第31話 未開の器具を試して候
「おみね、私は、お前を花魁ではなく太夫に育てたい。京の都ではほんのひと握りの高貴なお方しか相手にしないような…。まぁ、願いじゃがな。太夫は無理でも教養があり高貴な花魁に育てたいのじゃ。中身のある女になれ。そうすれば、品らしきものもついてくるよってな」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんだ」
「そんで何かよ、ふたり揃って来たのは…あ、あれが手に入ったかと」
おみねは、あれを思い出そうとしたが、名称を思い出せなかった。
「そうじゃ、察しがいいな」
「馬鹿にしてんのか」
「まぁ、そう言うな」
「ご両人、本題に入ろうではないか。放っておくと、また、ぐだぐだやりそうだ。勘弁、勘弁」
「先生」
忠兵衛とおみねが同時に言うと部屋は、三人の笑いで満たされた。
「忠兵衛さんやもうそろそろ、あれを出してくれないかな」
「ああ、そうじゃった、そうじゃった。ほれ、これよ」
忠兵衛は持参した風呂敷包みを開け、例の器具を取り出した。忠兵衛の店には、優秀な買い付け人が幾人かいる。常に、大名や裕福な商人が喜びそうな品を異国や全国を回って、調達していた。
忠兵衛は、自分がそうであるように、金持ちの道楽を満足させることも、商売にしていた。その中の喜三郎が一ヶ月前に長崎の出島で見つけ、買い付けた品物だった。それを、まさか自分が使うことになるとは、忠兵衛は、その時まで、思いもしなかった。それが、いま、ここにあり、正体を顕にしようとしていた。
忠兵衛は、初めて見る形の品物であり、喜三郎から入念に商品の取り扱い方を学んでいた。喜三郎からは、本来は鉄で出来ており、重い。それを強固な革で作製された貴重な品だ、と伝え聞いていた。
忠兵衛は同じ物、または改良された物を、定期的に仕入れるように喜三郎に命じた。衛生面、故障などに早急に対応するためだった。在庫がでても、売りさばく自信もあった。それだけ、金持ちゆえに陥る猜疑心が招く、独占欲、支配欲をくすぐる商品だと確信したのだ。
「これを、おらぁが付けるのかね、不気味な形じゃな」
おみねは、しげしげと手に取って、観察し始めた。その間に、了庵が生娘の最終診察を行なったが、問題はなかった。
「さぁ、さっさと付けてしまわんかね、気が変わらんうちに」
「それじゃ、つけるぞ」
それが合図の如く、おみねを立たせ、躊躇なく着物の裾を捲くりあげ、器具を履かせた。
「おみね、大丈夫か?ほれ、あのー、な」
了庵は、忠兵衛が言いにくそうにしていることを素早く察知すると
「忠兵衛はお前の小便を気にしているのじゃ」
「おらの小便をか…。まさか、飲ませろとか言うんじゃなかとね」
「いやいやいや」
忠兵衛の顔は、見る見る紅潮するのが伺えた。すかさず了庵が忠兵衛をからかいにかかった。
「この男は顔は鬼瓦でも、お前のことになると子供のようになりよるは。良かったのう若返られて、あははははは」
「違うのかね」
「違う違う。忠兵衛の気にしているのは、ほれ、男とおなごでは小便の出る処が違うであろう、それを気にしているのじゃよ」
「そんなのおらにもわからねぇだよ」
「じゃ、たらふく水を飲んで試してみては」
「邪魔くさいのう」
「まぁ、そう言うな。わしも初めての事じゃから、調べて分かる事と行う事とは違う事もあるでな、試しておくがよいと思うぞ」
「好きなようにしたらええがね、言うたろ、俎板の鯉じゃと」
「じゃ、試してみよう」
女中にお銚子に入れた水を何本も用意させ、それをおみねに与え、忠兵衛と了庵はひたすらおみねの尿意を待った。おみねは社会的地位もお金も持ち、何不自由のない老人ふたりが自分の尿意をひたすら待つ姿をみて、子供が未知なる虫を前に楽しんでいるようで面白く思えた。
「おお、小便じゃ、小便じゃ、厠に厠に」
それを了庵が引き留めた。
「ここでして見せなさい」
「ここでか?」
「そうじゃ、ここでだ」
「何故じゃ?」
「危惧が旨く装着できているのか、寸法がおみねにあっているのか、不都合があれば直さなければならないかな」
「医者と言う商売は、面白い仕事じゃな」
「そうじゃな。お蔭でおみねのそれを見ても何ともおもえないは」
「思うても役に立たんじゃろ」
「こやついいよるわなぁ。まぁ、その通りじゃがな」
「忠兵衛さんも見るのかね」
「おお、それはいい。見る機会などなかろう、見て置くがいい」
「いやいや、私は席を外しますよ」
そう言うと忠兵衛は座敷を出て、襖を閉めた。しばらく、何やらじゃれ合う了庵
とおみねの声がしたのを、その場にいればよかったとほんのり嫉妬心が沸いていた。
暫くして、忠兵衛を部屋に招き入れた。
「待たせたな、うん、これでいい、それでは仕上げだ」
了庵は、南京錠を取り出し、カチャと鍵を嵌めた。
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