第9話 化かし化かされ馬鹿を見るのは、どなたへ。

 その日から佐吉は、何かと気にかけ、おみねに優しく接した。

 観劇や綺麗な着物、うまい飯などを与え、決して裕福ではないが、貧乏な生活から何不自由のない蜜の生活へと、おみねを誘惑したのです。

 おみねには、何もかもが新鮮で刺激的な世界でした。


 「もう、下女の生活などには戻りたくない」


 翳りある陽光に炙られ、おみねの性根に「欲」が心に浸透していった。日に日におみねは、女の色香を開花させていったのです。

 おみねにとって、いまや佐吉は最も頼りになる男になっていた。

 佐吉の機嫌さへとっていれば、毎日が楽しさに満ちたものに変わりつつあったので御座います。

 その思いを悟った佐吉は、おみねに話を持ちかけた。


 「おみね、お女郎には二通りある。知っているか」


 おみねは、猫のように佐吉の胸に体を預け、しおらしげに「はい」と答えた。


 「俺はお前を花魁に仕立てたいんだ。器量も気立てもいい、お前なら成れる。俺が言うんだ、間違いねぇ」

 「私が花魁に…」

 「そうだ」 


 佐吉は、さらに畳み掛けた。


 「花魁になれば、侍なんて、屁だぜ。それが色町の掟さ。大名だって、ここでは逆らえねぇ。お前を虐めてきた姉さんたちを見返してやることもできるんだぜ」


 おみねは、決心した。

(おらが花魁に…。客や店の不満をおらにぶつけてきた姉さんたちがおらに跪く…)

 花魁になって世間を見返してやる、と。


 おんな心と秋の空。


 そう決めると決断は早かった。

 淡い恋心など、取るに足りないものになっていた。


 「任せるだ」 


 おみねは、しっかりとした眼で佐吉を見据えて言った。


 「任せておけ」 


 佐吉は、おみねを計算高い女へと育て上げていたのです。


 「おみね、いくら俺が花魁にしてやると言っても、簡単になれるもんじゃねぇ」

 「どうすればいい?」

 「花魁になるには支度金など、それなりに金が要る」

 「また借金かえ?」

 「そうじゃねぇさ、お前には金蔓があるじゃねぇか、金蔓が」

 「…龍之進様のことかえ」

 「そうだ、任せろ、俺にいい考えがある」


 佐吉は、おみねを引き寄せ、耳元で筋書きを吹き込んだ。

 その筋書きが、如何に正当なことか、身分違いや商売女を本気にさせて弄ぶ男の本音や騙された女の末路などを交えて説いた。

 いずれ、おみねの心中に燻るでろう罪悪感をも打ち消していったので御座います。

 おみねは、佐吉の作り出した一端の悪女と化していった。


 ほぼ一ヶ月を経て、龍之進は上方から戻ってきてた。


 何も知らない龍之進は、手土産を持ち、意気揚々でおみねとの再会に心を躍らせていた。おみねの変貌に当初は、戸惑いを覚えていた。しかし、会いたい、会えた気持ちは、小さな変化を忘れさせるのに充分な高揚感だった。

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