第12話 藁にも縋る、盲目の極み
「おみね、要は金があればいいのか。それで、助かるんだな」
「いけんよ、いけん。何をしんしゃと」
一瞬、おみねの良心が、素の姿をみせ、方言が出た。
演じるおみねは、言葉を選んでいた。偽りの罪悪感を払拭するために。
慌てて、おみねは言い直した。
「だめ、だめです。何をなさるつもりですか?」
「気にかけるな」
龍之進の腹は決まっていた。
その後、おみねより、必要な金数と期限を聞き出し、龍之進は一目散に家路を急いだ。自分でも驚くほど行動的に。
金策などしたことのない龍之進は、手当たり次第に、金策のために走ったが何ら担保もない若い龍之進に、容易く借金をさせてくれる所など、あるはずもなかった。
「結局、何もできない…、啖呵を切ったくせに。これが現実というものか」
落胆して途方にくれていた龍之進は、路地を曲がった所で商人らしき人物とぶつかった。その拍子で、商人らしき者は、持っていた風呂敷包みを落とした。
「済まぬ」
「こちらこそ、お侍様に気づきませんで」
「先を急ぐ、済まなかった」
「もし、お侍様。お節介のようで御座いますが、お顔の色が悪う御座います。袖触れ合うも他生の縁と申します。私めでお役に立てることが御座いませんでしょうか」
途方に暮れ、宛のなかった龍之進は、藁をに縋ると言うよりも、捨て鉢まがいにその商人らしき男についていくことにした。
その男は高級そうな料亭に、お詫びという理由を付け、龍之進を招いた。
龍之進にとっては、初めての体験だった。
緊張と、この男は?、という不安で硬直していた。
「まあまあ、そう、固くなさらずに、宜しければ、無礼講といきましょうや」
商人らしき男は、龍之進の態度を見て、完全に手中に収めた様子だった。
男の名は、近江吉右衛門。海山物問屋を営んでいると言っていた。
吉右衛門は、自分の生い立ちを自己紹介代わりに話してきた。
自分が一人で成功したのではないことを忘れぬようにと、貧しい者への奉仕もしているとも話していた。
龍之進は、一途の灯りを見た気がした。理由はともあれ、金策に遁走していることを話すと吉右衛門は、渋い顔をしてこう言った。
「それは、無理で御座います。お侍様は、金の貸し借りを甘く見すぎておられます。私共も商売で御座います。金を貸せと申されるなら、その担保をというのはごく当たり前のことで。それより、お侍様は、正直に全てを話されておりませんなぁ。商売は信用でおます。まずは、お互いの信頼関係を大切にしないと…。さぁ、お話なされ、包み隠さずに、さぁ、さぁ、さぁ」
龍之進の心は、ざわざわと音を立てていた。
侍として、家柄、役目柄などの誇りを剥ぎ取り、ただただ女を思う一人の男と変わっていた。
龍之進は恥を忍んで、すべてを吉右衛門に話した。
一通り話したら、急に楽になった。
畳の目を見ながら、話していた龍之進は、不安げに顔を上げ、吉右衛門を見た。
想像通り先程より増して渋い顔をしていた吉右衛門、重そうな口を開いた。
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