第24話 邪気を払いて、福招く。それが浄化。
夢うつろな空間を彷徨っていた。何処からとなく聞こえてくる声が突然、
大きくなった。はっとして目が覚めた。うたた寝をしていたのだ。
「はい、ただいま」
おみねは、慌てて声のする方向へ駆け寄った。おみねの人相は、龍之進に初めて会った頃に戻っていた。あたかも、もののけから解き放たれたように。それは、まさに餓鬼によって操られていた、おみねの魔界からの開放だった。
翌朝、佐吉は少し、驚いた。おみねが、自分を見ても、何ら反応もせず、以前のおみねに戻っていたからだ。もっと驚いたのは、また、訛りが出ていたということだ。佐吉は、当分の間、様子を見ることにした。何もなければ、そのままやり過ごそうと思っていた。
それから、何事もなく、極々普通の日常が一週間ほど過ぎ去って行った。
おみねは、毎夜、何かに魘されて眠れぬ夜を過ごしつつも翌朝には、何ごともなかったように店先を掃除していた。
前日のことは、不思議なほど覚えていなかった。傍目では魘されているように思える寝姿も、本人にとっては、驚くほど爽快で目覚めが良く、何かいい夢をみた感じがしていた。おみねは、法師の術によって過去の浄化を施されていたのだ。
そんなこととは気づきもせず、おみねは、期限も良く、日々が楽しく思え、ついつい鼻歌交じりの掃除になっていた。
そこに、恰幅のいい、ひと目で仕立てが良いとわかる着物を着た、初老の男がおみねの前で立ち止まった。その男は、お付の者をふたり、従えていた。
「何かようかね、掃除の邪魔とよ」
おみねは、仕事を妨げられ、腹立たしそうに初老の男を睨みつけていた。
「気の強い娘じゃな」
おみねは、無言で初老の男を睨み続けていた。
「お前、この店の者か」
「そうだ」
「よし、決めた。店主に会いたい。案内しろ」
おみねは、なんて横柄な爺だ。店主を呼べだと。きっとおらぁを叱りつける気だ。面白くねぇ。腹が立つ、受けて立ってやる。おみねは、事の次第を佐吉に伝えに行った。おみねから事の次第を聞いた佐吉は、煙たそうに店先に出向いた。
「なんでぇ、俺に用か?戯言ならきかねえぜ。とっと帰んな」
「いい話をもってきたんだがねぇ」
「いい話?」
佐吉は、怪訝そうに思ったが、金の匂いに敏感に反応し、取り敢えず、話を聞いてみることにした。
「…店先では何だ、まぁ、中で話とやらを聞いてやろうじゃねぇか」
佐吉は、初老の男を店内に招き入れた。初老の男は、お供の者を店先で待たせたまま躊躇なく、づかづかと店の奥に消えた。
おみねは、臨戦態勢で話の結末を待っていた。その間、情報収集と暇潰しを兼ね、お供の者に色々と話しかけたが、一切無視されていた。
ふたりが店内に消え、かれこれ四半時が過ぎようとしていた。時折、笑い声が聞こえてきていた。
「おみね、おみね、ちょっとこっちに来い。いや、来てくれないか」
と、上機嫌の声で佐吉が、おみねを呼び寄せた。
「なんだね、旦那さん」
おみねは、困惑気味にふたりの前に鎮座した。
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