第13話 欲望に勝る目隠しはなし。

 「お侍様、それは無理なお話で御座います」

 「何故ですか?」

 「お侍様は若いから、世間というものを理解されていない様子」


 龍之進の眉が険しくなったのを見て、慌てて吉右衛門は話を続けた。


 「お怒りはご最も、お気に障ったのなら、ほれ、この通りお謝り申します」


と言って、吉右衛門は座ったたまま、半歩下がり土下座をした。その姿勢から、龍之進を見上げるようにしながら、体を起こして、厳しい顔でこう言った。


 「お怒りを収めて、お聞きくだされ。女郎相手にそのようなことをなされては、今の役職は解かれるやも知れまへん。増してや、そんなおなごを嫁になどしたら、周りが許しませんぞ」

 「然らば、どうせよと言うのか」

 「おなごを取るか、今の地位を守るか、で御座います」


 龍之進の心は、固まっていた。おみねの為に、何もかも投げ出す覚悟は、できていた。恋は盲目。一途になればなる程、視野は、狭くなるものなのです。


 「侍など捨てても良い、おみねと一緒に生きられるのなら」

 「本当に、それで宜しいのですか、何もかもお失くしになる覚悟があると」

 「あります、ありますとも」


 しばらくの沈黙のあと、吉右衛門が口を開いた。


 「厄介ですな。私は、厄介な問題とは関わらないようにしております。おたなは私のすべて。どんな禍が降り掛かるやも知れませんからなぁ。でも困っておられるのを見放すのも厄介なことですなぁ。うん、それでは、こう、致しましょう。私の知り合いに整理屋がおります。その者を紹介しましょう」

 「整理屋、ですか?」

 「普通に生きていれば、関わることはないでしょうな。簡単にいえば、お取り潰しになったお店の整理や、世間に知られたくない金策を請け負う商売と申せばよいのか、ま、その者に任せておけば、うまくやってくれるでしょう」

 「ぜひ、お願いします」

 「それでは、早速、ご手配、致しましょう」


 吉右衛門は、龍之進の住所を聞き、夕方、人目につきにくい刻限に整理屋を向かわせる約束をして、龍之進と別れた。


 陽が暮れ、行灯に明かりを入れた頃、静かに裏木戸を叩く音がした。

 縁側で得体の知れない整理屋とやらの訪問を、不安混じりで待っていた時だった。

 裏木戸を叩いた市助は、近江吉右衛門から店の名前を伏せておくように言われていた。龍之進は、恐る恐る裏木戸を開けた。そこには、手拭いを頭巾の様に被った市助と名乗る男と、ふたりの恰幅のいい男が立っていた。その傍らには、荷車が二台、用意されていた。

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