第15話 恋は盲目、思い込み。
幸か不幸か、家宝などと呼ばれる物などなかった。愛着はあっても、引き渡すのに何ら未練はなかった。闇の中で微かな行灯の明かりを頼りに、すっかり、家の中は片付けられた。あるべきものがある場所にない。見慣れた部屋は、身ぐるみを剥いだ龍之進に冷たい視線を送っているように感じた。そう感じるのは、自分の不甲斐なさ、無力さを後ろめたく蔑んでいたからだった。
市助が一旦外に出て、満足げに戻ってきた。手に刀を持って。
「龍之進様、失礼を承知の上で、申し上げます」
刀を持って現れた市助に一瞬たじろいだが、それ以上の危険は感じなかった。
「龍之進様、お侍であることを捨てられる覚悟があると、吉右衛門様からお聞きしております。そのお腰の物も、もう必要ないんじゃねぇですか。いいですかねぇ、お預かりしても」
「確かに、もう必要はないな」
「とはいえ、明日、丸腰とはいきやせん。宜しかったら、竹みつですがどうぞ」
「かたじけない」
「注意事項を必ず実行されるように、念をおしやしたで。では、明日の夕刻、この裏木戸にあっしが参ります。それでは、あっしらはこれで」
龍之進は、空を見上げた。
満天の星が、冷たく瞬いていた。
綺麗に片付いた部屋を見ると、虚しさより、清々しさが感じられていた。
落ちる所まで落ちたな。
なぜか、笑いが込み上げてきた。それと同時に、大粒の涙が溢れ出てきた。
結局、一睡も出来ず、夜を明かした。
龍之進は、市助に言われた通りの手続きを行ない、普段通りに振舞った。気もそろろに夕刻まで過ごし、帰路についた。これといった思い出らしき、思い出もない道のりも、この日ばかりは、感慨深く思えた。
陽が暮れ、行灯に明かりを入れた頃、裏木戸から声がした、市助だ。
「申し分けねぇ、急いでいるもんで。これが、金数です。身請け分と旅費になるようにと頑張りやしたが、十五両にしかならなかったもんで。すいやせん。それじゃ、急ぎやすんで、あっしはこれで、じゃ、お体に気をつけなさって」
一方的に話すと、市助は一礼して、足早に立ち去った。
龍之進は、手にした十五両を見て、これが今の己の全てかと思うと、情けない気持ちに打ち惹かれた。金数を十両と五両に分け包み、懐に入れると、旅支度を済ませ、おみねのもとへと急いだ。道なりはすっかり日が暮れていた。
おみねは、約束の時間より少し遅れて現れた。
「龍之進様」
「おみね、これを」
龍之進は、密会を味わう間もなく、事を早く済ませ、新たな道への踏み出しに期待を膨らませ、十両をおみねに渡した。
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