第34話 非日常は、疼くなり
「お久しぶりでありんす」
「ああ、久しぶりじゃな。お絹も良くおみね、いや、おみね太夫を守ってくれて、この通り礼を申す」
お絹は、自分への気遣いに、ひれ伏すように頭を深々と下げた。
「お人がわるう御座いまする。忠兵衛様なら、特別にお会いするのも、叶ったのに。ほんに、驚きましたえ」
特権を使わず、予約を入れて、幾日も待ち、やっとの再会を果たしている事を忠兵衛は、喜びに感じていた。
「待つのも、これ、趣向なり。待たされれば、待たされるほど、おみね太夫の人気の凄さを感じておった。待たされる時間がこれほど、楽しいとは思わんかったわ」
忠兵衛は満面の笑みで、時の過ぎ去る愛おしさを愉しんでいた。
「忠兵衛様のご尽力、何とお礼を申し上げれば良いか、ほんに、この通りえ」
高価な髪飾りの重さの頭を気にしつつ、可能な限り、こうべを垂れた。
「いや、いや、おみね太夫の賜物よ」
「あちきは、存じてありんす。忠兵衛様が、諸大名や豪商たちに、あちきのことを面白き趣向のおなごがおる、我先に居止めねば今生の悔やみとなる、急がねば、急がねば、と言って頂いたことを」
「私は、私の仕事をしたまでよ。それにしても、見れば、見るほど、立派になられたなぁ」
「やめてくれなんし、顔から火が出てしまいまする」
「いや、いや、こんなに嬉しいことはない。礼を言うのは私のほうじゃよ」
「あちきは、忠兵衛様の言いつけを守っただけでありんす」
「言いつけ?私は何か言ったかな?」
「いややわぁ、お忘れでありんすか」
「済まん、済まん」
「あ、懐かしい。その済まん、済まん」
おみねと忠兵衛、お絹は、至高の時を過ごしていた。
「初めてお店に上がる時の事。忠兵衛様は、こう、おしゃったでありんす」
「何て言ったかのう、とんと覚えておらんわ」
「おみねのいいところは、天真爛漫のところ。話し方、声の調べも良い。身分の違いなど気にせず、思ったことを遠慮なく、言えば良い。いきなりは駄目じゃよ。良く相手を見て、観察し、馴染んでくれば、少し少し様子を見てな。帰り際には、幼馴染や友人と会ったような気分にして、帰ってもらえ、とな」
「そんなこと、言ったのか」
「そうでありんす、こうもおしゃたでありんす」
「まだ、何か言っておったか」
「おっしゃいましたとも。身分も権力も手に入れた者は、ひれ伏されることに慣れてしまっておる。遊びにきてまで、そうされては、何ら日常とは変わらぬ。面白くもない。ここは、廓。この世で唯一、身分関係をひっくり返せる場所じゃ。公の場ではできないものも、密室ならできる。その利点を活かせ。人は、普段できないことをする時、興奮を覚える。これを怒る者がいれば、そやつは、偽物の成功者じゃ。相手にするな。厄介な問題を持ち込まれるだけじゃからな」
「よくもまぁ、そんなことを覚えておったのう」
「当たり前でありんす。これが、あちきの大切な心得となっているんでありんす。 これがあったからこそ、今のあちきが、ありんすぇ~」
「そうか…そうか」
「そうですとも。それより、あれから、何年が経ち申した?」
「あぁ、何年じゃろか。年月の流れは、早いもんじゃなぁ」
「あれから、とんとご無沙汰で。如何されておしたんえ」
「相変わらずじゃ、まぁ、歳だけはとったがな」
「それなら、あちきも、とったでありんす」
他愛ない会話は、数年間の時間を一機に埋めていった。
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