第19話 身勝手とは、周りを観ぬこと

 旅を続けていると様々な人に出会う。いい出会いは、喜び・希望に溢れ、空虚な心の癒しとなり、悪い出会いは孤独感や劣等感、憎しみ、怒りを心に焼き付ける。


 天上天下唯我独尊か…。

 私もお釈迦様を見習うと致しますか。

 陰湿な思いは体をも鉛と化し、陽気な振舞、考え方は、笑顔を引き寄せる。

 龍之進は、努めて明るく振舞うことに決めた。明るくしていれば、馬鹿と罵られようと最後には助けてくれることを、道中で学んだ。

 どうせ、旅の恥はかき捨て、一期一会だ。遠慮など要らない。

 場数を踏み、それからはと言うと人と、人との接し方が様になってきた気がする。

 人は変われる、変われるんだ。


 そう、自分に言い聞かせ、萎えそうになる気持ちを鼓舞していた。

 尾張を過ぎた辺りから、懐具合が寂しくなってきた。気持ちを幾ら強く持っても、寂しさが魔物のように襲いかかってくる夜がある。飲めない酒で、悪夢から逃れることも少なくなかった。

 自暴自棄になり、どんちゃん騒ぎもしてみた。その結果、無計画に浪費したつけは懐具合と先行きの心細さとして重くのしかかってきていた。

 どんなに苦しくても、罪だけは犯すまい、と決めていた。盗みなど犯せば、奴らと同じになる。それだけは、最後の意地として、守り続けた。


 腐っても、武士だ。

 その誇りにしがみつくしか、いまの龍之進には、自分の存在を確認できなかった。

 琵琶湖に差し掛かった。


 比叡山に強く惹かれた。遠回りになるが、登ってみたくなった。壮大な琵琶湖を俯瞰で見たかったからだ。

 空腹は、書物で得た知識を活かし、山菜採りや仕掛けを用いて、獣や魚を獲り、凌いだ。もうすぐ山頂という頃、豪雨に見舞われた。大木に身を寄せ、背負っていたゴザを頭に被った。比較的大きな葉をつけている枝葉を探し、切り取り、集め、重ね、蓑替わりにして雨をできる限り防いだ。

 聞こえてくるのは、雨が葉を叩く、激しい音だけだった。変わり映えしない風景を、ただただ、眺めるだけの時間が過ぎていく。

 龍之進にとって、最も怖い時間だ。何もすることがない時間は、自然と過去の嫌な記憶を呼び覚ますからだ。

 気を紛らせるようと考え事をしてみる。しかし、目的もなく考えれば、自問自答で自分自身を崩壊させることしか考えが及ばなかった。

 いくら緊急避難と言えど、枝葉をもぎ取ってしまった。凄く、残酷なことのように思えた。ここは植物が平穏に暮らす領域。そこに立ち入ったのは私だ。人間だから何をしてもいいなど、そんな道理は通らない。そう、思えてきた龍之進は、木々に、申し訳なく、済まなかった、済まなかったと繰り返し、懺悔の思いに打ちのめされていった。木も生きている。私という無法者が断りもなく、体の一部をもぎ取ったんだ。

 ああ、なんと身勝手な行いなのか。自分さえ良ければいいのか。静寂なはずのこの領域に降る激しい雨音は、龍之進にとっては、己への怒りのように感じられた。

 ひとり旅を続け、人情に触れ、どうも私は、信心深くなっているようだ。と龍之進は思っていた。

 

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