第33話 動かずば、後悔もせず

 それから、一ヶ月ほどが経ち、おみね専用の部屋が完成した。おみねの嗜みは突貫工事だが、言葉使いや踊り、小唄、礼儀作法などを習得させていた。これからは、廓で時間管理し、おみねの花魁への道のりが継続して行われることになった。

 おみねの仕立てに掛かっている頃、越後忠兵衛は、財力のある者たちに、面白い廓の女がいる、と関わりのある豪商や大名に風潮して回っていた。

 忠兵衛の考えた売り文句は、「貞操帯の花魁」というものだった。そこには、開かずの扉を開けた者のみ至福が微笑む、思案するは至福を逃すことになりますぞ、と但し書きとして添えられていた。

 男女の交わりが、廓の女の宿命というのを逆手にとった刺激的な売り文句でけに誰もが、開かずの門を誰よりもの早く開けたい、と思うようになっていった。中には忠兵衛への恨みから挑む者も出来きた。

 誰がおみねの貞操帯の鍵を開けるか、客たちの競争心と好奇心を充分に煽り立て、金のある者たちは競って、おみねを指名し、金のない者は誰がおみねを落とすか、巷の噂を小躍りさせていた。

 おみねの噂は、豪商や大名の口伝てで、瞬く間に全国津津浦浦にまで広がり、おみねの人気は鰻のぼりに高まった。人気が高まるにつれ、おみねを落とすことより、豪商や大名たちの図式は、意地の張り合いと化していったのです。

 忠兵衛の思惑通りだった。

 人は、金を得ると権力を手に入れる。権力を手に入れれば名声を欲しがる。名声を得た者はその頂点を目指したがる。その欲は、誰もを膝負かせたいという、優越感が成せる業だというこを、忠兵衛は身を持って知っていた。

 いまや、おみねは、押しも押されぬ立派な花魁になっていた。客の中には強引に、貞操帯を外そうとする強者もいた。貞操帯の強固さに屈する者、護衛のお絹に屈する者、様々。その武勇伝もまた、おみねの人気の火に油を注いでいた。

 その頃、忠兵衛は、全国を仕事で飛び回り時を費やしていた。配下に任せればいいじゃないか、何も御大自ら出向かなくても。勿論、そうした。忠兵衛は仕事をそこそこに、顧客の驚く顔を見たさに自ら進んで全国行脚を楽しんでいたのです。


 おみねは、いつものようにお座敷へと向かった。お付の者が、「おみね太夫のおなーりー」と声を上げ、障子をゆっくり開けた。

 

 「ごきげん、よろしゅう」 


 おみねは、軽く一礼し、座敷に一歩踏み入れ、顔を上げた。そこには、驚くべき人物が、座っていた。


 「あなた様は…あなた様…」


 おみねは、言葉を詰まらせた。そこにいたのは、恩人とも呼べる越後忠兵衛だった。


 「おお、立派になられて、うん、うん、まぁ、座っておくれ」


 おみねは、付き人の手を借り、ゆっくりと座った。そして、異例ではあるが、お絹以外の付き人を所払いさせた。

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