第32話 廓のおなごの心意気

 「これで、ひと安心だ」


 忠兵衛は、安堵の一息をついた。 


 「忠兵衛さん、おみねを独り占めしたいのなら、こんな手間を掛けずして、囲えばいいではないのか。何も、こんなことをする必要はない、と思うんじゃがのぉぅ…」 


 了庵は、二人の関係を見て、自然な疑問を忠兵衛に投げかけた。


 「確かにそうだな。でも、それなら、単なる金持ちの道楽じゃないか。私はおみねを見た時、こいつは大輪の花を咲かせる、と直感した。しかも、廓という鳥小屋でだ。おみねの運命は廓で展開してこそのこと。廓の女が、まともにここを出るには、年季を終えるか、身請けされるか、死ぬか、しかない。その中で、ひとりの女がどう生きるかを確かめたかった、というのが本音だ。それは、おみねもおみねなりに、理解してくれているはずじゃ、のう、おみね」 


 忠兵衛は、おみねがこのままでいたいと懇願してくるのではと、不安になっていた。もし、そう、懇願されたら、それでもいいと思うようになっていた。理解してくれている、というおみねへの問いかけは、忠兵衛にとって、賭けでもあった。 


 「おらぁ、このままでいい…」

 「そうなのか、おみね…」 

 「でも、でも、おらぁ…やっぱり、このまま…」


 忠兵衛は、覚悟を決めた。このままでいいじゃないかと。おみねにとれば、今の生活は、廓の生活とは比較にならないほど、幸せなはず。それを、自分の道楽で奪い取ることはない、珍しく弱気な忠兵衛がそこにいた。それほど、おみねとの関係が、短い期間に人間味を帯びていた。 


 「おらぁ、できれば、このままがいい。…でも、でも、おらぁ、確かめてみたいんだ、自分が、忠兵衛さんの手を借りたとしても、どう変わるか、変われるかを」

 「おみね…」


 忠兵衛は、おみねを強く抱きしめたくなる気持ちをぐっと抑えた。了庵は、何故か涙が溢れて仕方なかった。三人三様の思いが、静寂な部屋を覆い尽くした。しばらくして、忠兵衛が口を開いた。


 「おみね、ありがとう、私の道楽に付き合ってくれて、ありがとう」 

 「礼を言うのはまだ早いとね。礼を言うなら、おらぁが立派な花魁になった時じゃろ、忠兵衛さん」


 初めて、忠兵衛、とおみねに名を呼ばれた。それが忠兵衛は、嬉しかった


 「おみねの気持ち、確かに受け取った。私の力の限り、売り方に尽力する。しかし、手前味噌の売上はしない。おみねの誇りを守るためにな」

 「ありがとう、忠兵衛さん。おらぁ、頑張るだよ」


 ふたりの中に確かな信頼関係が、生まれた瞬間だった。


 「さて、おみね、道具の塩梅は如何かな」

 

 おみねは、四股を踏んだり、屈伸したり試していた。


 「違和感があるが、慣れるだろうて。使ってみなければ、分からないこともあるじゃろうて」 

 「そうだな、不具合があれば遠慮なく、言いなさい。できる範疇で対処するから、なぁ、忠兵衛さん」


 ひとつの目標に向けて、ふたりの計画は、強固なものになっていった。


 「これから、おみねの警護と世話係として、お絹を付ける。貞操帯は、衛生面と耐久性に問題がある。よって、定期的に交換が必要になる。それをお絹に任せる。ここだけの話だが、お絹はくノ一だ。訳あって、私が面倒をみていてな。義理堅く、信頼できる者だ。安心して、身を任せるがいい」

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