

 「そんな…そんな」

 「何もかも、自分の思い通りにいくなどと思うな、おごり以外の何ものでもないわ。どうしても、思い通りしにしたければ、餓鬼になれ。餓鬼は願いを聞く代わりに、その者を魔界へと導く。結果として、その者は、不幸になる。もしくは、その者が他の多くの者を不幸にする。餓鬼に認められれば、邪鬼として、現世で生きられるぞ。餓鬼の手下としてな。そなたがそれでもいい、と餓鬼に魂を委ねれれば、今でもおみねを抱けるじゃろう。その結果、おみねは修羅の道に入れられ、耐え難い苦しみを得るじゃろうて。お前が掛け替えのない喜びを得るのじゃからな。それでよければ、餓鬼を紹介してやるわ」

 「申し訳ない、身勝手なことでした」

 「構わん。感情的になるは、まだ、そなたが 霊魂であるがゆえのことじゃからな」

 「霊…魂ですか」

 「霊を浄化できぬ内は、生前の突出した感情がそなたを支配するゆえにな。浄化されなければ、浮遊霊や自縛霊となる。そなたの霊は私が責任を持って、成仏させてやるわ」 


 おみねの映像は、既に跡形もなく、消え失せていた。


 「さて、龍之進の魂よ、ふたりのおみねを見てどう思った。まぁ、どう思おうが構わんが…。このふたりのおみねがどうなったか、知りたいであろう」 

 「はい」 

 「分岐点の選択で、おみねの人生は、全く異なったものになった。そなたとおみねの他界した時間が離れ過ぎておるゆえ、時間の共有ができぬがな。よって、結果のみを知るがいい。そなたの残留思念を浄化させるためにもな掌に集めた。集まった空気は、丸みを帯び、ぷあんぷあんと心音を刻むように橙色の珠となった。それを、えいっと突き放つと二つに分かれ、しゃぼん玉のような玉の中に、それぞれのおみねが映し出された。その内のひとつが龍之進の前に、一人目のおみねとして近づいてきた。

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