第18話 己を見つめ直すは、雲に似たり。

 「共の者、一名か。通行手形なのに、共のか。誰でもよければ、無意味じゃないか。これぞ、侍の特権か。いまとなっては、もう、必要ない」


 そう思うと、これはただの板切れ。何の躊躇いもなく不要な手形を川に流した。

 紆余曲折の極みなり。

 そんな言葉が、ふと浮かんだ。何だそれは…。

 なぜか、考える事が馬鹿馬鹿しくなり、笑いが込み上げてきた。

 手形は、目を離したことにより、何処かへ消え去っていた。

 人は、どう足掻いても大筋の運命には逆らえない。

 時の流れは、立ち止まろうとも、突き進もうが、等しく過ぎる。

 そう考えれば、運命はやはり、変えられないということか。

 川には、激流もあれば穏やかな流れもある。

 大雨や大風が吹かば、流れは一変する。

 土砂崩れや、新たな川筋ができ、見る景色が変わることもある。

 しかし、川は必ず上から下へ流れ、枠さへ外れなければ、大海に辿り着く。

 雲は枠がなく、自由に姿を変えられる。

 その先に、大海のようなものはあるのか?

 この世とは、自分をどこに置くかで、川にも雲にでもなれるのではないのか?

 よくわからない、よくわからないが、それでいい。

 これからをどう生きるかで、何かが大きく変わるかも知れない。変えてみたい、自分の力で。

 このまま女々しく尽き果てれば自らを否定して終えるではないか。生かされている?そんなことはどうでもいい。何もしないで終えさせるのがなぜか腹立たしく思えるだけだ。

 生きる気力には色々あるだろう。仙人のように霞を喰って生きるという奇想天外な生き方でもいい。人と関わるなら、煩わしさを快感に変えればいい。存在価値など他人が決めることではない、自分で決めればいい。

 そう思うと、生きる望みが見えてきたような気がした。

と言っても、どこへ向かうか。そ考えた時、唯一、出向いた上方のことが頭に浮かんだ。京の都もいい。

 しかし、裏言葉や格式、よそ者を拒む土地柄は、無口な龍之進には合わない。

 上方では、お構いなしに人の生活に踏み込んでこられた。病でふせっていた時、勝手に入り込み、看病してくれた。愛すべきお節介だ。それは、人情という物を実感できた体験でもあった。


 「そうだ、上方に行こう」


 龍之進に新たな指標ができた。取り敢えず、行ってみよう。仕事が見つかなければ、寺子屋でも開けばいい。幸い、書物なら多岐に渡って読んだ。その知識でも町人相手なら、何とかなるのではと考えた。

 懐には五両ある。上方までは二十両は掛かる。四日を一日で算段してギリギリ。節約と生きるための工夫を余儀なくされた。それでも、それが今、明日への執着心の糧となっていた。

 太陽や星の位置を頼りに、川を下り、山奥から、街道に出た。節約しながら、上方へ向かった。これからのことは、道中折々に考えればいい。半ば世捨て人同然、焦る必要はないのだから。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る