第26話 戯言も吐き捨てていれば真実が帯びてくるもの。

 「それでは、話を続けるぞ。お前を花魁にしてやる。おみねが望むならな」 

 「断ったらどうするね」

 「こら、おみね」


 思わず佐吉は口を挟んでしまった。


 「佐吉さん!」


 佐吉は、初老の男に睨まれて益々、小さくなった。


 「おもしろい娘じゃ。断れば、この話はなかったことになる」

 「なら、話せ」 

 「よし、聞け」


 初老の男は、おみねとのやり取りを楽しんでいた。


 「私の裁量でお前を育て上げる」

 「はえぇ話、あんたの妾になれってことか。そんなら、まわりくどい言い方をせず、はっきり言え」 

 「そうじゃない。残念ながら、あっちの方は、とんと役立たずでな。でも、まだまだ、おなごへの執着心は衰えんでな。話しているだけ、時に触れるだけのために、こうして、廓に足を運んでおる」

 「それで、楽しいのか。おらぁには、まったく、わからん」

 「わからんだろうな。まぁ、男って奴は、死ぬまで色事師でいたい。そう、思っておけ」 

 「…分かった。でもよ、そんなら尚更、おらぁを花魁にしたって無駄じゃねぃか」 

 「無駄じゃない。そうだな、簡単に言えば私の道楽の道具になれってことだ」

 「おらぁ、道具になるのかね」


 腐っても人間だ。それを道具扱いしやがって。おみねは、急に腹が立ってきた。


 「まぁ、聞け。私は幸運にも、金には困らん生活をしておる。遊びという遊びを尽くした。自分がおなごと出来ないからと、付き人に女を宛がい、目の前で交合させ、それを酒の肴にしたこともある」

 「見かけ道理、悪趣味な御仁だ」

 「まぁ、そう言うな。男にとって目に見える威厳がなくなれば、それはそれで虚しいもんでなぁ」

 「ふん、そう言うもんかねぇ。まぁ、いい、それで」

 「やっては見たものの、刺激がない。困ったもんだ」

 「おらは、困らないけどね」

 「まぁ、聞いてくれ。何をやっても面白くない、直ぐに飽きる。これは結構辛いもんでな」

 「お生憎様。おらぁ、飽きるほど何かをしたことがねぇもんで」

 「私がさせてやる。そこでだ、新たな刺激を探していた。そこにお前が現れたわけだ、おみね」 

 「ほら、本音が出た。おらぁに変なことをさせて、喜ぼうって算段じゃねぇか」 

 「変なことか?確かに変なことかも知れんな。でも、おみねを花魁にしたいというのは本当だぞ」


 おみねは、初老の男の言うことが、計り知れないでいた。でも、不思議と悪気がしなかった。 


 「でも、なぜ、おらぁなんだ。他にもいるだろうに」

 「私にも、なぜ、お前なのか、分からん。しかし、私はこの直感で財を築いてきた。その直感が、言うんだ。こいつだってね。私の遊び心に火がついた。どう遊ぶか考えた。すぐに、思いついたよ」

 「なんだね、それは」

 「その辺に転がっている石ころを、私の力で翡翠に化けさせる。下女を花魁に化けさせる。その過程の興奮とくりゃ、想像も出来ない、ああ、わくわくする。こんなに愉快なものはないだろう」

 「おらぁ、石ころか。そうだな、おらぁ、石ころだ。このまま、佐吉どんのもとにいたっていつか、たくさんの男の慰み者になるだけ。恋などしたって叶わないだろうし、下手すりゃ、一生ここからでられねぇ…」


 おみねは、自分の置かれた立場を奥歯で噛み締めていた。

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