第37話 思い、改めれば、道は自ずと開く

 「龍之進の魂よ。よく聞け、おみねは、決して、お前のことを、忘れていたわけではない。お前に、ひどい思いをさせた、申し訳ないことしてしまったという、強烈な後悔の念が、退行現象をおみねにもたらしのじゃ」

 「退行現象とは」

 「簡単に言えば、己の精神状態を安定に保つのに、不都合な記憶を無意識的に消し去り、塗り替えるのじゃ。本人の意思というより、脳が独自で判断する防御本能のことだ」 

 「脳?、防御本能?」 

 「もうよい、いずれ理解できる」


 魂の自分の頭がファンファン熱をもつと、法師の言っていることが理解でき始めた。なるほど、言語中枢とやらを共有すると、その知識も、幾ばくか共有できるということか。なるほど、なるほど。と龍之進は心の中で、納得していた。 


 「そのようなことに、感心しなくてもよいわ」 

 「えっ、分かるんですか?」

 「意識を共有しておる。言葉にせずとも、分かるわ」


 うかつに、物事を考えられない、な、と龍之進は思った。 


 「あの場面を思い起こしてみろ。お前の叫びを聞いた後のおみねの行動を」 

 「あっ、そう言われてみれば、欲をかくと、佐吉に何をされるか分からないと考えた後のおみねですね」 

 「そうじゃ、変化に気づいたか」

 「…、あっ、そうだそうだ。翌日、何事もなかったようになっていた。それと、言葉使いや性格が、私の知っているおみねに戻っていた」

 「そうじゃ。お前への罪悪感が、おみねを壊しかねなかった。そこで、おみねの脳は、お前と会えないでいた一ヶ月余りの記憶を、脳の奥深くに封印したのだ」 

 「それで、佐吉も驚いていたんだ」 

 「それが、心の支えであった忠兵衛の死と、守り続けた貞操を、おみねの好きな者に捧げるが良い、という言葉によって、封印が解かれたのだ」


 再び場面が歪み、洋館の一室にいる、おみねの元へと龍之進は、戻った。おみねは、泣き崩れたまま、龍之進の名を呼び続けていた。


 「龍之進様、お会い…いたしたい。どこにおられるのですか。おみねは、おみねは、龍之進様のこと好いております。会って許しを乞いたい。許されるなら、これから先を一緒に過ごしたい。あぁぁぁ、龍之進様…」

  「おみね」


 思わず、龍之進の魂は、場面に飛び込み、 おみねの側に立った。


 「あれ?」


  龍之進の魂は、拍子抜けした思いに包まれていた。


  「何だ、場面の中に入れるじゃないか」

 

 すかさず法師が、笑って龍之進の疑問に応えた。


 「場面に入れないなど、言っておらん」


 龍之進の魂は、愛おしさからおみねを勢いよく抱きしめた。しかし、何の感触もなく、すり抜けた。


 「分かったか、場面に入ったらとて、どうにもならぬわ」


と、法師は呆れた様子で龍之進の戸惑いを嬉しんでいた。 

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