第20話 睡魔に逆らうは、術中なり

 空腹と寒さで、小刻みに体が震え始めた。

 このままじゃ、だめだ。

 体力を温存しなければ。

 猫がするように体を目一杯小さくし、熱を逃がさないようにした。体の疲れを癒すためにも寝ることに専念しよう、そう決めた。こんな時ほど眠れない。寝ようとすればするほど、眠らせまいとする意地悪な意識との葛藤の時間が過ぎ去っていた。

 雨は、一定の音を刻んでいた。目を閉じると先ほどまでは何かと映像が浮かんでは消えていたものが、黒衣を纏ったように何も浮かんでこない。雨脚が強くなってきた。勢いを増した雨粒は、バタバタ、ボタボタと草木を太鼓のように激しく叩き、荒々しく顔に纏わりついてきていた。

 周りの状況と裏腹に脳裏は空虚に。何も考えることがなくなると先ほどまで邪魔までしかなかった怒る雨音でさへ、いまは、睡魔を呼び込む子守唄に聞こえていた。

 何時か経ったのだろうか、目覚めた時は、雨が止んでいた。

 しかし、そこは、漆黒の闇だった。山の中、足元も滑る、動くことは危険だ。獣の心配はない。もう一度、寝ることにした。それしかなかった。再び、目が覚めた。激しい雨音によって。あぁ、また、動けない。空腹と寒さは、もう限界に達していた。

 起きてしばらくすると、全身の震えが止まらなくなった。唇が小刻みに震え、歯が上下に無意識に動き、ガタガタと鳴っていた。

 登るんじゃなかった。天候を甘く見すぎた。

 後悔先に立たずか…。

 そう思った瞬間、急に睡魔が襲ってきた。無意識の睡魔だ。危険だ。いま、寝れば死を覚悟しなければならない。必死に絶えた。問答、鼻歌など思いつく限りの、意識を保つ手段を試した。起きていれば辛い。寝れば、楽になる。楽になるは、違う意味だ。危険を意味する。

 そう思い、耐えて、耐えて、耐えて、た・え・・て・・・。

 龍之進の意識は、蝋燭の炎が風に揺らぐ様に、大きく揺れ始め、消えた。

 蝋燭からは、一筋の灰色の煙が静かにのびていた。


 「あやつ、息絶えたか」


 と、悲しげに龍之進を見守っていた大言厳法師がつぶやいた。


 「助ければいいじゃないか?」と誰かが囁いた気がした。しかし、魂の世界、特に空界では、合意があれば関われるが、なき場合は罰則を伴う厳しい裁定を飲まざるを得ないことに。独裁、呪縛の防止の為の規則だった。


 龍之進は、無味乾燥な世界観にいた。

 夢の中なのか、山が桃色に染まり、深緑に覆われ、雪に抱かれる。そしてまた桃色に染まり、深緑を愛でるを幾度か繰り返したような…。

 不確かな時間の経緯は季節の色あいでしか分からなかった。何かを考える、何かを思うということもない。ただただ、時間が過ぎている。ただただ、一点を見つめているのみであり、それが苦痛でもなく、動こうとすることもなかった。

 空腹とか、暑い、寒いがない。不思議な世界に龍之進はいた。


 白い光の渦が覆い被さってきた。

 龍之進の生前の魂は、朽ち果てた肉体の側を離れないでいた。


 ここからは異空間での話になる。


 「どうじゃ、これが、そなたのここに至るまでの縮図じゃ、お分かりかな」

 「なんと哀しい生き様なんでしょう。なんと寂しい16年間なんでしょう」


 しばらくの沈黙の後、不意な疑問が浮かんできた。

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