第11話 他力本願は他人に委ねるものでなし。 

 『そなた分かるか、言葉には用い方によって「言霊(ことだま)」の力が発揮される。言葉の霊と書いて言霊だが、本来は、言葉の持つ魂の力をいう。

 陶磁器や仏像などの彫刻などに「魂」を入れるというが「霊」を入れるとは言わぬ。一球入魂とは言えど一球入霊とは言わない。

 「霊」は身勝手な思いを相手に押し付ける。

 恨み、辛み、誘(いざな)いなどがあげられる。 

 「魂」は、悟り掛ける者だけに悟ってもらえればいい。

 「気づけよ、この意(思い)を」というように、邪念なき正念を込め、相手の心に訴え掛ける。あくまでも、判断は、其の者に委ねさせる。

 「決断させられる(他者の力)」と「決断する(自己の力)」とは、自ずとその決断力の強固さは変わってくる。


 おみねには、心理を操る才能の片鱗があったということだ。

 自分の意図を押し付けるのではなく、あくまでも、あなたが決めるの、決めたんだと思わせる方法を活用しておる。

 当然ながら、自分で決めさせた方が、相手に大胆な行動をとらせることができるということだ。


 この際じゃ、もうひとつ、付け加えておこう。

 南無阿弥陀仏の世界観に「他力本願」がある。

 世に誤解されておるようじゃが、この他力とは、「他人の力」を意味するものではない。骨身を削って努力したあとは「仏様」にお任せするということじゃ。

 他力とは、努力を尽くした後、仏様の力をお借りするという意味じゃよ。

 そなたを案内しようとする空界とは、「魂の世界」。

 「魂の世界」の主体元力はこの「言魂」に大きく関わるゆえ、あえて、中座させた。それでは、続きを見られるとよい」

と告げて、大言厳法師は、朽ち果てた龍之進の魂を過去へと戻した。


 俯瞰から見ていた肉体のない龍之進の魂は、吸い込まれるように、垣根の側で狼狽える高城(たかじょう)龍之進へと戻った。


 呆然と佇む龍之進におみねは、最後通告のような強烈な一矢を放ったのです。


 「龍之進様ごめんなさい。龍之進様を泣かせて…。すべてはおみねが悪いんよ。叶わぬ夢を見た、身の程知らずのおらが…」


 泣き崩れるおみねを見て、龍之進は追い詰められていた。おみねを助けたい一心さが、龍之進に決断を促した。

「ようこそ、魔界の世界へ…イヒヒヒヒ」 


 低い重苦しい囁きが…。何かに導かれる様な気がした。そこにあるのは、風が木々揺らす葉音だけだった。声の主が魔界の住人の餓鬼であるなど龍之進は、知る由もなかった。龍之進の中で、何かが吹っ切れた。

 おみねを助けるために龍之進には、考えがあった。躊躇いはあった。自分自身で決めたことよ、後悔はすまい、と自分を奮い立たせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る