第14話 裏家業ほど、手際が宜しいようで。

 「ここでは、人目が…中へ入らせてもらっても宜しいでっか」


 市助は、きょろきょろと周りを見渡し、人目を気にしている様子だった。

 龍之進は無言で頷いた。


 「ごめんなすって。さ、おめぇたちも早く、入んな」


 市助は、裏木戸から入った後も内側から外を確認して、裏木戸を閉めた。


 「早速ですが、時間がありやせん。吉右衛門様から詳細は聞いております。私ら、お困りのお方に、内々で金策を請け負う者で御座います。表稼業とは言いづらい商売ですから、値踏みの方は、お任せ頂けますように。いやいや、吉右衛門様からのご紹介で御座います。目一杯、勉強はさせて貰います」


 龍之進にとって、裏の仕事をしている者と接するのは初めてのことだった。もっと厳つい者を想像していたが、どこにでもいるような華奢な商人風だったことに半ば安心感さへ覚えていた。


 市助たちは、手際よく金目の物と不要なものとを仕分けし、手際よく荷車に載せていった。市助は、手下に運搬をさせながら、せっせと帳簿に値踏みした物を書き込んでいった。作業が始まると見る見る間に部屋の品物が片付けられていった。


 俗に言う夜逃げ屋を裏稼業として営んでいた者だった。

 見慣れた住まいが息絶えようとしているのを眺めていると、改めて自分がもう、戻れない道に踏み入れた心細さを感じ、自然と小刻みに体が震え、血の気の引く思いに龍之進は、襲われ始めていた。


 「確認なんですがね、本当にいいんですかねぇ、すべて換金してしまって…。これだけはという物がありやしたら、お手元へ…」

 「いや、結構。未練はない」 


 龍之進は市助の説明を遮り、自らの決心を確認した。

 市助は意を決し「始めるぜ」と声を掛けると、慣れた手つきで、供のふたりが家の中の物を更に手早く、手荒にも思える速さで、手当たり次第に運び出し始めた。

 その間、市助は龍之進に注意事項を伝えてきた。

 要約すると、持ち帰った物を値踏みしたのち、換金分は明日の夕刻にこの場で貰えるということ。

 値がつかない物は破棄するということ。

 江戸を立つ上で、朝一、通行手形を自分の分と、付き人1名分を用意すること。

 宮本勝五郎という役人に話は通してあるから、私からの紹介だと言い、いくらか包んで渡せば、通行手形は夕刻には受け取れる手はずになっていること。

 心労でも何でもいい、理由をつけて休職願いを出すこと。

 あとは、この部屋の目に付く所に、これは、神隠しや失踪ではなく、自分の意思で、家を引き払ったということを書いた文を置いておくこと…


 など、詳細な説明を受けた。

 手際のいいふたりによって、見る見る家財道具、着物などが運び出され、最後に市助が、自らの着物の袖を腕に巻き、刀を抱え、龍之進の前で立ち止まった。


 「これも、いいですかねぇ」


との問いに、龍之進は、小さく頷いた。

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