第22話 夢とは、後になりて思うもの。

 そこは、とある一室だった。布団があった。質素な化粧台、小物が少し、生活感が希薄な部屋だった。驚いたのは、この光景を見ている自分の位置だ。

 天井の片隅にいる。これは一体…、これが霊体というものなのか?

 何やら人の気配がする。男女が、もつれるように部屋に入ってきた。

 おみねか?おみねだ。年の頃は22歳ほどか?

 もう、そんなに時間が経っているのか?六年?七年?

 会話は聞こえない。おみねは、男にぞんざいに扱われていた。それでも男に媚びて身を委ねていた。

 突然、画面が歪み、場面が飛んだ。

 「もめたのか?」出て行く男におみねが、何かをぶつけていた。座り込んだおみねが、何かをつぶやいてる。思わず近づいてみた。おみねの頭に手を伸ばしてみた。

 スー、やはりな、すり抜けたか。おみねは、怪訝な顔で虫でもいたかのように、手で頬を祓った。

 触れると、相手に何かを感じさせられるのか?

 そう思ったとき、法師が語り掛けてきた。


 「いまから、おみねの心の声を聞かせてやろう」


 でも、その言葉通りにはならなかった。しかし、暫くすると、聞こえる、確かに聞こえる、いや感じていると言うのが正しいのか…。


 「これが、おみねの本心の声じゃ」


 {私が悪いのよ、裏切り、騙し、苦しめた天罰、そんなこと分かっている。でも、もういい加減にしてよ、もう、許してよ}


 大人びたお峰の声だった。


 「では、なぜ、こうなったか観てみようぞ」


 と法師が言うと場面が切り替わった。


 「こ・こ・これは…」


 龍之進が驚愕するのも、無理はなかった。最も思い出したくもない、あの夜の場面だったからだ。 


 「いま、何か聞こえなかった?」

 「何も聞こえねぇぜ。犬の遠吠えじゃねぇのか」

 「そ・そうね…気の…せいね」


 おみねは、龍之進の声を聞いたような気がした。


{私は悪くない。悪くない。私は、のしあがりたいの。この機会を逃したら、きっともう何もできない。もう、下積みの生活には戻りたくないの。そう、淡い期待に浮かれて利用されるた私が馬鹿なのよ。いいえ、私は悪くない、騙す方が悪いのよ}

 「悪いと思う気持ちはあるが、それを上回る、自己本位さが滲み出ておるのう」

と、態とらしく龍之進に、法師がつぶやいた。そして新たな場面が映し出された。


 佐吉とおみね、そして生前の自分がいる。それを俯瞰で見ている今の自分。 立ち去る生前の龍之進。ここからは、龍之進が知らない場面だ。佐吉とおみねの会話が聞こえてきた。


 「約束を果たしてね」

 「約束、約束って何だ」

 「花魁にしてくれるって言ったじゃない」

 「花魁だと。本当に花魁になれると思っていたのか。馬鹿じゃねぇのか、おめぇ」

 「約束が違うじゃない、このやろー」

 「うるせい!いいから来い」

 「何するのよ」

 佐吉は、恨み言を発するおみねの髪の毛を掴み、部屋に投げ入れた。おみねの着物の裾がはだけ、素脚が顕になった。それを見た佐吉の右の口角が、微かに上がった。

 「おめぇは、俺のために働くんだよ、これからずっとな」

 佐吉は、怒りと怯えでたじろぐ、おみねに馬乗りになり、押さえ込んだ。

 「じたばたするんじゃねぇ」 

と言うと、おみねの頬を平手打ちした。おみねは、憎しみを突き刺すような視線を佐吉に向け、固まった。 佐吉は、おみねを睨みつけながら、後ろ手に障子を閉めた。

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