第23話 進も止むるも熟慮が大切で御座います。

 佐吉に騙された。そう気づいた時、おみねは生娘を佐吉に強引に奪われ、その後は最下層の女郎として過酷な労働を強いやられた。

 何年かが過ぎた。姉さんたちは、いつの日か自分の運命を受け止め、筋のいい旦那衆が衝くことを夢見て生涯を過ごしていく。

 しかし、おみねは、自分では解けない心の葛藤と後悔で慣れることはなかった。いや、慣れたくなかった。慣れて客を取り続ける自分を許したくなかった。

 身も心もやせ細り、梅毒を患い、塵の様に扱われ、誰も近づかない暗い納戸で三十路を数える前に命の炎は煙と化した。


 法師は、龍之進におみねの末路を見せなかった。優しい気持ちの龍之進はその末路を自分のせいだと悔やむに違いないと確信していたからだ。

 法師は、龍之進を肥やしに成り上がろうとしたおみねの生涯を割愛した。そして、新たなおみねの生涯を見せることにした。


 「いまから、おみねの心の声を聞かせてやろう」


と、法師は言った。おみねと十両を手にした上機嫌の佐吉が見えた。声は聞こえなかった。しかし、聞こえる。確かに聞こえる、いや感じると言うのが正しいか…。


 「これが、おみねの本心の声じゃ」

 「これから見せるは、対局にある、もうひとりのおみねだ。対局と言っても、残念ながら、おみねの運気勢の力では、束縛と自由とまで如何ぬわ。それを踏まえて観るが良い」


と、法師は付け加えた。そして、おみねが空耳を聞いた場面へと戻った。


 「そ・そうね…気の…せいね」


 おみねは、断末魔の様な龍之進の声を聞いたような気がした。おみねは、思った。

 {佐吉が言った通り、私を騙すのに失敗した。私を騙すつもりが、私に騙された、その敗北感だと?いや、いや、ちがう、ちがうわ。あれは、確かに断末魔の叫びよ。絶対にそうよ。私を騙したのは、龍之進様でなく、佐吉?でも、ねぇさん達も、龍之進様に騙されていると…いや、いや、たかが十両位で、そもそも、花魁になんてなれるわけないじゃない。じゃ、あの十両は何?単に佐吉が龍之進様から、騙し取ったお金じゃないの?きっとそうよ。そうなんだわ。あああ、何てことをしてしまったの…私。下働きから逃れたい気持ち。店には上がりたくない。でも、いつかは上がらなければならない現実。そこに夢のような生活が…。あぁぁぁ、なんて馬鹿な私。こんな、こんな簡単なことが、何故、分からなかったのよ、私の馬鹿バカばか…あぁぁぁ龍之進、ごめんなさい}

 

 そう思った瞬間、おみねは儚い夢芝居から覚めた。

 覚めてみて思ったことがある。ここで私が、花魁になりたい、分け前をよこせ…などと騒ぎ立てれば、どんな危害が加えられるか知れない。この場から逃げなければ。幸い佐吉は金を手にして上機嫌だ。おみねは必死で、機嫌を損ねない理由を考えた。

 お酒、いやいや、酒など用意したら、酒の相手をさせられ、酔いが回ればどんな暴挙に出てくるかもしれない。だめだ、だめだ…自然にこの場を切り抜けなければ。抜けれればなんとかなる。何かないの何か…。その時、いつもの自分、いつもの自分と頭の中で誰かに囁かれた気がした。

 あっ、そうだ。いつもねぇさん達に用事を言いつけられる。そうだそうよ、言いつけられたことを忘れていた。それを思い出したことにしよう。それでこの場からは、離れられる。その後のことは、それから考えればいい。そう思うと、おみねの行動は速かった。 


 「あっ、いけない、ねぇさんからの頼まれごとを忘れていた」

 「忘れごと…。そんなのいいじゃねいか」

 「そうはいかないわよ。後で、陰で苛められるのは私よ。だめだめ」

 「花魁になったら…」 

 

 佐吉が言い終わるのを待たずに、おみねはその場を離れた。

 

 「まぁ、いいか。あいつの手助けで、がっぽり儲けさせて貰ったからな。少しぐらい自由にさせてやるさ」


 佐吉は、調理場から酒を持ち出し、縁側に胡座をかいた。右手に杯を持ち、ちびちびやり、左手に小判を肴代わりに眺めて、にやにやと至福の時を過ごしていた。

 おみねはその頃、布団部屋に忍び込み、時間をやり過ごしていた。何時か経った頃、おみね、おみね、と微かに呼ばれているような気がした。

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